第1章 春

勧誘

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「え?やめたの?テニス部を?」



お昼休みで騒がしい食堂の中、パンをかじっていた歩美に聞かれた。



高校入学から1ヶ月半。

馴染むには十分な月日。

でも部活を辞めるには早すぎる月日だろう。



箸を進めながら私は頷いた。


歩美は更に続けた。



「なんで!?ここのテニス部はそんなきつくなくてむしろユルいくらいらしいのに!?」


「そうだよ~。しかも菜月ちゃんは運動神経抜群だしテニスだってずっとしてきたのに!」



同じテニス部だった咲ちゃんも続けて私に言ってくる。



咲ちゃんとは中学からの同級生で、しかも部活もずっと一緒だったから、彼女にしてみれば尚も感じる疑問だろう。



二人にじっと見つめられ、座っているけどジリジリ後ざすりしてしまいそうだ。


食べ終わったようである周りの騒がしさの中、ひっそりと溜め息をついてみた。



「だってさ?あれじゃあユルすぎ。別にプロ目指してる訳じゃないけど、あんなんじゃ入った意味ないし。せっかく高校入ったんだから充実させたいじゃん?」



遅刻も欠席もとらず、なんとなく始まり、だんだん人が集まっても喋ってばかりなのだ。


男女合同のせいか異性を意識した思春期の高校生達は浮わついていてダラけている。



私だって楽なのは嫌いじゃないけど最低限ってのがあるだろが!



最低限ってもんが!



心当たりのある咲ちゃんは小さく「あー…」と同意し、

歩美は「ふーん…」とパンにかじりつく。



「もうすぐテストだし部活休止になって機を逃す前にハッキリさせたかったの!!新しいの入るんだったら早い方がいいし。」


「あ!新しい部活は入る気なんだ?」



食べ終わった歩美はこっちに顔を向け私を覗きこんだ。


咲ちゃんは「まぁそっちのが菜月ちゃんらしいっちゃらしいか…」と諦めて、弁当を再び食べ始める。



「もちろん!!私は忙しいくらいが丁度いいし、むしろ好きだし!」



というより動かずにはいられない。



「じゃぁさ、うちの陸上部は?!」


歩美はテニス部をやめたことを非難してたのを忘れたかのように楽しそうに言った。



「え?陸上部?」


「そぉそぉ!うちんとこは厳しいってほどじゃないけど種目多いし、その分は無駄な時間過ごさないようにするし隙あらば筋トレ~って感じだよ!陸上興味なくてもマネさんでも超助かる!!今年一年マネさん入んなかったんだよね!」



歩美はパンっと音を立てて顔の前に手を合わせた。


勧められてたのがいつの間にかお願いに変わってしまっていた。



「うんうん!菜月ちゃんなら陸上選手もマネージャーもどっちでも合ってると思う」



私らのやりとりを見てた咲ちゃんもニコニコしながら頷いた。


いきなりの勧誘でちょっと驚いたけど、そういう人のサポートって嫌いじゃない…


本気で考えてみてもいいかも。


歩美に向かって「今日見学させて」と言おうとした時に



「へぇ~…ポチはマネージャーとか得意なんやぁ?」



上からそれを遮られた。


振り返ると食堂の空のトレーを持った内野君がいた。



「ちょっと勝手に話し入んないでよ!てかポチってのやめろ!」



思い切り睨んでやっても、向こうはなんのダメージもなさそうにケタケタと笑った。



「せやから俺のことも構わずウッチーとかウッチャンとか好きに呼んだえぇのに」



呼べるわけがない。



「食器返そう思ったらたまたま田原さんが言ってんの聞こえただけやし!なぁ田原さぁん♪」



人懐っこく笑いかけられた咲ちゃんは真っ赤に俯いて「はい…」とだけ答えた。


確かによく見たら内野君ってカッコいい方かもしれない。


つり上がった大きな目が悪戯っぽくチラッとこっちを見た。


内野君とは入学式からの中だ。


入学式が終わって自分の後ろの席にいた内野君が話しかけてきたのだ。



『なぁあれ。名字なんて読むん?"かん"やとその席にならんよな?』



内野君は黒板に出席番号順に書いてある座席表の"乾"を見て興味津々に聞いてきた。


そんな彼は短くフワフワとした黒髪にクリクリとした黒目であどけなさをまだ残していた。



『…"いぬい"です』



まだ慣れない新しいクラスメイトにたどたどしく答えた。


しかしすぐに敬語を使ったことを後悔した。



『そうなん?!じゃワンちゃんやな!』


『は?』


『あ!それかポチやなポチ!うん!ポチのがいいね』


『な…』


『俺は"うちの"!!てか普通読めるか!ウッチーなりウッチャンなり好きに呼んで』



そんなノリがいい内野君と普通に喋れるようになったのは時間の問題だった。





「ウッチャン」



急に内野君を呼ぶ声で現実に帰ってきた。


呼ぶ声の方を見たら同じクラスの辻田君がいた。



辻田君は内野君とは逆に髪も目も色素が薄い。

でもおそらく自前だと思う。


そんなに太ってはいないはずの内野君よりも痩せてて、背もすっと高い辻田君は切れ長の目でこちらを一瞥した。



「誰?知り合い?」



それを聞いた私ら三人は固まった。

入学してから1ヶ月半。

クラスの人の顔を覚えるのに彼にはまだ時間が必要なようだ。



「あほか!同じクラスの女子やん!田原さんとかお前の前の席やろ!」


「あーうん。その子は見たことある。あと小っちゃい君も見たことあるかも」



辻田君は咲ちゃんと歩美を見て答えた。


…ってことは…



「あとはわかんねぇ。俺、目立たねぇ女子はあんま知らないし」



あとって…


私だけだろ!!


目立たないって!!



私だって辻田君のことは、たまたま内野君と仲良いみたいだから知ってただけなのに!


なんだかムカついて辻田君に向かって立ち上がった。



「目立たないって辻田君に言われたくないし!休み時間とか、あんまり教室にいないみたいだし全然しゃべんないじゃん!ただ単に辻田君が物覚えが悪いだけなんじゃない!?」


「てかポチはテニス部やなかったっけ?」


「ちょ!?勝手に話題変えな…」


「なんかもっと充実ある部活にしたいらしいよ~」


「歩美!!答えないでいいから!!」


「へぇ~それでマネージャーに…」


「続けんのかよ!!」


「菜月ちゃんは中学から委員とか班長とかしてたんですよ。しっかりもので頼りになるんです。」


「咲ちゃ~ん…補足とか要りませんよ~」


「ん?菜月ちゃんって誰?」



最後の辻田君の疑問に「あたしだよ!!!!」とつい怒鳴って答えたら急に辻田君に両肩を捕まえられた。



「ちょっ!?何!?そんな怒んなくても…」


「お前…もしかして…」


「な…何…よ?」




「もしかして…A型?」





疲れた…


ムカついてたのも忘れて肩を落とし項垂れた。



「おーがたです…」


「なんだ…外した。って何力抜けてるんだ?」



わけわかんない…

わかんないけど、とりあえず全国A型に謝れよ。



「ははは!あかんでポチ!タマにマジんなっても調子狂うだけやから!」


「タマ?」


「そ!コイツのこと。下の名前が"マサト"やから『ツジサト』で、中だけ取ってタマ!」



へぇ、辻田君"マサト"っていうんだ…



「それにこいつ猫みたいにマイペースの気分屋やし。」


「ふーん…もしかしてB型?」


「B型に失礼だろ?俺Aだし」



イラッ!


血液型言い出したのはそっちなのに!!



確かにまともに相手してたらキリがないのかもしれない。


辻田君を睨んでいたらまた内野君に笑われた。



「あははは!!えぇやん!二人!!ポチタマでコンビ組めるやん!!おもろい!」



おもろくない!!!!



「てかウッチャン。俺ら急いだ方がよくないか?」



辻田君は私に興味をなくして急に内野君に話し出す。



「あぁ!せやな。昼休み終わってまうな。」


「ん?何?部活のミーティングか何か?」



歩美が二人に向かって聞いた。



内野君って部活入ってたんだ。

知らなかった…



「部活ってか…ねぇ?」



そう言って苦笑いした内野君は辻田君に視線を送る。


辻田君は溜め息をついて問いかけを無視して、めんどくさそうに食器返却口まで一人で歩き出した。



「え?タマ!?あ…ポチ!!今日の放課後空いてる?」


「え…まぁ、部活やめちゃったし…」


「じゃあ今日ウチんとこの見学来いや!!学校充実させたいんやろ?絶対ポチに合うから!!ほな!!」



早口でそれだけ告げて内野君は辻田君を追いかけて行ってしまった。



本当は歩美の陸上部を見に行きたかったが、返事を出来るタイミングがなかったので行かなくては無視になってしまう……よね?これじゃあ。


そうする訳にはいかないから行くしかないのかも。



でもしかし、何部?



色んな疑問があったがただ去った辻田君とそれを足早に追いかける内野君の背中を見ることしか出来なかった。



この時、無視でもいいから素直に陸上部に行けばよかったと思ったのは後の話しである。

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