第14話 あ! マッキー先生だぁ!
入学式の日、午前中の説明会を終えた後信也は姫宮と一緒に昇降口から出て正門へと向かっていた。正門へと続く桜のトンネルの下では桃色の花弁が雪のようにふわりと下りている。
「それにしても牧野先生怖かったな」
「そうだねー。まさか萌先生と言っただけで返事が「殺すぞ?」だもん。私震えちゃったよ~」
説明会の後、悪ふざけで一人の男子が牧野先生の名前を呼んだが、そのせいで教室は笑えないほどの戦慄に襲われたのだ。
「名前を呼ばれただけで殺気を出すなんて、マッキー先生キャラ作り過ぎだよ~」
「ま、マッキー……?」
信也の背筋を冷や汗が流れた。姫宮恐るべし。
そんな風に二人は正門を目指していくが、信也はそういえばと話題を変えてみた。
「そういえば異能(アーク)を持ったアイドルは人気が高いって屋上で言ってたけど、やっぱりそういう人たちもいるんだ」
隣を歩く姫宮に振り向いてみる。彼女の胡桃色の髪がさらさらと歩くたびに揺れている。姫宮の頭は信也の肩あたりにあった。
「そうだよ! 今は空前のアイドルブームなんだよ!」
「アイドルブーム?」
姫宮が見上げてくる。その力強い眼差しは熱量すら感じるほどだ。
「ちなみに信也君は好きなアイドルはいるの?」
「いや、俺はそういうのにはあまり興味がなくて……あははは……」
アイドルを夢見て頑張っている姫宮に言うのは心苦しいが嘘を吐きたくもない。それで正直に言うが、信也はもとからアイドルというのに興味がない。
もしくは、すでに絶対の憧れ(アイドル)が胸にいるからかもしれないが。
「そうだ! 信也君は『わたしアイドルガンバります!』略してアイガンってアニメ知ってる!?」
「いや、だから俺はそういうのには興味が――」
「アイガンっていうのはね、双子の姉妹がアイドルを目指すアニメなんだよ!」
「へ、へえ~」
信也の発言を気にしてないようでホッとするが、その代わりアイドルアニメをおすすめしてきた。
「主人公には双子のお姉さんがいるんだけど、交通事故で亡くなっちゃうんだ。だけどそのお姉さんが幽霊として妹の前に出てくるんだよ!」
「怖いな」
「そのお姉さんを成仏させるにはお姉さんの夢だったアイドルになって活躍しなくちゃ駄目で、二人は一緒にアイドルを目指すんだよ! 時にはお姉さんが妹の体に乗り移ったりするんだよ!」
「怖いな」
「お姉さんが歌担当、妹がダンス担当なんだよ! でも姉妹でぜんぜん性格が違うから、乗り移る度にキャラが変わるんだよ!」
「怖いな」
「そのことから主人公は『ダブルス』のあだ名で活躍するんだよ! メチャクチャ面白いよアイガン、信也君も見た方がいいよ! 今すぐ一巻からレンタルすべきだよ!」
「レンタルビデオか…………、ホラーかな?」
そんなやり取りをしながら歩いている時だ。
「神崎さん」
「牧野先生?」
背後から掛けられた声に振り返る。そこにいたのは相変わらず凛とした雰囲気を香水のように振り撒く牧野先生だった。黒の眼鏡をクイッと持ち上げる。
「あ! マッキー先生だぁ!」
「ゲッ!」
「マッキー? 私のことですか?」
信也に冷や汗が流れる。牧野先生は片手を顎に添え思案していた。
「…………」
「…………」
「ふん、まあいいでしょう」
「ふぅー」
重い心労がどっと下りた。
「それで突然で申し訳ないのですが、あなたに用があります。私と一緒に学園長室にまで来てもらえますか? 緊張しなくても大丈夫です、叱責の類ではありませんので」
「俺に?」
「はい」
信也は姫宮に振り向く。
「呼ばれているなら行くべきだよ! どの道私はこれからすぐにボイストレーニングにダンスレッスンだからね」
「そっか。ならここでお別れだな」
「うん! じゃあね信也君ばいばーい!」
姫宮は大きく手を振りながら「いけぇえ姫宮モビール!」と叫びながら走っていった。
「面白い子ですね」
「ははは……」
先生からの感想に信也は苦笑いだ。
「でも、どうして学園長室に俺が?」
「それは着いてからお話します。公には出来ないことですので」
「?」
牧野先生はそう言うと歩き出してしまった。
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