第13話 これは、真の特別が時代を変える物語――

 第二章 審判者(ジャッジメント)事件


 第三アークアカデミアの入学式から数日前。


 第一アークアカデミアに所属している二年生、相原真言(あいはらしんげん)はデート中だった。自分のファンだと手紙を出してきた下級生を昼間の時間、公園にあるベンチに座らせ慣れた手つきで肩に触る。


 こうしたことは何度もある。もともと容姿がいいことに加えてランクはA。女など砂糖に群がる蟻だ、放って置いても寄ってくる。それをありがたくいただくだけだ。


 緊張しているのか男慣れしていないと分かる黒髪の少女は俯いている。


「それでさぁ、えっと名前なんだっけ? まあいいや、さっそけどさ、行かない?」

「え?」


 相原は少女の肩を強めに握る。


「でも、私、そういうつもりじゃなくて」

「とか言ってさー、本当はしたかったんでしょう? いいって! いつかは行くんだから今行こうよぉ」

「いや、やめてください!」


 相原は強引に誘うが少女は動かない。本当に嫌なようだ。それで相原の気も滅入っていく。


「あー、萎えるわ。ノリ悪」

「で、でも……」

「お前ここで待ってろ、ちょっと小便行ってくるわ」


 相原は席を立ち広めの公衆便所へと向かう。


「んだよつまらねえ女だなぁ」


 期待通りとはならず相原は愚痴を漏らす。せっかくの宝箱もフタが開かなければ意味がない。便器の前に立ちすっかり落ち着いたズボンのファスナーに手を伸ばした。


「ようやく一人きりになったな色男」

「誰だ!?」


 突然の声に振り返る。入った時ここには誰もいなかった。誰かが入ってきた気配もしなかった。


 誰もいないはずだ。いるはずがない。


 しかしいた。


 公衆便所の奥、黒のコートにジーンズを履いた男が立っていた。顔は白いファーの付いたフードを目深に被っており鼻と口元しか見えない。年はおそらく自分と同じ少年。


 黒い男は立つ。不気味に、不吉に。


 けれどフードについたファーがそう見せるのか。顔の輪郭を覆うそのたてがみはまるで獅子を連想させて――


 男から漂う不吉なオーラに相原は警戒していた。


(こいつ、どうやって入ってきた? それかすでにいたのか?)


 突然現れた少年は間違いなくアークホルダー。それもランクD以上は確実だ。


「ランクA、相原真言でいいよな?」

「だったらなんだって?」


 相原は笑みを浮かべながらも警戒の眼差しで見つめる。


 そんな彼の答えを聞いて男の口が吊り上った。


「狩らせてもらう」

「狩るだと?」


 その言葉を聞いて大笑したのは相原の方だった。


「はっははははは! ランクAだと知って狩るだと!? おい、お前正気かよ!」


 腹が痛い。呼吸が乱れる。駄目だ、駄目だ、落ち着け。最高のジョークが目の前に転がっているが今は落ち着け。そう自身に言い聞かせ呼吸を整える。


「狩ると言ったな、この俺を」


 相原の顔が獲物を狙うヘビの顔になる。


「てめえもアークホルダーだろうが。ランクがいくつか知らないがよく言った。その代わりてめえの右腕を貰うぜ」

「右腕?」


 言葉の意味が分からないのか謎の男が聞き返す。


 対して相原はご機嫌だ。ちょうど不満が溜まっていたのだ、おまけに言い方次第で戦闘防衛。逃す手はない、過剰防衛など知ったことではない。一方的な戦闘(ワンサイドゲーム)の始まりだ。


「俺の異能(アーク)はランクA、視界内にある物を視界内の別の場所に移動させることが出来る能力。いわゆる空間転移ってやつさ。とはいっても視界限定だから長距離転移は出来ないし自分を転移することも出来ないが、その分精度に優れててなぁ、『人体の部位だけを転移』させることも出来る」

「なるほど」

「遅せえよ!」


 相原は優越に浸った笑みを浮かべ、右腕を男に向ける。


「感謝しろよ! てめえの『顔だけ』を転移させれば一瞬で死ぬのを、右腕で勘弁してやるんだからな!」


 相原の異能(アーク)は視界内の念じたものを別の空間に移動させる能力。それを使って相手の頭を別の空間に転移させれば、『相手は頭を失って死ぬ』。


 それは実質、念じただけで人を殺せるということだ。


 最強クラスと言ってなんの不足があるだろう。相原真言と戦闘となれば勝てる者などまずいない。


 相原は念じる。空間座標特定、転移先決定。相手の右腕を便所の中に。


 相原は勝利を確信して異能(アーク)を発動させる。


 瞬間、相原の念じた通りに謎の男から右腕が消えさった。


 そう、消えたのだ。


 そうなるまで気づけなかった。


「しまった!」


 相原は驚愕する。やばい、やばい。焦る。何故なら。


 男に出血はない。それ以前に、質量がまるでない。


「映像か!?」

『間抜け』


 声は反響してどこから聞こえてくるのか分からない。相原は辺りを見渡すが謎の男は見当たらない。


『消し飛ぶのはてめえの方だ』


 瞬間、相原の体をトラックの正面衝突さながらの衝撃が襲う。吹き飛ばされた体は公衆便所の壁を壊してさらに外へ。整えられた土の地面にぶつかった。


「が、があ!」


 全身が痛む。全身が痺れる。動かない。腕が、足が、折れているのが感覚で分かる。


 相原の見上げる視界に黒い男が現れた。足元に立ち見下ろしてくる。


「くそがぁあああ!」


 相原は念じる。腕を、足を、致命の頭を。けれどどこを転移してもそれは映像だ。すぐに復元されて元の姿で見下ろしてくる。


「てめえ、何者だ!? ランクはなんだ!?」


 相原は叫ぶが男は答えない。代わりに危険なオーラを漂わせている。


「止めろ、止めてくれ! 俺がお前になにかしたのか!? 謝るから止めてくれ!」


 相原は懇願する。涙を流して頼み込む。


 相原が見上げる先、太陽の光を背に立つ男の顔は見えない。ただ不気味な視線だけを感じる。それで分かる。


 笑っているのだ、この男は。


「いいや、お前は俺になにもしていねえ」

「ならどうして!?」


 相原は叫ぶ。理不尽な暴力、痛み。何故自分がこんな目に?


 それで男は右腕を相原に向けてこう言った。


「お前が――ランクAだからさ」


 瞬間、再び衝撃が相原を襲った。地面はクレーター状にへこみ、彼の四肢を押し潰し相原は意識を失った。


 ランクAが倒された。黒の獅子を思わせる男は相原の目の前で勝利を掴む。しかし歓喜はない、不気味な笑みを浮かべるだけだ。


 相原からしてみれば悪夢だろう。ランクAの己が負けるなど。襲われた理由がランクAだからなど。


 何故だ、何故襲われる? ランクAは罪だと言うのか?


 ではこの男はなんだ?


 ランクAを倒し、ランクAだからというだけで襲い。


 もし、ランクAが罪だというのなら。


 この男は審判者(ジャッジメント)。

 

 ハイランクの優越に浸る罪人よ震えるがいい。

 生まれつきの才能に浮かれる愚者よ泣くがいい。

 ランク至上主義の終わりの時だ。


 これは、真の特別が時代を変える物語――


 そして、謎の男は一瞬で消えた。正確には映像が消えていた。音もなく、これだけの襲撃事件を起こした犯人は破壊の爪痕だけ残していなくなっていた。

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