第15話 牧野、彼に資料の一部を

 不審な言葉だ。公には出来ない? 信也の眉が曲がる。


 先生は姫宮よりも少しだけ背が高い。信也は疑問を抱きながらも彼女の背中を追い掛けた。


 学園長室の扉は深い赤色の扉だ。両開きの扉についた取っ手も凝った形をしている。


「学園長、牧野です。入ります」


 牧野先生はノックをした後扉を開ける。


 明るい部屋の中には大きなソファが二つ対面に置かれ壁際には本棚や賞状が飾られている。


 その奥には木製の机が置かれ黒のスーツに身を包んだ四十代ほどの男性が座っていた。


「やあ萌ちゃん、ご苦労さま~」


 牧野先生とは対照的にゆるい声が部屋に広がる。


 黒髪をオールバックで固め、細長い四角の眼鏡をかけている。柔和な笑みを浮かべた男が信也たちを向かい入れていた。


「賢条幹久(けんじょうみきひさ)学園長、名前で呼ばないでくださいといつもお願いしているはずですが?」

「いやだってさ~、君も教師という身分なんだし、こっちの呼び方の方が生徒から好かれると思うんだけどな~。どうだい、萌先生なんて可愛らしいじゃないか」

「学園長、そのネクタイ首を吊るのに便利そうですね」


(こええ~)


「か、神崎くんだったかな? 君も悪いねぇ、急に呼び出しちゃって」

「いえ、別に」


 信也は内心恐れるが目の前の学園長も笑みが若干崩れている。


「それではさっそく本題に入ろう」


 学園長、賢条は両膝を机に立てて両手を合わせる。眼鏡の奥の目つきが変わる。


 それだけの変化で、部屋の空気が変わっていた。


(何者だ、この人)


 重苦しいほどの緊張が漂う。まるで軍での会議室だ。異能の研究を行うアークアカデミアの学園長に就く男というだけあって只者というわけではなさそうだ。


 さきほどまでの間抜けな印象を一瞬で吹き飛ばし、賢条は厳格な声色で話し出す。


「神崎信也君、単刀直入に言おう。現在すべてのアークアカデミア近辺で、ハイランクアークホルダーを狙った襲撃事件が連続して起こっている」

「ハイランクを狙った襲撃事件?」

「牧野、説明を」

「は」


 賢条の後を引き継ぎ牧野先生が口を開く。いつにもなく彼女の目がするどい感じがした。

「現在までにランクBの生徒が四名、ランクAの生徒が二名、何者かの襲撃を受け入院ないし治療を受けています」

「ランクAも!?」


 衝撃が走る。すべてが初めて聞かされる内容だが本当ならば常識に一投する事実だ。


 ランクAの能力は強力だ。そのランクAが二人も倒された。


「犯人は不明。動機も不明です。ですが同一犯のハイランカーだと推測しています」

「ちょっと待ってくれ、そんな事件聞いたことないぞ」


 信也は両手を前に出しストップのジェスチャーを取る。二人が嘘を言っているようにも聞こえないが、それだけの大事件ニュースで見かけないというのもおかしい。


「当然です。ハイランカーはアークホルダー、そしてアークアカデミアの象徴です。それがこうも立て続けに襲われているなど知られればその影響は少なくありません。我々で情報統制を敷いています」


 信也の疑問にすぐさに牧野先生が答えた。


「マジかよ……」


 アークアカデミアが巨大な施設だというのは察しがつくが、事件を隠ぺいするとなればあらゆるメディアや警察にも影響力を持っているということだ。もしくは政界にも顔が利くのかもしれない。


(いったいどれだけの権力を持ってるんだよ……)


 アークアカデミアの強大さを目の当たりにした気分だった。


「このハイランカー連続襲撃事件はつい最近、十日前に起こったものです」

「たった十日でここまで?」

「驚異的なことに」


 牧野先生の表情に変化は見られないがこの事件には少なからず驚いているようだ。


「でもだ、どうやってランクBや、ましてやランクAを襲ったんだ? 先生を疑うわけじゃないけどさ、信じにくいぜ、実際」


 これは信也だけでなく誰しもが抱く疑問だ。異能(アーク)にはさまざなものがあるといってもランクB、ランクAとなれば一定以上の力は保障できる。それを一人で、しかもこれだけの人数を十日で倒すなどランクAの信也でも出来るかどうか。


「牧野、彼に資料の一部を」

「いいのですか?」

「百聞は一見にしかずさ。見せた方が早い」

「分かりました」


 すると牧野先生がA5サイズにプリントアウトされた画像を手渡してくれた。信也は受け取り緊張した面持ちで画像に目を下ろす。


「なんだよこれ!?」


 手渡されたいくつもの画像、それは現場検証のものか人の姿は映っていなかったが見る者に伝わる戦慄があった。

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