第6話 なんだろ、気持ちの問題かな。

「サンダー」


 田口の頭上、空中でバチバチとスパークが発生している。それを見たのか、田口が叫ぶ。


「ま、待ってくれー!」


 己の異能(アーク)の意趣返しと言わんばかりに上空には暗雲が立ちこみ始めている。それで田口は叫ぶが、


「いっぺん痺れてみろ、そして人間の可能性を噛み締めるんだな」


 信也は上空に向けた指をパチンと鳴らし、天から勝利の光を落とした。


「ぎゃああああ!」


 敗者は光に焼かれ黒焦げパンチパーマに変身していった。


「ほ、ほげえ~」

「田口ぃイイイイイ!」

「大丈夫か田口!?」


 地面に横になる田口に仲間の二人が駆け寄っていく。二人は彼を抱えここから立ち去った。


「ふぅ、終わったみたいだな」


 そう言って信也は変身を解き元の学生服に戻っていく。持っていた学生カバンも元通りだ。


「す、すごいぃいいい!」

「うわ!」


 とりあえず一件落着。しかし一部始終を見ていた姫宮のテンションは収まることなくサンタを見つけた子供のようにはしゃいでいる。


「あの、まずは助けてくれてありがとうございます! 私姫宮詩音。信也君すごいね! 私ランクAなんてはじめて見ましたよ! あんなに強そうな人をグサ、グサ、バシュって倒しちゃって」

「いや、礼はいいよ。助けたのは俺にも譲れないとこがあったからさ。……ていうか、俺そんな猟奇的な倒し方した?」


 姫宮の屈託のない笑顔に信也は不思議そうに頭を掻いている。けれど姫宮は気にしない。助けてくれたランクAにすっかり夢中だ。


「すごいな~すごいな~。やっぱりランクAの人は私なんかとは違うんだな~」


 姫宮は瞳を星マークにしながらさきほどの出来事を思い出す。電流を操るランクCの異能(アーク)もすごかったが、なによりもすさまじいのはランクA異能(アーク)。並行世界に干渉する能力だ。そこから自由に無限の自分を選べるならば出来ないことはないだろう。それこそ無限の可能性があるのだから。

「そんなことないさ」

「へえ?」


 だが信也は否定した。まさかそんなことを言われると思っていなかった姫宮はきょとんとしてしまう。


「え、どうして?」


 ランクA、並行世界系の能力は強力だ。汎用性もある。姫宮は小首を傾げるが、信也は苦笑した。


「さっき俺があいつを倒せたのは正確には俺の力じゃない。俺とは違って、必死に頑張って、懸命に努力して、ようやくあの力を得た別の俺だ。俺はなにもしていない。ただ人の力を借りて勝っただけの俺はすごくもなんともないよ。正直言うと、この異能(アーク)はあんまり好きじゃないんだ」

「えええ!? そんなにすごいのに?」

「そんなだからさ」


 驚く姫宮とは対照的に信也は少しだけ残念そうな顔をしていた。それがますます姫宮には分からない。


「うーん、たしかに努力なしで手に入れた力かもしれないけど、すごいことに変わりはないと思うんだけどなー」

「なんだろ、気持ちの問題かな。すごいはすごいんだろうけどさ、俺が目指してた『特別』とはちょっと違ったから」

「信也君の特別?」

「ああ」


 見上げる少年の顔つきが変わる。今までの少し陰の入った表情ではなく、やる気の入った力強い顔。


 ランクAというだけで特別だというのに、そんな人が言う特別とはなんなのか。


「俺にとっての特別っていうのは、どんな不利な状況でも絶対に諦めないこと。自分を信じる心。人間の可能性、それが俺にとっての特別なんだ」

「へえ~」


 感心した。こうも大々的に言うことに。それだけに彼の強い想いを感じた。


「人間の可能性かぁ」

「だから、私なんか、なんて言うことないよ。姫宮さんにだって自分にしかない可能性があるはずなんだからさ」


 その言葉は不思議と姫宮の胸を惹きつけた。姫宮自身夢を追いかけてアークアカデミアに入学したからかもしれない。なりたい自分になるために自分の可能性を諦めず進んでいくこと。

 その覚悟と情熱なら、姫宮も持っていたから。


「ありがとう! 人間の可能性か、その言葉すごくいいね、すごくいいよ! わたし立派だと思うよ!」

「ほんとに? これ言うと普通笑われるんだよな、変なのって」

「ううん! そんなことない。わたしの胸にビビっときたもん!」

「はは、そっか」


 信也は小さく笑う。そんな彼に「うんうん、そうだよ」と姫宮は頷いた。


「もしかしてだけど信也君も新入生? 」

「ああ、俺も入学生だよ」

「そうなんだ! でもどうして信也君はここにいたの? それで私は助かったからいいんだけど。あれ、なんか私忘れているような」


 なにか大切なものを忘れている気がする。新入生、そこに大きなヒントがあるような。


「しまった! 私遅刻してたんだったぁあああ!」

「やべえ! そうだ!」


 二人して思い出す。今日は大切な入学式、信也からの言葉に慌てて腕時計に目を落とすと時刻は入学式の時刻をとっくに過ぎていた。時計の長針はうさぎとかめのかけっこよろしく姫宮を追い抜いていたのだ。


「姫宮さん急ごう!」

「あ、私のことは姫宮でいいよ。さん付けってあんまりしっくりこないんだよね~」

「いいから急いで!」


 すでに走り出している信也の背後で姫宮は呑気に喋っている。


「よっしゃあ! 私の心に火をつけろ姫宮エクストリームダッシュを見せてやるんだ! どりゃああああ!」

「速い!?」


 そうして慌ただしい事件こそあったものの無事終わり、イノシシのように走る姫宮の後を信也が追いかける形で二人は入学式会場へ向かっていくのだった。

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