第5話 だけど、頑張っていれば、こうしてその道を究めた自分も平行世界のどこかにはいるんだ。

 彼以外の全員が驚愕した。むろん彼女も。ここにいる全員が驚きに口を開けている。


「パラレル・フュージョンの効果! 並行世界にいる別の自分をコピーする! 俺はパラレルワールドにパスゲートをセッティング! こい、エレメント・ロード!」


 信也の説明の後、彼の全身が光に包まれる。光のベールは一瞬で弾けて、そこにいたのは黒のコートを身にまとい、巨大な窯のフタを思わせる帽子を被った信也の姿だった。


「変身したぁあああああ!」


 姫宮大興奮!


「なんだ、それは」


 逆に田口は困惑していた。ランクA。学園に数人しかいないと言われるごく少数のトップランカー。それが目の前にいるということ。


 なにより、それは田口だけでなく、この学園すべての者が思うこと。


 ――ランクAの人間が、ランクを否定した。


 あり得ない。ここアークアカデミアはランクが絶対。まさに不文の戒律だ、しかもそれはランクが上の人間ほどそう思っている。しかし、彼は否定した。


「たしかに俺は凡人だ、人に自慢できるものなんて一つもない」


 周りの驚愕を置き去りに信也は静かな調子で話し出す。


「だけど、頑張っていれば、こうしてその道を究めた自分も並行世界のどこかにはいるんだ。どんな人間だって、諦めなければなんだってなれる可能性があるんだよ!」

「並行世界……!」


 信也の言葉に田口の表情が引き攣る。


 並行世界。自分たちがいる宇宙とは別の世界があるという考え方。そこには自分がいる世界からいない世界、さまざまな世界が無数に存在している。


 ならばあるだろう、魔法を極めたエレメント・ロードも。


 その他の自分。


 無限の自分。


 人間の可能性が。


「嘘だろ、次元の干渉、もしくは超越。本当にランクAかよッ」


 ランクAの定義は次元の干渉、もしくは超越。時間や空間、並行世界など。時間ならば時を止め、空間ならば転移する。そうした次元を操る異能(アーク)がランクAの条件だ。


「ふざけんな! どうせハッタリだろうがッ。ランクAの奴がランクFを庇うはずがない!」

「試してみるか?」

「ぶっ潰してやる!」


 苛立ちを露わに田口が繰り出した攻撃は放電。田口の片腕が信也に向けられると同時に電竜の一体が疾走した。速い。それは光速、人の目では見えない。


 不可視の速度、絶対の破壊力。これを防げるものなどありはしない。


 ならば――


「逸らせばいいだけだ」


 信也は胸の前で片手を動かした。指の空いた黒のグローブを嵌めた手がくるりと回る。それは放電がされる前の動作。


 そして今、信也に食らいつかんと迫る電流は直前で二股に分かれ、信也を通り過ぎていった。


「電流を誘導した!?」


 一体のサンダーヘッドは不発。残りは一匹。田口の表情がさらに歪む。


「なら直接ぶち込んでやる!」


 電流渦巻く右腕を振り上げ田口は走り出した。その拳を打ち込まれれば誘導もなにもない、極電の奔流を受けることになる。


 だが、


「こい、ガンスリンガー!」


 信也の叫びに呼応して姿が変わる。


 全身が光に包まれ破裂する。そこにいたのは青のジャケットを羽織った姿だった。いくつもの戦場を渡り歩いた兵士の如き眼光。信也は両手に握られた二つの銃器を田口の足元に向け発砲した。


「うわああ!」


 これでは近づけない。


「くそがぁ!」


 田口は腕を振るうと電流が地面をえぐり、破片が信也目掛け飛んできた。コンクリートの凶弾がいくつも襲いかかる。


「ソードマスター!」


 だが三度信也の姿が変わる。騎士を思わせる赤の甲冑。しかも中世のそれどころかその鎧は歴史上にない姿をしていた。まるでパワードスーツの騎士バージョン。金属で体を纏ったそれは近未来的で握る剣もSF的な造形をしている。真新しいデザイン、しかし歴戦の戦士を思わせる風采で敵の攻撃を睨みつける。


 迫りくるいくつもの破片。それを、飛燕の早業で切り裂いた。


「なに!?」

「エレメント・ロード!」


 そして、最初のエレメント・ロードに戻る。


「エアー」


 信也の言葉に合わせて田口の下から強風が吹きつける。それは竜巻とも取れる風力で田口の巨体を持ち上げた。風に舞う木葉と同じ。もうどこが地面か空かも本人には分からない。


 田口は体の自由を奪われ、信也は止めを刺すべく指先を空へと向ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る