七色
七色
僕は虹が見える犬なんだ。
「それ、何かの格言ですか?」
「うぅん、映画のワンシーンのセリフ。昔、母ちゃんがテレビで見てたのを子供の時、一緒に見てた」
「何ですか?犬の話ですか?」
「うぅん。人間のラブストーリー」
「じゃあ主人公のセリフ……口説き文句だったんですか?」
「うぅん」
三回目の否定に明日美は苛立ちを覚え始めた。
「じゃあ誰の何なんですか!?」
南朗はフッと笑みをもらした。
「ヒロインのね、友人なんだけど…それまではただのコメディ要員だったのに、その彼が泣きながら言ったセリフがそれだったんだ」
「"僕は虹が見える犬なんだ"?」
「うん、そう」
やっと肯定の言葉を貰えた明日美は、隣にいる南朗をただ黙ってジッと見つめ返した。
「俺達が犬だったとして、犬の世界で『七色の虹がある!!』って言っても、誰も信じてくれないんだ」
「…なんでですか?」
「犬の目には色が全部見えないから、虹の色はわかんないんだって」
「え、」
「だから犬の目に虹が見えることは不可能なんだってさ」
「……へー」
南朗は明日美の反応を見て、テレビを見ていた昔の自分も同じ反応だったな……と思い出す。
「たとえホントのことでも、常識から外れると誰も信じてくれないし、相手にもしてくれない」
「……」
「主人公達のどんなトキメキのシーンより、どんな感動のラストシーンより……俺はその友人の言葉が頭に残ったな……」
「……そうですか」
「切ないよな……。虹はあんなに綺麗なのに、信じてもらえないなんて……」
「……」
明日美は溜め息をついた。
南朗は溜め息をつかれたことに少し焦った。
「な…なんで、溜め息!?俺、むしろ今良いことしか言ってなくない!?」
「違います。私もそのセリフはカッコいいと思いましたけど、ナロ先輩には似合わないと思っただけです」
「えぇっ!?カッコいいセリフ、俺には似合わないってこと!?」
「違います」
「……?……じゃあ、」
「違います」
「……まだ何も言ってねぇよ」
南朗への仕返しで三回否定出来て、明日美はフッと笑った。
「ナロ先輩にセンチメンタルなんて似合わない……って思っただけです」
「……え?」
明日美は背もたれにしている窓の中をチラリと見た。
そこは誰もいない保健室。
「笹山先生、帰ってこないですね」
「……あすはさ、」
「はい」
「やめた方がいいと思うか?」
「……」
『何を』なんて聞かなくてもわかる。
明日美は南朗を見上げた。
「ナロ先輩」
「ん?」
「大したことじゃないですよ」
明日美はいつしか南朗に言われたことを言い返した。
「大したことじゃありません」
「……」
「大したことじゃないので、ナロ先輩から諦める必要はないじゃないんですかね」
「……そっか」
「ナロ先輩には七色に見えるんだから、いいと思います」
「うん」
「笹山先生のことを好きになっても……おかしくはないと思います」
それが南朗の目に見える世界なら
おかしくはないはずだ。
例え周りが『先生を好きになるなんてバカだ』『そんなに離れた年上やめとけ』と囁いても。
南朗はゆっくりと手を伸ばし、隣にいる明日美の頭に手を置いた。
軽く撫でてやる。
「あすはいい子だね」
明日美は自分の心情を考えてみる。
本当にいい子なのかと。
結果、明日美は自分のことはただの臆病者だと思った。
明日になっても
南朗の好きな人にはなれないのだから。
せいぜい嫌われない妥当な返答をしたにすぎない自分に明日美は自嘲した。
「あす」
「はい」
「俺……卒業までに伝わるかな?つーか、翔子さんマジで相手にしてくれないし」
「その前に、大学合格するといいですね」
「ばっ!?別のプレッシャーかけんなよ!!」
「ところで、いい加減撫でてる手を離してくれませんか?」
「お前は相変わらず淡々とクールだよな~」
「……先輩にだけですよ」
「ひどっ!!じゃあ何か?他の奴らには普通なのか!?そして好きな奴にはデレデレなのか!?」
「……」
「つーかお前、好きな奴いんの?」
「ヒミツです」
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