第6話.5 私の番
「そのあと、彼女も泣いてたけど……お互いの大事にする価値観を譲り合えないのなら、関係が修復出来るわけなくてね……泣いた彼女から別れを告げられたんだ」
「……理一さん」
「ん?」
「想像以上の重さに……受け止め切れない……かもです」
理一さんは私の顔をパッと見たあと、何故か笑った。
「くっ…あはは、ゆずるさんは正直すぎる!」
……理一さんの屈託のない笑顔に驚いた。
驚いて、一瞬固まったがすぐに口を開けた。
「……ごめんなさい」
「何を謝ってる?それに俺は君に背負ってほしくて、この話を始めたわけではない」
笑った余韻で表情が柔らかい理一さんに見つめられて、変な心地となった。
「……じゃあ、何ですか?」
「君が聞いてきたんだろう」
「は?」
「どうしようもない結末を迎えた恋……だよ」
「……」
「聞いて……どう思った?」
「どうって……わかり…ません」
「正直なのはいいが、話が先に進まないな」
溜め息と共に理一さんはいつもの険しい顔に戻った。
「出来たら皆、恋を悲しい終わりにしたくない……当たり前だ」
「……ですよね」
「でも俺は時間をやり直せたとしても、きっと同じ選択をして、同じことを繰り返すと思う」
「後悔してないからですか?」
「少し違う。俺がもし結婚を選んだのならどうなっていたんだろうとか、こんなことにならずに済む方法はなかったんだろうか……とか。そんなこともたまには思う。でも俺がそれをしたところで、今度は玲二に最善を尽くせなかったと……後悔するんだろうな」
なんとなくわかるような。
どっちも選んでも、後悔は生まれる。
理一さんはメガネを押し上げた。
「言っておくが、別に玲二のせいだとはこれっぽっちも思っていない。その時の俺がそうしたかったからだ。たとえやり直しても」
「それもなんとなくわかります」
「でも……だらかこそ、とでもいうべきか……」
新聞もコーヒーも置いて、理一さんは私を真正面から見た。
「何かをやってはいけないってこともないはずだ」
「……え?」
「何をやっても100%上手くいかないことならば、逆にね」
「何をやってもかまわない……ですか?」
「自己中心的ならともかく……本当に相手を想った故なら、あとはどうにでもなる」
「……」
「『何をするべきか』……するべきことなんて、無い。あるのは自分の願いだけだ。あとは好きにするといい」
「それが悲しい結末とわかっていても……ですか?」
「まぁ……時間の無駄かもな」
「……」
「俺の昔話は意味のない恋愛だったと思うか?」
「え?……それはなんか……違うと思います」
「うん。俺もそう思う」
「え……」
「『人生の無駄』とは思っていないよ」
頭の中で、スーッとモヤモヤが消えた。
「り……理一さん」
「ん?」
「私……今やりたいこと、わかりました」
理一さんは再び私から体を斜めに向けて、コーヒーカップを持ち上げ
「そうか」
それだけ言って、少し笑った気がした。
だけど私はまだ席を立たずに、理一さんを見つめた。
「理一さん……それで?」
「は?」
「何で私なんかに……その話を?」
「……」
「……?」
「…………静かな君は、非常に調子が狂う」
「は?」
「早く君が見つけた『やりたいこと』とやらを実行して、スッキリさせてきなさい」
「……」
ぶっきらぼうにそう言って、理一さんはひたすら新聞に目を向ける。
……あぁ、そうか。
心配してくれて……励まそうとしてくれたのかな?
自分の過去を打ち明けてくれてまで。
静かになっている私が……嫌だから。
私はフッと口を緩ませた。
……変な人。
「理一さん」
「何だ、まだいたのか。早くし──」
「弟思いの理一さん、悪くないと思います」
「……はい?」
「少なくとも、私は好きです」
「……っな!?」
「玲二のために頑張ってきた理一さん、カッコ良いと思います」
「……君は以前もそう言っていたな」
「……言いましたっけ?いつ?」
「……」
「まぁ、いいや。つまり私が言いたいのは…」
私も珍しく、理一さんに笑えた。
「理一さんが後悔する必要はないです。きっと理一さんは正しかったと思います」
「……なに、が…」
「だから女の人に怯えるほど、自分を責めないでください」
「……」
私はそこでようやく椅子から立ち上がった。
やらなくてはいけないことがある。
そこでついでにふと思った。
「あ……あと、ついでに」
「ま…まだ、何か、あ…あるのか?」
「私、口うるさくて説教くさいの嫌なんで、先生って人種…基本大嫌いなんですけど」
「……遠まわしに、俺のことを言ってるのか?」
「いえ、逆です」
「は?」
「理一さんは一生けんめいだし、シンシ?って感じだし、わかりやすくて、あんまり嫌な感じしませんでした」
「……ども」
「理一さん、先生合ってますよ!」
「え?」
「多分私でも生徒だったら理一先生、好きなってたかも」
「……っは!?」
「じゃあ!ありがとうございます!!」
理一さんが固まっているのがチラッと見えたような気もしたが、私はそんなことより部屋にあるアイフォンを取りに行った。
穂香さんに連絡を取りたい。
部屋の中ですぐに電話をした。
忙しいだろうとわかっていても、せずにはいられない。
『もしもし?ゆずちゃん?』
穂香さんは出てくれた。
「ごめんなさい、穂香さん。……今、電話大丈夫ですか?」
『うん、大丈夫だよ』
「その、穂香さん」
『うん』
「もう一度会えませんか?」
『え?』
「できたら今日にでも、無理なら明日……ともかく穂香さんが旅立つ前にもう一度だけ……』
『どうしたの?』
「お話……したいことがあるんです!」
電話越しの穂香さんは少し困った感じで、言葉を詰まらせていた。
『えっと……実は今、実家に戻ってて、出発前日までこっちで家族と過ごそうかと思ってて』
もう……会えない?
いや、諦めるのは早い。
「それなら──」
…──
「え?……見送り?」
夕飯前に帰ってきた玲二を捕まえて、私の部屋に引っ張った。
「そう!行くよ、穂香さんの見送りに」
空港行きのバス停で、バスに乗る前の少しの時間。
そこしかなかった。
玲二は玲二らしくない感じで戸惑っていた。
「それは……俺らが行っていいものなの?」
「大丈夫!穂香さんにもOKもらった」
「……」
「だから行くよ」
帰ってきたばっかだった玲二はとりあえずジャケットを脱ぎながら溜め息をついた。
「会っても……正直どんな顔をしたらいいのかわからないから、……会いづらいっていうか」
「でもそれじゃあ秋まで、もう会えなくなるよ?」
「……」
「だから会って、言いたいこと全部言えよ!」
「俺の言いたいことなんて……別に」
何を誤魔化しているんだ。
ズバッと言ってやりたい気もするが、それじゃあ玲二の気持ちも無視してしまうことになる。
だから落ち着かせるために、深呼吸した。
「じゃあ、見送るのに付き合ってくれるだけでいい」
「え?」
「私は穂香さんに言いたいことがあるの」
「言いたいこと?」
「そう!だから付いてきてほしい」
「……でも、」
玲二の『でも』は聞きたくない。
こんな玲二、見たくない。
いつものように明るく強引に引っ張ってほしい。
……それが無理なんだったら、
「玲二」
私よりも遥かに背が高い玲二と目線を合わせるために、片手で胸ぐらを掴み、グイッと引き寄せた。
「もし玲二に『すとれーじ』が無かったら、私のが年上、先輩、お姉ちゃん…わかる?」
「え……ゆず?」
「たまには私に振り回されろ」
もし玲二がいつものように明るく強引に引っ張れないんだったら……
今度は私が引っ張ってあげる。
強引に。
“本当に相手を想った故なら、”
玲二の中の『すとれーじ』を抜きにして『玲二』のことを想えば、答えはずっと簡単なんだ。
いつも『お兄ちゃん』になって、私の背中を支え、手を引いてくれたんだから
今こそ私が引っ張ってやる番だ。
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