恋をする意味
第6話.4 恋をする意味
◇◇◇◇
玲二が元気じゃない。
わかりやすいぐらいに落ち込んでいる。
夕ごはんの時も静か。
「玲二、来週には入学式だな」
「……うん」
理一さんの言葉にも上の空。
理由なんてわかりきっている。
玲二の様子にどうしようかと悩んだけど、三日経っても変わらなかったから、ほっとくわけにもいかなくなった。
「玲二?入ってもいい?」
玲二の部屋をノックした。
返事がないけど開けた。
夕食後の休憩でベッドに体を投げている玲二。
その手には穂香さんから借りた難しい本があった。
「玲二」
「うん、どうかした?」
それをお前が聞くのかと言いたくなったけど、黙ってベッドの縁に腰掛けた。
「本……面白い?」
「……うん」
「玲二が入学するころには、穂香さんはアメリカに行っちゃうね」
「……そうだね」
玲二は本を枕元の棚みたいなところに置き、私と同じ目線になるように起き上がった。
「あのね……ゆず」
「……うん」
「俺……正直、満さんの記憶と俺の感情がごちゃまぜになってるんじゃないかってちょっと思ってた」
…玲二もそう思ってたんだ。
余計に何て言えばいいのか、わからなくなった。
玲二は苦しそうに眉を寄せた。
「穂香がアメリカに行くのは……満さんのためで、満さんのおかげになるわけだよね?」
「……うん。兄貴がキッカケになったってのは言ってた」
「……じゃあ、満さんの影響が穂香の中に残ってるってことだから……嬉しいこと……なんだよな?」
「は?どういうこと?」
「もし満さんの記憶と混ざった感情なんだとしたら……満さんなんだったら…嬉しい…はずなのに」
玲二は傷が残る胸あたりの服を自分の手でギュッと握り締めた。
「俺は……自分で自分のことがわからない」
「……」
「これ……何だろう」
私はわかっている。
多分、玲二も本当はわかっている。
だけど、言わない。
玲二があえて言わない理由は多分、怖がっているんだ。
◇◇◇◇
兄貴…
もし兄貴なら留学に行く穂香さんにどうする?
何する?
何を言う?
こんなにも上の空の春休みなんて初めて。
彩花に電話をして、会って、気晴らしに遊ぶとか、まとまらない感情をありのまま聞いてもらうとか……色々出来るけど、私は昼間にベッドで寝て、ただ何もしない。
玲二は中学の時の仲間達と改めて集まって、遊びに行ったらしい。
玲二もせっかくの春休み、上の空になってないだろうか。
ポカポカの外を眺める。
それに似合わない溜め息とともにリビングに出た。
お茶を飲もう。
それで気分が切り替わるわけじゃないけど。
リビングでは理一さんがいた。
うっ……この人も家にいたのか。
……休日なんだから当たり前だけど。
リビングで足を組み、コーヒー片手に新聞に目を通している。
THE・メガネ男子って感じのスタイル。
私が目が合うとパッと逸らされた。
『こんな昼間からダラダラとは感心しないな』ぐらいの嫌味を言われると思ったのに……まぁ、いっか。
冷蔵庫の麦茶をコップに注いで、私も理一さんがいるダイニングテーブルに着く。
すると、理一さんは急に落ち着きなく、ソワソワしだす。
……?
なんだ?
まるで初めの頃に戻ったみたい。
……ちょっとは慣れてもらえたと思っていたのに。
「……」
「……」
無言の昼下がりが続く。
「ん……うん、ゴホッ」
理一さんがわざとらしい咳をする。
何?
「あー……その、ゆずるさん」
「はい?」
「その……あれから…元気か?」
元気?
「……玲二がですか?」
「いや……玲二じゃ、いや、うん、玲二の元気の無さも気になるが、そうじゃなくて『君が』だよ」
「……私?」
「この間……その、泣いていたじゃないか」
「…………あ」
そうでした。
……心配してくれてたんだ。
「そのことは……もういいんです」
「……そうか」
大丈夫じゃないけど、『いい』って思うしかないっていうか……。
……
……
「理一さん」
「な……何だ!?」
微妙なファイティングポーズを取られたけど無視。
「望みのない恋をしたり……悲しい結末になる恋は、どうすればいいんでしょうかね?」
「……意味がわからない」
バッサリと言い切られて、舌打ちがしたくなった。
女嫌いに聞くんじゃなかった。
「……君は悲しい恋でもしてるわけなのか?」
「いや、私っていうか」
てか、私はこの人相手に何言ってんだか。
でも理一さんになら私をどう思われようが、別に気にしないから、つい言えてしまう。
だから溜め息を付きながら、もう一度言ってみた。
「だからですね……報われないってわかっている場合、どうやって気持ちを切り替えられるんでしょうか?」
「……その人次第だろ?」
冷静な返しにムカッとした。
「正論ですけど!そうじゃなくて!!私が聞きたいのは!」
「……」
「……え?」
「どうした?早く言えばいいだろう、君が聞きたいことっていうのを」
「……」
理一さんは新聞に目を戻した。
「君の聞きたいことが君のしたいことだろ?つまり実は君の中で答えはもう決まっている。それを聞いて、君はどうしたい?何を聞いたって君が満足する答えじゃなかったら、意味がない」
「……はい」
「それを踏まえた上で俺の答えが聞きたいと言うのなら、答えなくもないが」
私がしたいことは決まっている?
理一さんの答え?
曖昧に頷いた。
頷いたけど、理一さんが口を開くのに少しだけ時間が掛かった。
「以前に言っていた……前の彼女だが」
「えっと……はい」
「結婚も考えていたし、彼女も一緒だったと思う」
「そうですか」
えっと……過去話?
理一さんは淡々と語るようで、時々言葉を途切らせる。
「……気持ちは一緒だったが、時間の流れは違ったらしい」
「へ?」
「彼女の年齢では『もう結婚しないと』だが同じ年の俺には『まだ結婚は早い』だった」
「……それで別れたんですか?」
「……多分ね」
「好き同士だったのに?」
「……」
「……違うんですか?」
「好きだったが、結婚の話が無かったしても結局いつかはダメになっていたと思う」
「そうなんですか?」
「その当時、彼女からプロポーズされたんだ」
「……えぇっ!?理一さんがじゃなくて、ですか?」
「サバけた人だったからね」
「パワフルな人ですね」
「あぁ……とはいえ、やっぱすごく勇気を出してくれたんだと思うんだ」
「……そうですよね」
「なのに、俺は彼女の勇気を無駄にするかのように断った」
「まだ若いからですか?」
「……」
「……?」
「『まだ早い』と感じたのは、年齢だけではない。その時の玲二を放っておくわけにはいかなかった」
「……え?」
「病院に通い、時々の入院を繰り返し、二十歳を待たずして……厳しいかもしれないとも医者から言われていた」
「……」
「お金のことは両親が頑張るから治療費を
「……」
「だからその時の俺は新しい家族を作る余裕も自分の幸せに専念できる発想もなかったんだ」
「彼女にはそう言って別れを切り出しだんですか?」
「……別れるつもりはなかったが、その時の現状と思いはありのまま伝えた。自分勝手の都合だが、だからもう少し待ってほしいと。彼女になら理解してもらえると思ったんだ。でも……」
「でも彼女は待てなかった?」
「…………、時間の問題だけじゃなくて『恋人』よりも『家族』の優先を選んだ俺であることが悲しかったのかもしれない。だから俺は彼女を狂わしたんだ」
理一さんが持っていたコーヒーが震えた。
「『じゃあ私達に子供が出来たら、真面目なあなたは“私達家族”を放っておくわけはいかないわね』……彼女はそう言った」
声が出なかった。
理一さんは視線を伏せて、口を片方だけ上げた。
「君も子供じゃないから、全部言わなくても察してくれるか?」
「え…えっと…………はい」
「その時の彼女の目を……俺は忘れもしない」
理一さんがますます顔を背けた。
「俺は彼女が大切で彼女も俺と一緒にいることを望んでくれているはずなのに……あんなにも気持ちがバラバラなのは……初めてだった」
「……」
「それから、俺は女に触れない」
言葉も見つからなかった。
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