第6話.2 兄貴の恋2



◇◇◇◇


「ずっとめんどくさがって、とりあえずで生きてきたから……真正面からぶつかる!……ってのが、私の辞書に無さすぎる」



専門学校内にある自販機の前で溜め息が出た。


春休みなのに、新入生が入ってくる準備を手伝わされることにユーウツさも二倍。



近くの喫煙所にいる知り合いに手を振っていた彩花は私に視線を戻した。



「ふーん?珍しい」


「は?」


「いつもなら、『ま、いっか』のゆずが後悔してるんだ?」


「……」



自販機にモタレながら彩花は紙コップに入ってるコーヒーを飲んで、私を見下ろした。


私も買った紅茶を取り出すために中に入ってる紙コップに手を伸ばした。



「いいんじゃないかな?」



彩花がポンと軽くそう言った。



「何が?」


「ゆずは両親が亡くなってさ、お兄ちゃんもそんなゆずのために忙しくて仕方なかった……とはいえ、やっぱ一人って心に影響出るじゃん?」


「……ごめん。急に難しくて何言ってるか、わかんない」



コーヒーを飲んだ彩花は可笑しそうにしている。


何?



「かわすってことを覚えたのは、ゆずが一人に慣れっこだったからだよ」


「ん?」


「一人で、出来るだけ周りに波風立てないように、出来るだけ最短距離で済ませて」


「……まぁ、わめいても時間のムダだった時はね」


「うん、一人で喚いてもパワー必要だし、一人で空回ったりしたら、すごく虚しいしね」



うん、疲れることや虚しいことは、できるだけしたくない。


心の中で頷いた。



「でも今回は違ったんでしょ?」


「は?」


「『まぁ、いっか』で気持ちは切り替わらなかったし、『とりあえず謝って』も、前に進めない」


「……」


「誰かと真剣に向き合いたいのは、自分に真剣に向き合ってほしいからこその願いでもあるよね」



猫舌とか関係なく、話を聞いているうちに手にある紅茶は勝手に冷め始めていた。


彩花がニヤニヤした顔付きで、私の頭を撫でた。



「だからゆずのしたいようにしな」


「したいようにって……何を?」


「なんでも!ネガティブだろうと、めんどくさいだろうと、私はゆずの味方だし、応援するよ?」


「……」


「人間、ミジメだったりウジウジしたり、空回りしてたりしてた方が私は人間らしくて好きだよ?」


「ちょ……別に私は…」


「本当だよ?何でも受け入れるフリ、何でもかわせるフリ、何でもすぐに解決してすぐに前進める人間……皆、理想にしてそうやって振る舞うけど、そんなん固めないで、やりたいように空回っていいんだよ?たとえ同じことをグルグル悩んでても……」


「……」



同じこと……グルグル悩んでても…私のやりたいことって……。



「彩花…」


「ん?」


「ありがと」


「ん、ふふ……おぉ!」



『持つべきものは友』って言葉を残した人は本当に偉いなぁ…としみじみした。




◇◇◇◇




――――

HONOKA


新刊出たけど、読む(^-^)?


───



穂香さんからメールを貰い、玲二と大学へ行くことにした。


別にマンガはこの際どうでもいいというか、そこまでして新刊読みたいわけじゃないけど、私も穂香さんと会いたいと思っていたから。



「その漫画の映画になったってヤツ、レンタル出たら今度借りようかー」



大学のキャンパス内を歩いている間に玲二はそんなことを言った。


穂香さんと会えるのが嬉しいのか、ちょっとご機嫌だ。



私は借りていたマンガが入っている紙袋の持つ手を変えただけで、返事はしなかった。



私達はこれからこうして、少しずつ穂香さんと親好を深めていくんかなぁ……。


これからずっと?


穂香さんは一体どう思っているんだろう?


キャンパスの内にある桜の蕾が膨らんできている。


これから桜の花が咲いて、散って、夏が来て……私達もどうなっていくんだろう?



私は漠然とした未来がよくわからないのに、隣を歩く玲二は呑気なものだ。



穂香さんのゼミ室の建物に入ったらすぐに、



「あ、穂香」



玲二が穂香さんを見つけた。


階段横で白衣のおじさんと書類みたいなのを見ながら喋ってる。


なんか取り込み中?


でも私の予想とは違って、おじさんはすぐにどっか行って、穂香さんはおじさんに頭を下げて挨拶して、話は終わったっぽい。


下げていた頭を戻したと同時に、穂香さんも私達に気付いて笑顔を見せた。



「あ、いらっしゃい!!」



……普通。


この間のハグは何かの見間違い?


少しは、ついこないだのことを気まずく感じて動揺とかしないのかな?


チラッと玲二を見たけど、玲二は急に大人しくなって少し下を見るから……読めない。


この二人の今の関係性が。


穂香さんの方に向き直り、紙袋を少しだけ持ち上げた。



「あの、マンガ借りた分も今日持ってきました」


「どうだった?」


「えーっと……マサがカッコ良かったです!」


「残念!私はショウ推しなんだよ」



穂香さんはあどけない笑顔で「でもマサも確かにカッコ良いよね!」と階段を上がり、私達をゼミ室へと促してくれた。


穂香さんがいい人なのはスゴくわかるのに……私はなっちゃんの時と違ってなかなか馴染むことが出来ない。


彩花に言わせれば、「いつもの通りの人見知りのペースでしょ」らしいけど


あとまぁ、なっちゃんが特別スゴかったのかもしれない。


でも、



「穂香はずっと研究?春休みに出掛けたりしないの?」



玲二のなつき様とのギャップで、いつもより自分の人見知りが気になった。


ジーっと玲二と穂香さんを観察する。


ゼミ室に入った私達はソファーに座らせてもらい、穂香さんは部屋の角にある給湯できる所へ行き何やらお茶を入れてくれている。


今日は私達以外は誰もいない。


お茶を入れながら、穂香さんが背中を向けながら答えた。



「私は色々準備あってねー…この春休みは出掛ける暇はないかな」



コップに注ぐ音を聞きながら、穂香さんって本当に忙しいんだって思った。


兄貴もそりゃ忙しくしてたけど、春休みは私を連れて何処かへ……とかしてくれてたのに。


兄貴よりも学生のが忙しいもんなんだろうか。


お茶を運んでくれた穂香さんも席についたところで、逆に玲二が立ち上がった。



「ごめん、トイレ借りたい」


「うん、廊下に出たらすぐわかると思うよ!」



学校だから借りる…ってのは日本語が合ってるのかなとか、どうでもいいことを考えているうちに玲二は部屋から出ていき、いつの間かに穂香さんと二人きりにされた。



「二人は家でも仲良しなの?」



柔らかい笑顔で穂香さんが話を振ってくれた。



「仲良し……どうなんでしょうね」



最近はギクシャクしてる気がする……。


理一さんですら……。


そう思ってるのは実は私だけなんじゃないか……とか思うと、余計に落ち込んでみたり。



「穂香さんと玲二だって仲良し……になってますよね?」


「え?」


「玲二が時々一人で遊びに来てるくらい……」


「うん。病院通ってた時期があったんだってね?だから余計に興味があるんだろうね」


「あ……あの、」


「ん?」


「穂香さんから見て……玲二はどうなんですか?」



玲二の時にこれを聞いて、やってしまったのに……私は懲りずに気になってしまう。



「そうだね。あの子しっかりしてるよね」


「しっかり……」



それは確かにしてるかも……って、聞きたいのはそうじゃなくて……



「それに優しいよね。こないだは私が落ち込んだ時に慰めてくれて」


「え?」


「あ……いや、いい年して落ち込んでるとこ見せるとか、なかなか情けないけど」



それってこないだの……泣いてたやつ…だよね?


心臓がドキドキしてきた。



「しっかりしてるなーって、その時も思ったよ。10歳ぐらい年が違うのにね」


「……え」


「うん。あと彼は、将来有望なんじゃないかな?」


「有望?」


「頭良いよね!」


「……」



わからん。


兄貴の記憶があるから?


いや、関係なく玲二自身が賢い?



……


というか、穂香さんからやましさ的なのが感じられなくて……玲二のことを別に意識してないのかな?


穂香さんにとっては、当たり前だけど兄貴のワケがなくて、ただの中学生。


えっと、つまり…だから?


私の頭じゃ段々とキャパオーバーとなってきた。



「それにね、ゆずちゃん」


「はい」


「玲二くんって……戸田くんに似てるよね?」



思わず息を止めた。


私の反応を驚きと取ったのか、穂香さんは少し戸惑ったように言葉を急がせた。



「いや、その!もちろん顔立ちはゆずちゃんのが似てるんだけど!!兄弟だから当たり前だけども、でもなんというか、言葉の端々がなんとなく玲二くんの雰囲気が…」



穂香さんが珍しく少し言葉がおかしい感じに慌ててる。


なんだか不思議で首をちょっと傾げただけで黙っていたら、穂香さんはひとつ咳払いしてから私の顔をジッと見た。



「……ねぇ、もしかして玲二くんって……」



扉が開く音がした。



「ゆず!中庭にアルパカがいたっ!!!!!!」



……



はあ?



玲二の頭がついにぶっ壊れたのか?



「ああ、隣の棟の教授が連れてくるのよ。時々」



穂香さんが笑いながら説明してくれた。


っていうか、マジですか!?


私と玲二のビックリした顔に穂香さんがやっぱりクスクスと笑った。



「あとで見させてもらう?」



私はソッコーで頷いた。


生アルパカなにそれ超見たい!


私のテンションが伝わったのか、玲二も笑った。



「じゃあ私、ちょっとした手続きしないといけないから、それ終わってから見に行こうか。それまでここで待っててもらってもいい?本とか自由に読んでて?」



あれ?


なんか色々と話が中途半端になったけど……


穂香さん、何か言いかけて……



「手続き?」



私の疑問よりも先に玲二が穂香さんに質問した。


穂香さんは一瞬真顔になったけど、すぐにいつもの柔らかい笑顔となった。



「うん、実はね……この春からアメリカに留学するの、私」


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