第5話.7 階段下の胸の痛み


…――




妹尾くんの優しさのおかげで早めにバイトが終わったその足で、気付けば電車に乗っていた。


玲二のことでモヤモヤしているのは確か。


だからいい加減スッキリしたい。


とりあえず、まずは理一さんのことを相談して、そしてなんで穂香さんのことをそんなに気にかけてるのかも聞いて……それで……



……それで?



改札を抜けて歩いていたのを一瞬、速度を弛めた。


でも弛めたのも本当に一瞬で、すぐにまた歩き出した。


あーもー、めんどい!


それからのことはそれから考えるとしよ。


まずは今、思ったことを話そう。


大学へと目指した。


どこにいるかわからないから、とりあえずこないだ通してくれた部屋へ向かった。


……


……すぐに迷った。



……三階だったっけ?四階だったっけ?



棟内ではチラホラ人もいるけど……誰かに聞くのはなんかヤダ。


勇気出ないっていうか、知らない人に何て聞けばいいんかわからなくて…なんか恐い。



あー……ダメだ。


こーゆーどうでもいいとこで、つまずいて……ヤル気が削れそう。



諦めかけた時に閃いた。



あ……電話すればいいじゃん。



電話帳で玲二の番号を出して、すぐに掛けた。



掛けてから、思った。



つーか、別に今じゃなくて玲二が家に帰ってくるの待ってからしても良い話なんじゃない?



――そう思った時、階段の上の方からメロディが流れた。



玲二がお気に入りの曲。


玲二だ。



「あ、電話?出ていいよ」



同じ上の方から穂香さんの声もした。


……え?


もう、すぐそこにいるの!?


何故かビビってしまい、咄嗟に電話を切ってしまった。



「ゆずからだよ……って、あれ?切れた」



リアルタイムな感じに余計に焦りを覚えた。


いや、別に悪いことしてないけど。


でも見つかると恥ずかしいような気がする。



穂香さんと一緒にいるんだよね?



「ゆず、どうしたんだろ?」


「かけ直してみたら?急用かもよ?」



って!!


ここで鳴らされたら、近くにいるってバレるじゃん!



咄嗟に走って逃げた。



一番下まで駆け下りて、息があがった。


さっきまでの勢いはどうしたのか……自分でもよくわからない。


……最近、玲二だけじゃなくて、私もおかしい。


自分のことなのに、何がしたいのか自分でもよくわからない。


スマホが鳴った。



ゲッ。


ホントに掛けてきた。


玲二の名前が表示されている画面をガン見しながら、それでもムシした。



……なんか私、玲二の電話ムシしてること多くね?



電話が切れたら、すぐに着信音を無音に変えた。



……


私は何がしたいの?




「じゃあ、これもこれも……、また穂香の時間が空いてる時に返しにくるね」



階段下りてくる足音と玲二の声が近付いてきた。


え?二人も下りてきてる?


うげ、下りてきた意味ない。


なにこの謎の鬼ごっこ的な。



「それはいつでも大丈夫なんだけど……来たばっかなのに帰っちゃうの?」



白衣を着た穂香さんの姿がチラッと見えたから逃げるように急いで階段下に空きスペースに回り込んだ。



……パイプ椅子が積み重ねてある。


なにこの場所?


そんなことはどうでもいいから、椅子の音を立てないように階段下に身を潜めた。


一度逃げてしまったがために引っ込み付かなくて、ついには隠れちゃってるし……。


私、謎。



「ごめん、無理言って今日空けてくれたのに」


「はは、それは全然いいんだけど」


「いやいや、ごめん。でも、ゆずが気になるから今日は帰るよ」



胸がドキッとした。


ギクッとか、ズキッとかが混じったような感じ。


私が電話、ムシしたから?


それで心配して?


だとしたら余計にここで見つかったら、かなりの気まずさ。


そう思うと余計にドキドキした。


見つかりませんように……。


私がヒヤヒヤしている感じとは逆に穂香さんの笑い声が聞こえ出した。


……声が近い。


多分、真上だ。



「え?俺、変なこと言った?」


「あははは!うぅん、全然!そんなんじゃないんだけど」


「えっと……、何を笑って……」


「なんか玲二君って、戸田君に似てるね!」



ハッと息を飲みそうだったのを押さえて、口に手を当てた。



「え……え、似て……ますか?」


「うん!気さくなところとか、興味持つジャンルとか……なんか似てるなーってのは前から思ってたけど、……ぷふっ、今のゆずちゃん心配してる感じがなんか戸田くんを思い出したよ、本当に」


「え……あー……はは、」



顔見えないからわかんないけど、多分玲二は何てリアクションしたらいいのか、わかんないんだろうな。



「ゆずちゃんよりも玲二君に『戸田くんに似てる』って感じるのも可笑しな話だけどね」


「お…おかしくない!」


「……へ?」


「いや、えっと………………何でもない」



……


……


……なんだろ、この感じ。



「あ……あのさ、穂香はさ」


「ん?」


「こないだ、彼氏いないって言ってたよね」



……いつの間にそんなこと聞いたんだよ。



「うん。まぁ、こんな生活してたらねー。そんな暇はないよ」


「そうじゃなくって……それは、満さんのことまだ好きだから?」


「……え?」


「だから作らないの?」


「……」


「満さんのこと……忘れられない……から?」



心臓が……


すっごく鳴り響いている


すっごく、嫌な感じに……。


これは……私が盗み聞いていい話じゃない。


余計に出れない。


だから聞いてはいけないって、わかってるのに逃げれない。


ちょっとした沈黙は穂香さんの笑い声で破られた。



「あははっ!最近の若者はマセてる上に直球だねー」


「――っ俺は!」


「え?」


「真剣に、聞いてるんだけど!!」


「……玲二君?」


「……真剣だよ」



何、言ってるの……玲二。


それ以上に、ここで何やってんの


私。


シーンとしていて、自分のわずかな動きで音がして、バレるんじゃないか……ずっと胸がズキズキしている。


胸が……ズキズキする。



「え…えっと、ははは。戸田くんはホラ、その……」



穂香さんは笑っているけど、明らかに戸惑っている。


声だけでわかる。


言葉が迷ってるから。



ゴニョゴニョと淀んだ言葉のあと、鼻を啜る音がした。


「あー、ごめん!ちょっと待ってね。えへへ、なんか最近は涙もろいんだよ~」



おどけた声を出しているけど、鼻を啜る音が止まない。


穂香さん……



……玲二はずっと黙っているから、どんな感じか全然わからない。



「ごめん、いきなり……いい大人が。…………うん」



完全に涙声。



やっぱり穂香さん……兄貴のこと……



……


……


……



……ずっと沈黙が続いている。



あれ?


二人、まだいるよね?



あまりの静けさに、居なくなったんじゃないって不安になったから……そっと覗いた。



「……っ!」



玲二が穂香さんを、抱き締めていた。


俯く角度で、玲二の顔も穂香さんの顔も両方見えないけど……



慰めるように愛しそうに……玲二のその手は優しく穂香さんを抱き締めていた。



「…………俺じゃ、ダメですか?」



玲二の胸に顔を押しあてられてる穂香さんがピクッと震えた気がした。



息が止まるかと思った。


聞いていけないこと。


見えてはいけないもの。



そのまま後ずさるように、そっと二人から離れ、角に曲がってすぐに走った。



案外、あっさりと見つからずに逃げられた。


……多分、それぐらい二人の世界……だったんだろう。



中庭に出て、空に溜め息。



玲二は……もしか…しなくても……




―――――『俺は!真剣に――』



ズキッと


痛む。


目に見えないどこかがズキズキと痛む。


どこが……痛いの?


正直、そっからの記憶があやふやなまま電車に乗って、気付けばマンションの前。


だけど、待って。


このまま家に帰っても、玲二だってここに帰ってくるわけだよね。



どんな顔して会えばいいの?


玲二は私がいたってこと知らないんだから、普通にしてて大丈夫なんだけどさ。



……でも、



自分の手首を知らない間にきつく握っていた。



「ゆず」



いつのまに……



「マンションの前でどうしたの?」



こんなに時間が経ってたんだろう。



玲二は小首を傾げて私を見ていた。


帰ってきた玲二に追い付かれた……らしい。



「電話した?掛かってきたけど、なんかあった?」



玲二の顔を見るのは久々な気もするし、ついさっきの気もする。


多分、両方。



「ゆず?」



玲二は至って普通に話す。


普通なのが不自然に感じるほど。


さっきまで、穂香さんを抱き締めてたくせに……。




――――『俺じゃ、ダメですか?』




胸がまたズキッとする。


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