第5話.6 上機嫌の理由

…――




穂香さんの家を出て、電車にも降り、マンションに向かう帰り道……隣の玲二の肩らへんを見た。


なんつーか、今日の玲二……ムカつく。



「あのさ、玲二」


「え?」


「あんた、ホントに精神医療に興味あんの?」


「え?うん!あるよ!!」


「ホントかよ」


「あはは、あるって!俺、小っちゃい時から病院行ってたし……今じゃ心臓移植でこんな体験しちゃってる。すっげぇ興味あるよ?」



そう言われても……なんだか疑ってしまう。


何故か玲二の言葉の裏を探してしまう。




…――




次の日の夜、鼻歌しながら食器を洗う玲二の姿。


理一さんは新聞を広げながら、笑った。



「玲二、何か良いことあった?」



理一さんの言葉に玲二はビクッとして、慌てふためいた。



「え、え?いや……別に…何も…」


「でも、今日の制服の採寸測ったあと、どこか行ったんだろ?帰りも遅かったし」


「え……そ、その…」



わ か り や す す ぎ だ ろ ?


理一さんはニコニコする。



「玲二が元気そうだと、俺も元気が貰えるよ……――って、なんだ君は。そんな元気が削れそうな鬼の顔して」



ブラコンなんかこの世から抹消させてしまうがいい。


ムカムカするから自分の部屋に行ってしまおうか。


理一さんは般若の私をスルーして、再び玲二に話しかける。



「玲二、明日は教科書買いに行くわけだけど、1人で大丈夫か?午後からなら俺も時間に融通きくのだが……」


「あ……いや、兄ちゃん。明日、俺は午後に用事あるから…午前中に買ってしまうよ。1人で大丈夫だからさ」



……用事?


私の疑問に理一さんも同じ疑問を口にした。



「用事?出掛けるのか?」


「う……うん、友達んとこ」



蛇口を締めて、玲二は手の水を飛ばして払う。



「じゃ、お風呂入ってくる!」



手をジーンズで拭きながら、玲二は慌ただしく自分の部屋へ行ってしまった。



鼻歌交じりの玲二……


間違いない。


今日、穂香さんと会って良いことでもあったんだろうな。


そしてさっきの様子……もしかして明日も会いに行く気?


玲二の部屋が閉まる音を聞いて、理一さんはすぐに私の顔を見た。



「ゆずるさん!」


「は?」


「なんというか……何か聞いてないか?」


「……何を?」


「出掛けるというのは、玲二に……その、恋人的な何かが出来たとか出来てないとか……」


「……」



やっぱ、さっきの玲二の様子はさすがの理一さんも何かあるぐらい勘づくよな……


つーか、恋人的な何かって何だよ。



「……理一さんは玲二に彼女出来るの反対なんですか?」


「いや……反対も何も……そこは本人の意思を尊重してだな…」



すっごく理解ある発言しているようですけど、さっきから震える手で新聞がガサガサガサッて、うっさいんスけど?


つーか、玲二には既に彼女いたこと知ったら……この人どうなんの?



……怖いもの見たさで告げ口してやろうかと思ったが、めんどくさい予感もしたから止めておいた。



「れ……玲二に恋人かー…玲二にはまだ早い……いや、いつかは迎えなくてならない問題でもあるが……くそ、玲二もいつか大人に…」



新聞を持って、ネチネチと寂しがるその姿は……


キモチワルッ!!


理一さんのカッコいい顔立ちでもカバー出来ないくらいキモチワルッ!!


なんだこのブラコンは。


年も離れてるし、理一さんがずっと面倒見てたようなもんみたいだし……まぁ、仕方ないこと……か?


それとも……



「弟に先越されるのは実はイヤ……とかですか?」


「……は?」



ソファーでうずくまっていた理一さんは思いっきりしかめっ面して私を見た。



「いや……自分より先に彼女作られるって、地味にイヤとかってないですか?」



私、妹・弟いないから微妙にわかんねーけど。


理一さんはますます首を傾げた。



「……何を言ってるんだ?」



あ……ですよね。


女恐怖症の理一さんはそもそも彼女作るって発想しませんよね。


これは失礼し……



「女性との交際経験は、俺にはあるから先も何もない」



あ……それは失礼しました。


理一さんだって彼女いたことぐらい……


……


……って、


はああああぁぁっ!?



「……理一さん、ハムスター相手の場合は彼女とカウントしませんよ」


「なんでハムスターなんだ。君は相変わらず意味がわからない」



さすがに自分でもテンパって喋っているのがわかる。


いや、でもだって……



私の動揺がわかったのか、理一さんがハッとした顔付きになる。


理一さんはメガネを上げながら溜め息をついた。



「……まあ、それも昔の話だ」


「……」


「というか、俺は君相手に何を言ってんだか……」


「……知りませんよ」



つーか、衝撃の事実すぎてビビった。



彼女いたことあって何であんな病的に女の人をビビってんのか…。



「……ところでゆずるさん」


「はい?」


「玲二と君の関係なんだが……」


「……」



……


忘れてた。



玲二の妹発言のこと、何も解決してなかった。


なんでウカツに理一さんと二人きりになっちゃったんだ。


くそっ、それも玲二がタイミング悪く、ずっと上の空で……


すぐに立ち上がった。


ともかく逃げてしまえ。


でも腕をすぐに捕られた。



「待て」


「……」


「話を最後まで聞きなさい」



うー……


めんどくさい…です。



「二人が隠していることは……」


「いや、そのことなんですが、」


「話す気になったらでいい」


「……は?」


「いや……聞き返されても。わりとそのままの意味だ。二人が話す気になったらで……構わない。俺に出来ることなら絶対なんとかしよう」


「隠している……というか、」


「しかし…本当に問題はないな?何かおかしなこととか、変なことに巻き込まれてるわけではないな?」


「……」



一体、私と玲二の関係の不思議さをどんなものだと想像しているのかわからないけど……


理一さんが玲二を心配しているのはわかる。


大袈裟なくらいだ。


このまま理一さんが思う話が無駄に膨らむ前に、正直に伝えるべきなんじゃないかなって思った。



たとえツチノコを見る目で見られることになろうと私が彩花に話したみたいに、玲二も理一さんに話した方がいい。


そう思った。



「理一さん……」


「や…やっぱり何かあるのかっ!?」


「いや、そうではないですけど」


「けど?」


「玲二と相談してからでいいですか?」


「相談?」


「相談」



きっと隠すことじゃない。


大丈夫。




…――



お風呂上がりに玲二の部屋に入った。



「玲二」


「ん?ゆず?」



勉強机に向かっていた玲二が振り返った。


は?


受験終わったのに勉強?



「何してんの?」



玲二の机を覗き込んだ。


本。



「あ……本、借りたんだ」



玲二が笑った。


誰から?と聞かなくてもわかる笑顔。



「……へえええぇぇぇぇーーーー」



私のひきつった顔にも玲二はニコニコとしている。



「穂香が持ってる本って面白そうなのがたくさんでさ、今日一日じゃ足りなかったんだよな」


「じゃあ明日の…」


「え?」


「明日の用事ってのも」


「え……あー、うん。穂香の大学行ってくる」



玲二は本当に楽しそうにそう言う。


午後からなら、私もバイト上がってるけど……。


でも玲二はもう私の予定を確認しようともしない。


一人で行く気だ。


一人で……穂香さんに会いに……。



「ゆず」


「……何?」


「何って、ゆずが部屋来たんじゃん?何か用があったの?」


「……」



玲二は笑顔のまま、「ん?」と私の顔を覗き込む。


なんか、最近の玲二の笑顔……直視できない。


顔を背けながら言った。



「何でもない」


「え?じゃあなんで部屋に……」


「忘れた」



淡々と棒読みの私に、玲二はクスクス笑いながら「なにそれ」と言った。


結局、また理一さんのことを言いそびれた。



…――




「戸田さん…なんか急ぎ?」



そろそろバイト上がるって頃に妹尾くんがキッチンでそう聞かれた。



「え?何が?」



使用後のお皿を洗い場に返す。



「時計見てソワソワしてるし……なんかイライラもしてる」


「……」



ソワソワもイライラもしてるつもりはなかったけど、時計を見ていたのは確か。


玲二はもう教科書買い終わって、穂香さんの大学に行ったのかな。


ハッとした。



いかんいかん。


私は別にブラコンじゃない。



それに兄貴の記憶のせいで見落としがちだけど、玲二は中学卒業したての子供。



どこに興味持って、どこに遊びに行こうが……別に自由。


子供が好きに遊んでるだけだ。



……私が高校生ぐらいの時に子供扱いされたら、超ムカついたけどね。



妹尾くんが出してくれた料理を両手いっぱいに持った。



「戸田さん」


「大丈夫。別にこの後、用があるわけじゃないし。妹尾くんが心配することは……」


「それ出したら上がりなよ」



妹尾くんはいつもの人の良さそうな笑顔で言った。



「ちょっと20分ぐらい早いけど、もうすぐでアキちゃんも来るだろうし。店長には俺からテキトー言っとくよ」


「……え?なんで?」


「戸田さん、なんか元気ないし」


「……そう?」


「疲れてるなら今日は早めに上がっちゃいなよ」



別に疲れてることも、イライラも、無いつもりだけど……。



「……ありがとう」



何もしないままにするよりは良いって思った。

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