第5話.3 秘密なのか何なのか後編


…――


彩花とカラオケに行って、家に帰った時には玲二のが先に家にいた。


リビングのソファーで理一さんとくつろいでいた。



普通にテレビを見て、笑っている玲二。



……夕方の玲二は何だったの?



私に気付いた玲二が手を振った。



「あ……ゆず、おかえり~」



玲二の言葉に理一さんもこっちを見た。



「……おかえり」



玲二だけじゃなくて、理一さんも昼間の理一さんは何だったの?って聞きたいくらい普通だった。



「あ……兄ちゃん!俺、明日もちょっと出掛けてくるから」


「明日から春休みなわけだから結構だが、高校の準備も忘れずに」


「わかってるって!!」



本当に普通だ。


読めない。



一度荷物を部屋に置いてから私もリビングに行こうとしたら、入れ違いで自分の部屋に戻ろうとしていた玲二と廊下で鉢合わせた。



「あ……玲二」


「ん?」



廊下に立ったまま私の言葉を待ってくれている玲二。



「今日の……アレ」


「アレ?」


「急に走ってっちゃったけど」


「……あー」


「何かあった?」



その時、玲二がまた“あの目”をした。


遠い目。


私は知らない目。



「ゆずさ、」



何故かザワッと胸が疼いた。


玲二の言葉の続きが妙に怖い。



「明日、暇?」


「…………は?」



全然話が変わったから、ワケ分かんなかった。



「明日……は、ずっとバイトだと思う」



春休み用の短期バイトを掛け持ちで一個増やしたから。



「じゃあいつでもいいからさ、いつなら暇?」


「……多分、明明後日しあさってなら」


「じゃあ明明後日しあさって、空けといて」


「は?」



玲二は曖昧な約束のまま、そのまま部屋に入ってしまった。


普通とか嘘。


やっぱり玲二……なんか変。



…――



本当は理一さんのことも相談したかったけど、玲二の様子がなんかおかしいから、なかなか言い出せなかった。


でもまぁ…理一さんもあれから変に聞いてこないから、しばらくは大丈夫そうなんだけど……。



てか、玲二はマジで何なんだ?


玲二が言った『空けといて』の日までの二日間、玲二は心此処にあらず……的な?



分かりやす過ぎて逆にワケが分かんない。


何があったっての?



私も気になって、正直バイトどころじゃなかった。


微妙なミスばっかしてしまった。



だから、



「一体、何があるの?」



玲二と約束した当日の朝には玲二の部屋に直接押し掛けて、軽く逆ギレ状態になっていた。


玲二の部屋で仁王立ちの私に、玲二はキョトンした。


今回は可愛い顔で誤魔化されないんだからな。



けど玲二はやっぱりすぐに答えなかった。



「ゆずに着いてきてほしいところあるんだ」



…――



電車に揺られながらも、私もしつこく聞いた。



「……で、どこに行こうとしてんの?」


「……」



なんだかんだ玲二が行くところへ着いていこうとしているけど、いい加減目的地を教えてくれてもいいと思う。


おもいっきり玲二に睨みを利かせたら、私のムカつきがようやく通じたらしく、玲二は困ったように眉を下げた。



「別に秘密のまま行きたいわけじゃないんだけど、『何で行きたいの?』って聞かれたら、俺も何て言ったらいいのかよくわからないって言うか……」


「……なにそれ」


「……うん、俺もわかんね」


「――で、どこに向かってんの?」



返事の代わりのように玲二は立ち上がった。


電車内のアナウンスが鳴る。



『次はT大学付属病院前~T大学付属病院前~』



玲二が私を見下ろした。


真面目な顔で。



「俺、満さんが行ってた大学に行ってみたいんだ」



玲二が言った通り『なんで?』と聞きたくなったが、先にわからないと答えられたから何も言えなかった。


でも…………なんで?



兄貴の大学……。



兄貴は国公立の大学に行っていて、しかも学費が免除されるらしいなんかで入学してた。


よくわかんないけど、彩花にそれを言ったら『それってむちゃくちゃ賢いじゃん!すごっ!』って言ってたから、兄貴はかなり頭が良かった……らしい。



私はすごい頭良い大学ってだけで全然興味わかなくて、来たこともなかったけど……。



誰でも入れる様子の校門に、玲二と一緒にくぐり抜けた。


生徒でもないのにそこを通るということに、私は微妙にビビったけど、玲二が堂々と歩くから私も黙ってついていくしかなかった。



国公立……のイメージのわりにキレイなキャンパス。


緑溢れる芝生と程よいベンチで、まさにキャンパス……って言いたいけど、私は他のキャンパスよくわかんないから、公園って感じ?とも言える。


大学も春休みだと思うのに、生徒多いし。


サークル?


ゼミの課題とかなんか?



てか……



「玲二くん、いい加減に理由言ってくんないと……めんどくさくて既に帰りたいんだけど」


「あ!ゆず、隠れて!」



はあああぁ?



玲二に無理矢理引っ張られて、キャンパス案内の掲示板後ろに隠れた。



わけわからん。


くそっ!!ノコノコ着いてくるんじゃなかった。



「ゆず!あの集団!あそこの白衣の女の人!黒髪の!ロン毛の!」



玲二が指定した人物を探すため見渡した。


いた。



スラッとした女の人。


おんなじスラッと系でも…なっちゃんは勝ち気そうなハキハキ美人に対して、その人はもうちょっと儚そうな、フンワリ美人ってとこ?



友達らしい団体と喋りながら移動している。


皆白衣着てるから、大学生よりもっと大人に見える。



……で?



「……あの人が何?」



もはやこのやり取りに疲れてきた私は棒読みで玲二に聞いた。



「一条穂香さん」



玲二は女の人から視線を外さないまま一呼吸置いて、言った。



「満さんが付き合っていた……かもしんない人」



…………は?



兄貴の……彼女?



まだ玲二と暮らして間もない頃、兄貴にそんな存在がいるっぽいことは玲二からなんとなく聞いていたけど……


私は初めてその人を見た。


いちじょう…ほのか…さん。



ハッとした。



『ほのか』



それはこないだ玲二が呟いた名前。


玲二がおかしい様子に少しずつツジツマが合ってきた。



「俺……こないだ偶然、穂香さん見かけて」


「……うん」


「……俺、どうしたらいいと思う?」


「……は?」


「いきなり会ってきても……大丈夫かな?」



何を心配しているのか。


玲二がいつもより自信なさげに言ってるのが不思議。



「私に会いに来た時は、ビビることなく来てたじゃん。『お前のお兄ちゃんだー』とかなんとか言って」


「そう……だけど、それはゆずだったし……でも今回はその、アレじゃんか」


「ドレだ」


「いきなり行って……怪しまれない?」



お前のお兄ちゃんだと強引に、同居を提案してきた怪しい中学生が……


い ま さ ら ?



なんでかモジモジしている玲二が本当に不思議でしょうがない。



私が呆れたのがわかったみたいで、玲二は少し笑った。



「確かにここまで来といて、何を今さら悩んでんだって感じだよな」



いや、そっちの今さらじゃない。



心の中でツッコンでる間に、掲示板に身を隠すように縮んでいた玲二が深呼吸をしてゆっくりと背伸びをした。



「うん。やっぱゆずも一緒に来てくれて良かった。なんか少しだけ勇気出たかも」


「勇気?」


「穂香さんに会っていいんか、微妙に悩んでたからさ。でも気にしすぎだよな。穂香さん気になるし……うん。モヤモヤしっぱなしも気持ち悪いし、やっぱりちょっと会ってくる」



ようやくいつもの玲二らしく、さっぱりとそう言った。



そして私を置いて、玲二は女の人の元へ歩き出した。



なんとなく、気になっていた……兄貴の彼女。


玲二はあの人に会って…どうしたいんだろ?



それは電車の中で言っていた通り…玲二自身もよくわかんないんだろうけど……何て言って会う気?



私に会った時は『お前のお兄ちゃんだよ。だからゆずに会いに来た』……てな感じだったけど、今回は?



私の時に言われたことを今回に置き換えて考えてみた。



ん?


んんん?



どんどん兄貴の彼女に近付いていく玲二の背中を見た。



……待って。


突然現れた見知らぬ少年が



『俺は君の恋人だ!!だから君に会いに来た』



待て待て待て待て!?


妹とは訳が違う。



それは……



ストーカーだろ!?


どう考えても!!



玲二のイケメンビジュアルを持ってしても、ギリギリアウトだ!


つーか恐ぇよっ!!!!



そういや私も最初はビビったし。


マヒしてたっつーか、忘れてた。



しかし私の何かで謎の勇気をもらってしまった玲二は止まることも疑うことも知らない。



私も掲示板から飛び出し、走った。



私より一足先に白衣団体の前まで行った玲二。



「一条、穂香さん」



名前を呼ばれた穂香さんはキョトンとした顔で玲二を見た。


一緒にいた友達もおんなじ顔して、玲二を見ている。


〜『あなたは誰?』


『穂香さんの恋人です』


『恋人?人違いよ…私はあなたを知らないし』


『でも……俺はあなたを知っている』〜


ダメだ!!どんなに想像して、どんなに考えてもストーカーにしか聞こえない!!


ちょっとマジで待てっ!!



私から見て、玲二の顔だけ見えない。



背中の玲二が真っ直ぐに穂香さんに向き合う。



「俺は――」



くそっ!!待て!!!!!!!!



玲二に追い付く前に叫んだ。



「戸田弦っ!」



大きな声で自分の名前を叫べば、皆が私を見た。



周りの大学生も、


穂香さんも……


玲二も。



ようやく玲二の隣に並んで、穂香さんを見た。



「戸田弦……と言います。戸田満の、妹です」



ゼェゼェと息切れした。



「え……戸田くん……の?」



白い肌にえる綺麗な唇が、戸惑いながらそう動いた。


その名前に兄貴を知っているというのが、リアルに感じた。



見たことない人。


でも兄貴を知っている人。



隣には不思議そうに私を見ている玲二。



春風になびかれて、やっとこの状況に『あっ』と思った。


急に冷静になったというか、『あっ』より『ゲッ』に近いかも。


何やってんの、私。



もしかして、もしかしたら……なんだか面倒なことに自分から首突っ込んじゃったんじゃないの?


面倒なのが嫌いな私なのに……もしかしてヤバい?



深呼吸をしようにも、急に走ったのが意外に私の体はついていけなかったらしく、咳込んだ。



「げっ、ぐ……ごほっゴホッ!!」


「だ…大丈夫ですか?」



穂香さんは心配そうに一歩分、私に近付いた。



「ちょ、ゆず!?大丈夫?運動不足?運動不足なの?年?」



コ イ ツ は っ !


玲二を不審者にしないために走ってやったというのに……コイツにマジで怒りを覚えた。



むせる私に玲二は背中を擦ってくれるが……



「普段からゴロゴロしてるからー」



笑顔でムカつくこと言ってる玲二のせいで、私の努力も報われない。



「あの、良かったらウチのゼミで少し休んでいく?」



穂香さんが私と玲二にそう言った。


そして脱力しながら、あーこれからまたビミョーにメンドイことが始まるんだろうなーって、私は諦めるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る