秘密なのか何なのか

第5話.2 秘密なのか何なのか前編


「い……妹と言うのは――」



エレベーター前で乗り込まず動かない二人。



向かい合って妙な静寂の中、突如エントランスで私が好きな実力派バンドの新曲が流れ出した。



着信。


なぜか焦って思わずそのまま電話に出てしまった



『もしもし、ゆず?暇?』



それは彩花の声。


彩花からの電話にホッとした。



理一さんの質問から逃げるように彩花と話をした。



「うん、大丈夫。……わかった。じゃあいつものとこで……」



電話を切って、理一さんを見た。



「あ……あの、」


「……」


「すみません。このあと……友達に会いに……出掛けます」



理一は小さく溜め息をついてから言った。



「遅くならないように」


「え……あ、はい」


「念のため鍵も持っておきなさい」


「はい……持ってます」



それから理一さんは何も言わずにエレベーターに乗っていった。


私は一人、しばらくそのまま立ち尽くしていた。




…―――



「うーっす!!春休み楽しんでる?」



春休みになって、まだ3日しか会ってなかったのに、彩花の髪はすでに更に明るくなっていた。



先にファミレスで席に座って、こちらに手を振った彩花を見て、彩花は春休みを楽しんでるのがすごくわかった。



「まぁ普通」



春休みの感想を述べて、私も席に座った。



彩花はもう飲み物を入れていて、私に「何か頼みな」ってメニューを渡してくれた。



『頼みな』ってのは、あくまで食べ物の話であって、テーブルには彩花のコーラと一緒にアイスティーもある。


私が最初に飲むだろうドリンクを、彩花はわかっているのだ。



「そういや新学期からも、ゆずは少年の家に住むんだっけ?」


「えっ……あー…………うん」



大人になりきれていない自分を指摘されたような気持ちになったから、ハッキリとした言葉にならなかった。



「ゆず?どうしたの?微妙に凹んで」



他の人からは『不機嫌になった』と勘違いされがちな私の表情もお見通しだから、彩花には敵わないなぁと思った。



「いや……私のこと自立出来ないこどもって、呆れてんのかなーって」


「は?……別に呆れてはないし。まぁでも――」


「……でも?」


「ゆずがそこまで誰かとずっと一緒にいたがるのが珍しいなーっては思う」


「そう?」


「なんで疑問系?明らかにそうじゃん!!彼氏だって友達だって。来るもの拒まずとかとはまたちょっと違うけど、普通に接するフリをして、警戒心の塊を弛める気ゼロ!!みたいな」


「そんなことないし」


「いーや、お前はそうゆう奴だね!!」


「……さようですか」


「さようです」



彩花は勝手に店員を呼ぶボタンを鳴らしたから、そこから再びメニューに目を向けた。



「なかなか心開かないゆずに、心の拠り所が増えることは私も嬉しいけどさ」



思わず顔上げた私もお構い無しに彩花はやってきたウェイトレスに注文を言った。


今の私をそんな風に考えてくれてたなんて、思わなかった。



「……彩花」


「ん~?」



私を見ずにスマホを触って返事をする彩花。


密かにずっと迷っていたことを少しだけ言う気になったのは、さっきの理一さんとの一件もあったから……かもしんない。


ご飯を注文した直後に彩花の目をじっと見た。



「信じる信じないは彩花に任せるんだけど

……」


「ん?」



私は玲二の心臓と記憶の話を彩花にした。




……




「……まぁ、そんな感じで……私が玲二と一緒にいやすいのは、兄貴のことが……あるからなんだよね」


「……」



一通りの説明が終わっても彩花は何も喋らなかった。



「彩花」


「……」


「……やっぱ信じないよね」



私は溜め息交じりに笑った。


氷で薄くなったアイスティーをストローで無意味に混ぜた。



「私にはそんなSF話……簡単には丸ごと鵜呑みには出来ないけど、」


「……まぁ、普通そうだよね」



私も信じるまで時間かかったし。



「でもあんたの頭じゃ作れそうにないほど細かいから、妄想じゃなくて少なくともゆずは少年の話を本気で信じてるんだってことは信じるよ」



……?


首を傾げた。



「……つまりどういうこと?」



彩花は「もー!」と非難っぽい声を出しながら笑った。



「つまり信じるよってこと!」



……マジ?


ビックリして彩花をガン見していたら、また笑われた。



「ゆずはそんな冗談言わないじゃん?ゆずが言うなら信じるよ」



彩花って……



「気も利くし、優しいし、めちゃくちゃ良い奴だね。なんでこないだの彼氏、こんな良い彼女差し置いて浮気したんだろ……私にはわからない」


「あー……うん。お前ってそういう奴だよな。サラーッと人の傷口に塩塗りやがって」



彩花さんのオーラが急に怖くなったので、サラダをせっせと口に運んだ。



「でもまさかゆずと少年がそんな繋がりだったとはねー……」


「うん。まぁ、そんな感じ」


「思えばゆずが今まで知らなかった人の家に居候するなんて変だと思ったんだよね」


「え……そう?」


「そこまでぶっ飛んだ理由なら逆に納得だ」



私も不思議な出来事だから、自分でも驚くぐらい最後はあっさりと住むことを決めちゃったんだろう。



「それにゆずは、なんだかんだでブラコンだったしね」


「はあ?違うし」



彩花の言葉を即座に否定したけど、彩花は「ハイハイ」と言っただけだった。



「ちなみにだけどさ……彩花」


「何?」


「今の話、理一さんにもして大丈夫だと思う?」



彩花はしばらく瞬きを繰り返した。



「え……あー……そうだね。微妙じゃない?」


「……やっぱ微妙?」


「一般的じゃないことを言いまくるって微妙じゃない」



一般的じゃない……言われてしょうがないこととわかってるのに、なんか悲しかった。



「ゆず」


「なに?」


「私、こないだツチノコ見たんだよね」


「………………は?」



あまりに唐突すぎる報告に私が固まっている間、同い年っぽいウェイトレスがたどたどしくお皿を持ってきた。



「こちら鉄板お熱くなっておりますので」の説明の間すら、私の時間は止まったままだった。



「え……ごめん彩花。もう一回言って?」


「ね?」


「は?」


「少しでも常識から外れた発言言えば誰だって『は?』ってなるでしょ?」


「……」


「お兄さんも、『は?』ってなるんじゃない?」


「……」


「せいぜい生温い目で『はいはい、そっかそっかぁ』って受け流されるか」



私と玲二のことを告白した時、目を細めた理一さんが、


『……大丈夫か?君の頭は』


うわっ…

ものすごく想像がついた。



顔が歪んだ私に彩花は軽く声に出して笑った。



「ね?ポピュラーなツチノコでさえ『は?』ってなるんだから、『すとれーじ少年』なんてきっと理解出来ないよ」



そっか……理解出来ないよね。


改めて不思議な出来事なのだと自覚する。


『すとれーじ少年』ねぇ……。



「え……あ、ツチノコ見たってのはホント?」


「あー見てない見てない。例題で言ってみただけ」


「……」



ツチノコすらすぐ発見されない世の中で、なんで私は玲二と会えたんだか。



「とりあえず思うのはさ、」



彩花はまとめるように言った。



「お兄さんのことはまずは少年に一度相談してみたら?」


「まぁそのつもりではいる……かな」



一人で悩んでてもしょうがないし。


それに私が言うより、玲二の口から言った方が理一さんにとっても良いと思う。



それからは彩花と喋った。


春休みの予定とか新学期から始まる実習内容とか恋バナとか、日が長くなったのに話が絶えずにあっという間に日が暮れるまで喋った。



だけどそれも親子で混んできた頃に一度ファミレスを出ることにした。



出たその場で彩花が言った。



「このあとカラオケでも行く?」



彩花の誘いにどうしよっかなーとちょっと悩んでみる。



「せっかくだからヨシオ達とかも呼んで遊ぶ?」


「あー……人数増えるのは微妙じゃない?」


「そんなことないでしょ?ヨシオとかタツとか、たまにはゆずと遊びたいっつってたよ」


「ふーん」



特別仲良しでもないのに、なんで私と遊びたがるのか謎。



美人な空にも目をくれず、彩花は私に指を突き付けた。



「つーかお前もそろそろ次の彼氏作れっつの」


「は?」


「最後の奴が……いつだっけ?」


「さぁ……ヤス?」


「あぁいたね!そんな奴も。てことは一年半ぐらい空いてんじゃん」


「そうだね」


「あんたに彼氏できたら、お兄さんも少年とのこと変に疑って勘繰らないんじゃね?」


「なるほどねー。でも彼氏とか……そんな気分じゃないんだけどな」


「じゃあ、いつになったらその気分になんのよ。彼氏が出来ても無気力なあんたが」



いつになんのって聞かれても……。



「何?ゆず、彼氏出来たの?」



背後から聞こえた声に私も彩花も振り返った。


そこにはやっぱりと言うべきか、花束を肩に乗せている玲二がいた。



「彩花、やっほー」


「お、玲二少年!卒業おめでとう」


「ありがとう」



玲二と彩花は笑顔でハイタッチする。


……気が合うね、二人。


つーか、私の周りってなっちゃん達も含んで、こうゆうテンションの人多いのかも。



……どうでもいいけど、玲二はいつから私達の側にいたんだか。



「で、何?ゆずに彼氏出来たの?」



少なくとも、そこらへんからは話聞こえたのね。



「……玲二は後輩から追い出し会みたいなのしてもらってたんじゃないの?」


「うん。でももう解散した。ビンゴでノートもらったよ!!」



それとなく話を反らすことに成功して「そっか」と返事したのに……



「玲二少年はゆずに彼氏いるの反対?」



彩花が思い切り戻しやがった。


……コノヤロー。



「ゆずに彼氏?ゆずに彼氏……ゆずに彼氏ねー」



玲二が一人で何やら勝手にブツブツ言った。


私に彼氏が出来たのを想像しているみたいで、腕を組んでいた。



そして玲二の眉間にグッとシワが寄った。



「とりあえず、まずは俺のところに連れてきてもらうかな」


「お?玲二少年、モチでも焼けましたか?」



彩花はニヤニヤしてるけど、玲二のそのヤキモチとやらはどちらかと言えばシスコン的な何かだと思うんだけど?


玲二が更に言った。



「ゆずにふさわしい男かどうか、俺が見極める!!」



……ほらね。


……てか彼氏紹介しろとか、もはや兄貴っていうか親父のレベルだけどね。



呆れて無言になっていたら、彩花が玲二の肩を叩いた。



「よし、そんじゃあカラオケは少年追加で決定!!」


「え?カラオケ?」


「おぉ。卒業祝いに卒業ソングでも歌ってやんよ!!」



どんどん話を進める彩花と玲二を黙って見つめていたら、玲二がふと目線を上げた。


すると、その先を見て止まった。



「……玲二?」



突然、遠くを見たまま固まっている玲二に呼び掛けても、玲二は何の反応も返さない。


え……何?



彩花も不思議そうに玲二を見ていた。



だからもう一度呼び掛けようとしたら、



「ほのか」



……


は?



ポツリと呟いた玲二の言葉に、今度は私が固まった。



ほのか?



「玲二?」



もう一度呼び掛けて、ようやく玲二がハッとして、私を見下ろした。



「あ……ごめん、その……」


「玲二?一体――」



どうしたの?


聞く前に玲二が動き出した。



「ごめん!!用事できた!!カラオケはパスする」



玲二は走り出した。


「あ…あと遅くならないようにするからって兄ちゃんに言っといて!」



少し振り返ってそう叫びながら、そのまま走っていってしまった。


玲二はすぐに夕暮れの人混みの中に消えていった。



「……何あれ」



聞いても仕方ないことを思わず彩花に聞いてしまった。



「さぁ、またこないだの彼女でも見つけたんじゃないの?」


「……あの子とはだいぶ前に別れたはずだけど」


「へー、そうなの?」



それに確か名前も違ったと思う。


ほのか


って、やっぱり名前だよね……女の子の。



玲二は一体、誰を見つけたんだろう。


彩花は何故か楽しげにケケケと笑った。



「それか忘れられない初恋の人を見つけた……とか?」



玲二の……初恋?



「ゆず?」


「……え?」


「お前、なんつー顔してんの?」



……?


私が?


一体どんな顔になってるっていうんだ?

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