五話

兄貴の卒業式

5話.1 兄貴の卒業式

─五話─



仰げば


尊し


いざ、さらば



「……理一さん、隣にいるのが恥ずかしいです」


「これは……花粉症…ッッ、だ!!」


「はいはい」



理一さんはメガネをかけるどころじゃないぐらい号泣しているので、私が代わりにカメラマンに徹した。



玲二の卒業式。



私はティッシュを理一さんに渡しながら、いろどられた体育館をカメラに納めた。


玲二がどこにいるのかわからないから、テキトーに撮る。



あとは退場の時がチャンスぐらいかな。



定番の卒業ソングで周りも感動モードに包まれた。


私はどちらかと言えば号泣の人が隣にいると、冷静になっちゃうタイプ。


つまり、せっかくの卒業も感動出来ないのは、決して私が冷たい人間なんじゃなくて、隣の理一さんのせいなんだってことだけは言いたい。


玲二も二週間もすれば高校生かー……。


玲二は大人なんか子供なんか、よくわからないから……変な感じ。



出逢った頃を思えば、もう高校生なんだーって感じでも


兄貴のことを考えれば、まだ高校生かー……といったところ。



…──



「兄ちゃん!!ゆず!!」



体育館から出てしばらく待っていると、先に退場して最後のHRを終えた玲二が校舎から出てきた。


他の卒業生達もわらわらといる中庭でなんとか無事に合流出来た。



「玲二、おめでとう」



すっかりいつも通りに戻った理一さんは、玲二に用意していた小さな花束を渡した。


さっきまで号泣してたくせに、妙にクールぶってるその姿がウケる。



顔は真顔のまま耐えたけど、思わず「プッ」と小さく笑った。


理一さんに聞こえたらしく、睨まれた。



……そんな睨まなくても、玲二にチクったりしねぇっての。


何も知らない玲二はニコニコしていた。



「ゆずも来てくれるとは思わなかった!!」


「まぁ、暇だったし」



来てみたかったし。


……とは言わないけど。



学ラン玲二もこれで最後だ。



そう思うと、胸に花のコサージュと花束を持つ玲二の姿に、私もようやくしんみりした。


当の卒業生は楽しそうだけど。



「このあとはどうするんだ?」



理一さんの質問に玲二は思い出したように「あ!」と言った。



「俺このあと部活で集まる!!後輩が何かしてくれるっぽい!!」



玲二が言ったのが、なんだか懐かしい。


私も後輩から色紙とか貰ったな。



……と、でもその前に──



「玲二、理一さん。並んで、写真撮るよ」



せっかくだし、そう言ったら理一さんが「そうだな」と言って、玲二も理一さんの隣に並んだ。


1、2枚撮ったら玲二がポケットからスマホを出した。



「ゆず、ごめん!!携帯でも撮って」


「はいはい」



今日はもうカメラマンに徹するよ。


玲二のスマホでもさっきと同じような理一さんとのツーショットを撮った。



あ…ついでに私も撮っとこ。



玲二にスマホを返したあと、私のスマホを出してカメラにした……けど、その時には二人ともカメラ目線じゃ無くなって、先程撮った写真を二人で覗き合っていた。



……ま、これでもいっか。


全然カメラ目線じゃないけど、そんな玲二と理一さんを収めた。



……なんかブレた気がする。


もう一枚。



画面にタッチしたタイミングで笑っている玲二が顔を上げた。



「ゆず!!」


「へ?」


「ゆずも一緒に撮ろ!!」


「……」



素直に『うん』と言うか言わないか迷っていたら、周りにいた団体のひとつから声を掛けられた。



「おい、玲二!!」



多分、玲二の友達らしき男の子。


玲二が言ってた部活仲間なのかも。


なんとなくの予想は確信に変わった。



「……げっ」



団体の内の一人にこっちを見ている女の子に見覚えがあったから。


秋にギャーギャーいちゃもん付けてきた玲二の元カノがいる。


睨まれてるし。


そういや同じ部活って言ってたっけ……名前忘れたけど。



はっきり言って、めんどうなのはお断りだ!



卒業式も終わったし、写真も撮ったし……充分だろ。


理一の腕を取った。



「じゃあ、玲二。最後の中学校も楽しんで」


「え?」



玲二に手を振って、逃げるように理一さんを引っ張ってその場を去った。


こういうのを何だっけ……触らぬ神に何とやらってヤツ?


校門を抜けると同時に人混みからも抜けた。



息継ぎが出来たみたいにやっと息を吐いて伸び上がった。



「はぁー!!疲れた」



人混みって、それだけで体力が減る。



「ゆずるさん」



名前を呼ばれて、理一さんの腕を掴みっぱなしだったのを思い出した。


やべっ、また失神されるかも。



だけど理一さんは失神することなく、私と同じように息を吐いた。



「……助かったよ」


「はい?」


「正直、あの人混みに耐えるのも限界だった」


「……え?……あぁ、女子生徒もいたから?」


「玲二の卒業式だから、玲二には心配させたくなかったんだが……君に連れられて、正直助かった」


「あー…………どういたしまして?」



別に助けたつもりはサラサラなかったんだけど……ま、いっか。


結果オーライってことで。



どちらというわけでもなく、二人の足はなんとなく家に向かった。



「でもあの人混みが限界なら、今度入ってくる女子高生はどうするんですか?」


「……そこなんだよ」


「……お疲れ様っす」


「でも次は3年生を受け持つから、クラスに女子生徒はいない。なんとかなるだろう」



溜め息と共にそう言う理一さんと普通に会話を交わす。


学校大丈夫?と心配になりながらも、なんだかんだで私相手には慣れてきたよなーって、ちょっとだけ感動した。



ってことは女子生徒だって、同じ半年ぐらいを過ごせば案外克服出来るんでない?



「女の『不可解』はマシになりました?」


「……は?」


「いや…だって私とは割りと普通になってきましたし」


「……」


「……」


「…………慣れというのも恐ろしいものだ」


「……はいはい、マシになったんですね」


「確かに君は他の女性よりは幾分平気だが」


「どうも」


「それは君が俺に好意を寄せていないからだろうな。おそらく」


「……は?」



私は理一さんをそんな目で見ていない。


そこは合ってるからいいんだけど……─ってことは?



「理一さん……」


「なんだ?」


「他の女は全員、理一さんのことを好きになるとでも!?」


「いや……そこまで自意識過剰なことは言っていない」


「でもそういうことじゃん?」


「俺は可能性の話をしている」


「いやいや、一緒でしょ?」



理一さんって意外にナルシストだった!?


それって……そのせいでもしかして、しなくていい気疲れもしてんじゃないの?実は。



私の呆れ顔から何が言いたいのか理一さんは大体わかったみたいで顔をしかめた。



「だから皆が俺に好意を寄せてくるとは思ってないが、何をキッカケでどう変わるかなんて誰にもわからないと言っているだけだ…恋なんて」


「いや、でも」


「例えば何かをキッカケに俺が君を好きなるということも万が一に──」



隣を歩いていた理一さんは言葉の途中で止めた。


そして焦ったようにこっちを見た。



「い……今のは忘れてくれ。例えが悪かった」


「……で……ですね」


「……」


「……」



何を言ってるんだっていう理一さんの焦りが私にも微妙に伝染して、気まずい空気が流れた。



「ともかく、そういうことだ」



どういうことなのか突っ込みたい所だが、あんまり深く問い詰めるのはやめた。


これ以上、気まずい空気は嫌だし。


もうすぐでマンションに着くから、このまま話を流そう。



「……ゆずるさんは、玲二がいるしな」



……


せっかく気まずい空気を終わらそうとしたのに、理一さんが聞き捨てならないことを言った。



はあ?


今なんて?



「理一さん、何が……」


「ゆずるさんと玲二は仲が良いからな。俺に興味を向けることもないだろ?」


「え……は?……え?」



なんか微妙なニュアンスで言われた。


どういうこと?



「え……っと、仲…良いんですかねー。私と玲二って」


「別に悪くはないだろ」


「いや、まぁ……そうです……けど」



せっかくマンションが見てきたけど、やっと家に着いたという安堵も何もない。



「前にも同じことを聞いたが…」



若干挙動不審な理一さんはそう話を切り出した。



「君は玲二とは付き合っていないんだな?今も」


「はあっ!?」


「……怒鳴るな。確かにクリスマスでも聞いたが、それも3ヶ月前の話。その間に変わったって可能性もなきにしもあらずだろ」



可能性、可能性…ってうるさいな。


大きく大きく溜め息を吐いた。



「理一さん……私と玲二は、」



そんなんじゃない



と言うところでマンションに着いてしまい、理一さんはオートロックのナンバー機に鍵を差し込もうとした。


その動作が間に入ったからか、なんとなく言うタイミングを逃した。



まぁ、理一さんに玲二との関係を言っても言わなくてもどっちでもいいんだけどさ。


理一さんが疑うようなことは何もないし。



エントランスの自動ドアがようやく開いた時に理一さんは言った。



「実は言おうか言わないか……前々から迷っていたことがあって」


「何ですか?」


「先日、父と母が来た時の話なんだが……」



話がすっごく変わったなぁと思いつつ、「はい」と返事をした。



「帰りは空港まで俺が車で送った時」


「はい、覚えてます」


「家を出て、エレベーターに乗る前に忘れ物に気付いたんだ」



……ん?



「だからあのあと、俺一人が一瞬家に戻って……」



理一さんに言われたことにピンときたと同時にギクッとした。



だってあの後は、玲二と一緒にお昼寝をしていたはず。


……やば


いつものパターンで切れられる。


君は大人なんだがら、玲二の教育に良くないことはウンタラカンタラって……。



しかし思っていた話とは違う流れとなった。



「家に戻った時にゆずるさん達の会話が聞こえたんだ……『妹』」


「……え、」


「『俺の妹なんだから』」



“ゆずは俺の妹なんだから”


玲二が言ったことを理一さんが口にした。


たったそれだけで、私の中の何かがヒヤッとした。



けして秘密にしているわけじゃない。


秘密じゃないんだけど……



「ゆずるさんと玲二が付き合っていないのであれば、何なんだ?」



だけどなぜか、理一さんに追い詰められているような感覚に襲われた。



「二人は一体、何を隠している?」

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