隠れた気持ち
4話.9 コンビニ前のバースデーケーキ
「落ち着いた?」
ひとしきり泣いた後、玲二に聞かれて無言で一回頷いた。
結局さっきのコンビニの周辺に戻ってきて、ガラガラの駐車スペースに腰掛けて、私は鼻を啜っていた。
こんなコンビニの前で座り込むとか…高校生ぶりかも。
あとから買ってもらった温かいお茶を両手で包んで、泣いた余韻で溜め息を吐いた。
「……で?」
目の前に立っていた玲二が私の前でしゃがんだ。
「……え、何」
「とぼけんな。ゆずが泣くってことは、ずっと我慢してたんだろ!?何に我慢してたの?」
「……」
睨んでるのかと思うほど、真剣な顔で玲二が聞いてくる。
「玲二」
「うん」
「……一人は寂しい」
「……」
なっちゃんが正しいのはわかっている。
彩花も理一さんも止めようとしない。
つまり二人もあの家を出ていくのが正しいって思ってるってこと。
『一人が寂しい』なんて子供な感情に過ぎないのだ。
でも……
「寂しい」
「……」
「どうしたらいいんだろう」
真夜中0時すぎ。
しゃがんでいる玲二と向かい合う間……
玲二と見つめ合う中で、自分の気持ちに『あ』と思った。
人は答えを待っている間に、自分の本当の気持ちに気付くと聞いたことがある。
私の本当の気持ち。
私、引き止めて……欲しいんだ。
そう思っている。
『だから言ったのに』
『引っ越しやめなよ』
『あの家に残ってよ』
玲二の言葉を待っている。
あの家に居てもいい理由を欲しがっている。
一人は……寂しいから。
ずっと黙っていた玲二が、白い息を吐いてから言った。
「ゆずは?」
「……え?」
「母さんから言われたから出ていくの?」
「……」
「俺が反対するから仕方なく住むの?」
「……」
「ゆずは?ゆずはどうしたいの?」
今までで、多分一番の正論。
玲二に言われて、自分の子供加減に恥ずかしくなった。
私……何、期待してたんだか。
『……自分から求めないで、与えられるなんて……ズルいよ?』
夢の中の兄貴が私にそう言った。
……そうだよね、兄貴。
私の……気持ちは……。
膝を抱えて顔を埋めた。
私…玲二に出会ってから涙腺あたりがバカになったのかも。
思わず「うぅー」と涙声が出た。
「玲二ぃ……」
「……」
「一人に……なりたくないよー……」
くぐもった泣き言が最後まで玲二に届いたのかはわからない。
だけど膝を抱えて、シクシクと丸くなった。
夢の中の兄貴に言われたのだ。
─ゆずは大人だもんな
だから一人で生きていくんでしょ?
これからも……
誰もいなくても……だー…い、じょぉ、──っぶ─
嘘だ
無理だ
こわい
こわい
こわい
母さんも父さんも……兄貴もいなくなって、取り残された私はどうしたらいい?
自分の母親を笑顔で悪口が言える彩花。
鍋を囲む温かい食卓。
羨ましい。
こわい
一人にしないで
「だから、いい加減怒るよ」
顔を覆っていた腕を引っ張られて、バランスを崩した。
だけどそれは玲二に受け止められる形で抱き締められた。
「何回言ったらわかるの?」
「……れい─」
「一人にしない。頑張って俺が守るよ」
その手は暖かかった。
「たとえゆずが一人暮らし始めても、それでも妹だと……思ってる」
「……」
「それでも家族だって気持ちは変わらない。ゆずを守りたいよ……それじゃあダメ?」
汚い地面に膝を着いてしまっても、そんなこと気にならなかった。
玲二が熱い。
「だからゆずが決めたことに誰も文句言わないよ。俺が言わせない」
「……う…ん」
「だからゆずがしたいようにしていい」
「……反対って口出したくせに」
「それはそれ。これはこれ。俺の気持ちは俺の問題。」
玲二の軽い笑いでさえ、静まっている深夜に響いた。
「せめてゆずが二十歳まで居てくれたら、お兄ちゃん的にもスッキリなんだけどなー」
「二十歳って……もう一年も?」
「だめ?」
抱き締めたまま、覗き込もうとするから、玲二の鼻が私の顔に触れた。
「夢の中で泣いていた女の子を……守らせてよ」
「……れいじ」
「今度こそ……一人に、しないから」
「れい…じ」
とってもとっても近い距離のまま、玲二と目が合った。
その目の奥は、潤んで揺らいでいる。
コンビニの光を頼りに照らされている玲二の顔はなんだか赤い。
「……玲二、え」
「ゆず……俺…」
「玲二?」
「……なんだ…か…」
そのまま玲二は覆い被さるようにして、私と倒れ込んだ。
……え?
何この状況。
……えぇ?
押し倒された?
コンビニ前で?
「……玲二?」
「……」
「玲二…」
ゼェゼェ聞こえる呼吸の荒らさに気付いた。
「玲二の体、アツ!!!!」
嘘だろ?
熱!?
今っ!?
「玲二っ!?」
「……ん」
「しっかりしろ!!」
「……」
玲二に下敷きになって、なんとか抜けようとしても重い。
つーか、何この熱。
どおりで玲二の体熱いと思った。
ていうか、どうしたらいいんだ!!くそっ!!
ない頭でムチャクチャ考えて、出た答えは巨大な雷を覚悟しなくてはいけないモノとなった。
「り…理一さん、すみません……実は──」
スマホの電話越しで、まずは一発目の雷を落とされた。
◇◇◇◇
「こんな冬の夜に風呂上がりで体が冷えるなんて考えなくともわかるだろう!!少なくとも玲二は同じ年齢の子と比べて、より一層体調に気を付けなくてはいけないんだ!!それも少し考えたらわかることだろう!!わからないのか!?それとも手術が成功したから無敵な体を手に入れたとでも思っているのか!?手術はロボット改造みたいにバージョンアップ出来る何かと勘違いしてるのか!?何か言ってみろ!!!!」
……朝から超絶に怒られています、はい。
玲二の熱は夜が明けても下がらず、今も自分の部屋でしんどそうに寝てる。
さっき様子を見た時は、息切れに似た寝息だった。
一方、ただいまリビングは大荒れです。
理一お兄様、完全に怒ってます。
マジ切れです。
……さすがに怖い。
「そもそも君の中途半端な家出のようなよくわからない行動がこのような結果を招いたという自覚はあるのか!?だいたい俺は別にいいと言ったのに聞こえてなかったのか!?君には聞こえないのか!?君の浅はかなそうした行動が、今後も玲二の命に関わるのであれば本気で許すことなんて出来ないからな!!」
一体どこから、そこまでの言葉のバリエーションが出てくるんだ。
でも私だって玲二が熱を出したことに責任を感じているから、黙って俯いて、説教の言葉を全部受けた。
全部理解しているのかは、別として。
「このことが万が一、玲二に何か──」
え……まだ怒るの?
あ……いや……怒られますとも。
今回は私が悪い。
「まぁまぁ、リイくん。ゆずポンだってわざと玲二に熱出させようなんて、思ってなかったんだしさ?」
玲二の部屋から出てきたセイくんが、やんわりと私と理一さんの間に入ってくれた。
微妙に気になるネーミングが聞こえた気もするけど、須藤家の言動はスルーが鉄則である。
「気にすることないからね、ゆずポン。今回のはレイくんも多分、受験の疲れが今になって一気に出てきたようなもんなんだから」
私の味方になろうとしているセイくんには悪いけど……名前の呼ばれ方がやっぱ微妙に気になるんスけど。
あと微妙にムカつく。
「ほら、リイくん。そろそろ学校に行かないといけないんじゃないの?」
セイくんの言葉に理一さんはムスッとしたまま、支度を始めた。
あー、ホント…申し訳ない。
「
理一さんに名前を呼ばれてビビった。
「……はい」
「玲二がもし歩けそうだったら父さんか母さんに車出してもらって病院連れていってあげて」
「え……あ、はい」
「病院が無理そうだったら、食後に解熱剤飲ませてやって。いつものところにあるから」
「あぁ……はい」
「食欲なさそうでも、一口でも食べさせて──」
「……理一さん、遅刻しますよ」
心配性のブラコンは大変だな。
「じゃあ弦さん、任せましたから」
理一さんは少し急いだ様子で出ていった。
そんなギリギリならギリギリまで説教しなくてもよかったのに…。
出ていった理一さんを目線だけで見送ると、隣にいたセイくんは何故かニコニコと笑っていた。
「……なんでしょう?」
「んー?いやー、仲良しだなーって」
はあ?
セイくんの発言に、声が出ないほど口があんぐりと開き、目は見開いた。
「……セイくん。目、おかしいよ」
「え?なんで!?」
「今のどこが仲が良いって見えたんだか……」
「うーん……でもリイくんがあんな安易に感情を出しきるって、そうそうしないことだし。それに僕やなっちゃんがいるけど、レイくんのことは、ゆずポンを頼りにしたのが伝わったよ?」
「……そうですか?」
「うん」
フワフワと笑うセイくんは、玲二とは違う感じで力が抜ける。
頼られて……るのかな?
わからない。
そこからセイくんは、玲二の部屋へ向かったから私もそれに続いた。
玲二の部屋にはなっちゃんが既にいて、玲二の傍で看病していた。
「レイくんの様子どう?」
「熱が下がらないけど、ぐっすり寝てるから。すぐ良くなるわよ」
なっちゃんはセイくんに向かって笑いかけた。
眠っている玲二を優しく見下ろす夫婦の光景に、胸が痛くなって、頭を下げた。
「本当に……ごめんなさい」
「えっ!?あ、やーねー!!!!玲二が勝手にはしゃいだ知恵熱と、気の緩みみたいなもんなんだから!!ゆずちゃんは気にしなくていいわよ!!」
なっちゃんは変わらず陽気な感じで、私にも笑いかけてくれた。
セイくんも穏やかに笑っている。
「そうそう、気にしない気にしない。それにレイくんはもう受験も終わったんだから。たまにはゆっくり休んでもいいじゃない。頑張ったんだから」
「そうそう。それに頑張ったのは受験だけじゃなくて……」
若々しく笑っていたなっちゃんが急に母親の顔になって微笑んだ。
「この子は手術も頑張った。風邪を引いたって……生きててくれてたら、それで充分なのよ」
ベッドに腰掛けたなっちゃんが眠っている玲二の髪をサラリと撫でた。
生きててくれてたら……充分……か。
大人の表情のなっちゃんだったけど、次の瞬間にはいつもの気さくな雰囲気に戻っていた。
「だから今日は一緒に部屋探しに行けないけど……ごめんね!!」
「あ……と、そのこと……なんですが……」
私が喋ったことでなっちゃんもセイくんも私を見る。
当たり前なんだけど、一気に視線が集まったら…なんかビビる。
自分を落ち着かせるために、深呼吸をした。
『ゆずは?ゆずはどうしたいの?』
昨日の玲二の言葉を頭の中で呟いてから、二人を見た。
「私は……出来たら、もう少し……ここで住みたいです」
不正解かもしれない結論。
でも私の気持ち。
玲二に強引に誘われてココに来て、お金もなくて仕方なく住んでいた。
でもそんなんじゃなくて、私は自分の意思で、ココに住みたいと願う。
理由は……わからない。
でもそれは多分……
「あったかいんです……この家」
叫んだり、怒鳴ったり、笑ったり、泣いたり……。
ずっと単調だった私の感情が息を吹き返す。
あったかい。
「だから……住みたいです」
なっちゃんもセイくんも黙って私を見ていた。
よくわからない静かな空気に耐えられないけど、自分から何か言う勇気もない。
だから寝ている玲二の顔をただ見つめて、時間を稼いだ。
「最初にも言ったと思うけど」
腕を組んだなっちゃんが最初にこの沈黙を破った。
「ここが良いって言ってくれるのは嬉しいけど、ゆずちゃんが住み続けることはゆずちゃんのためにはならないでしょ?」
「……」
なっちゃんが正論すぎて、何も言えない。
屁理屈を言い返す知恵もない。
こんな時に、玲二が言っていた『理一さんはなっちゃん似』という…どうでもいいことは思い出せた。
「ゆずポンは……一人暮らししたくないってこと?」
セイくんの優しい声色にようやく喋れた。
「……一人暮らしがしたくないというか、」
自分の腕をさすり、自分の気持ちを確かめるようにゆっくりと喋った。
「玲二達と一緒にいたいです」
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