カウントダウン
4話.7 須藤家の中で一人
「平和的に多数決で決めた方が早い」
鍋のシメは
うどんvs雑炊
その対決の行方は冷静な鍋奉行・理一さんの提案で終結を迎えようとしていた。
……ていうか、どっちでもいいんだけど。
私はキッチンで白菜をザックリと切りながら、白熱のリビングを眺めていた。
確実に炎を背負っているのは、なっちゃんだ。
「じゃあうどんの人!!」
なっちゃんの質問に玲二が手を挙げた。
うどんは一人
──と思ったら、玲二をチラッとだけ見た理一さんもうどんに手を挙げた。
さすがお兄ちゃん。
いつでも玲二の味方だね。
ニンジンをイチョウに切っていく間も、須藤家の話し合いは続く。
「じゃあ雑炊!!はい!!」
なっちゃんがすぐに手を挙げて、セイくんもご機嫌な様子で手を挙げた。
2:2
解決しなかった。
原因はブラコンの人が不平等な判断をしたためだろう。
「久々に帰ってきた両親をおもてなししてもらえませんか?」
セイくんの意見に、なっちゃんが「そうだ!そうだ!」と乗っかる。
「御飯は明日の朝食に使いましょう。余ったうどんを早く使いたい」
理一さんも負けずに理論的意見する。
……薄々思ってたけど、仲良し家族だね。
この家で、やっぱり私だけが浮いてる。
エノキを洗いながら、ぼんやりと眺めていた。
私のポジション、何?
せいぜい家政婦?
「ゆず、なんか手伝おうか?」
気が付けば玲二は話し合いから離脱したらしく、私の側まで来ていた。
「……じゃあ大根おろしてくれる?」
「いいよ!!」
腕まくりをして玲二は手を洗った。
なんかホッとした。
玲二もキッチンに来たことで、私の浮いてる感はなくなった気がする。
「ゆずは?」
「は?」
「ゆずはうどん派?雑炊派?」
「……別にどっちでも」
「それ無し!!ゆずも一緒に食べんだろ?」
……玲二の隣にいる時は、居心地の悪さを感じない。
笑顔の玲二の隣にいれば、私も当たり前に家族である気になれる。
水に
「……私はうどんかな?」
玲二がすぐ叫んだ。
「ゆずはうどん!!!!3対2でうどんに決定っ!!!!」
え…もしかして私のも票に入ったの?
その声はすぐにリビングに届き、須藤家夫婦がそれぞれになんか叫んでいた。
玲二は鼻歌交じりに大根をおろしていく。
どっちでもいいとは思ってたけど、微妙にしてやられた感がした。
ムカつくような暖かいような、わからない感情でグルグルしたまま、ネギを刻んでいった。
「でもゆずちゃんがうどんって言ってるなら諦めようか、なっちゃん」
「そうだね、セイくん」
そんな会話が聞こえてくると、なんだか申し訳ない気持ちになるけど、ちょっとだけ笑えた。
可愛い夫婦だ。
「ゆずるさん、鍋に火点けるよ」
理一さんの声に「あ、お願いします」と返事をした。
その会話で一気に準備モードになった。
なっちゃんもセイくんもお皿とかお箸とか用意してくれて、お鍋モードも整う。
あ……今、ものすごく……日本の食卓って感じだ。
胸の奥がくすぐったくなった。
すぐ傍で冷蔵庫を開けたセイくんがその開きから顔を出した。
「ゆずちゃん。柚子ポンは?ないよ」
「あ……野菜入れに、」
「ぷっ」
「へ?」
急に笑ったかと思えば、セイくんはニコニコとしながら私の頭を軽く撫でた。
「ゆずポンゆずポン♪」
「…………喧嘩なら買いますけど」
「お父さん!!冷蔵庫開けたついでにビールも持ってきて!!」
「……母さん、横着せず自分で取りに行ってください」
「ゆず!!大根おろし終わった!!」
バタバタと騒がしい。
だけど私は思ったんだ。
楽しい
胸の奥で、引っ掻き傷みたいな痛みを覚えた。
…ー
空っぽになった鍋をキッチンまで運んだ後、しみじみとしながら洗い物を始めた。
5人って多い。
いつもよりも多い食器を洗って、それをより実感する。
「ゆずるさん、片付けは俺がするから……もういい」
理一さんが1mの距離を開けながら、そう声を掛けてきた。
言葉だけ受けとるなら優しいんだけどね……相変わらず距離遠いな。
だから洗い物を続けた。
「いいっすよ、別に。なっちゃん達と部屋で寛いでてください」
私の言葉に何故か顔をしかめた理一さんは、ぎこちなく洗い場まで来て、私の隣に並んだ。
今度は私が顔をしかめた。
一体この人は何がしたいんだ。
「君は準備してくれたんだ。片付けは俺がする」
視線も合わせず、ぶっきらぼうにそう言われた。
そして泡立つスポンジを奪われ「あ…」となったが、理一さんはさっさと食器を洗い出した。
よくわからない人だ。
代わってもらったからって、何も言わずにキッチンも立ち去りづらくて、理一さんを隣で見守る形になってしまった。
「……あれですね、須藤家族は皆仲良しですね」
「……」
水が流れる音が、ただ続く。
「……」
「……」
「……玲二達は部屋に戻ったんですかね」
虚しい一人言みたいな私の呟きに理一さんがようやく私をちょっと見た。
「母さんは部屋で仕事かなんかの電話。玲二と父さん二人でお風呂入ってる」
一緒にお風呂て……
やっぱ仲良しじゃん。
理一さんは洗剤で浸していた土鍋に手を掛けた。
「鍋する時はいつもあんな感じですか?私、鍋とかあんましたことなかったけど楽しかったです」
「うちだって、そんなにしたことない」
理一さんの返答に首を傾げて、顔を見た。
「……したことないんですか?」
「あるけど、数えるぐらいだ。家族が揃うことも少ないから。両親はあんなんだし、玲二だって去年までは入退院の繰り返しだったしな」
「……あー」
そうなんだ。
そうだよね。
まだ洗い終わっていないけど、理一さんが蛇口を一度閉めた。
「ゆずるさんに……ドナー家族に言うのは、不謹慎とはわかっているのが……」
「はい?」
「君のお兄さんのおかげで、玲二と今日みたいな日を家族で過ごせた」
「……はい」
「ありがとう」
「……それはドナー登録をちゃんとしていた兄貴に言ってください」
真面目な顔をしてお礼を言ってくる理一さんに、今度は私が少し視線を反らした。
そっか。
こうやってリレーされた命は誰かの幸せへと続いていくんだ。
法律なのか何なのか、なんでそう決まっているのか私は知らないけれど、
確かに……ドナー家族と受取人が交わることは、避けるべきなんだって、今さら思った。
だって幸せを目の当たりにして、私は孤独を感じてしまったのだから。
とりあえず今日の食卓を見て、決めたことを理一さんに言おうと思った。
「あの……理一さん」
「なんだ?」
「私、今日はどっか他んトコに泊まります」
「…………どういうことだ?」
「セイくんも帰ってきて、狭いじゃないですか」
「最初の時にも言ったが、部屋は余ってる。君が気兼ねする必要はない」
「でもたまには家族水入らずってのもいいんじゃないですか?滅多に会えないんですよね?せっかく帰ってきたのに」
「……俺は別に」
「理一さんが良くても、玲二がいます。それになっちゃんも本当はもっと二人と喋りたがってる感じでしたし」
「……」
セイくんも帰ってきて、須藤家が揃った時から、自分が浮いてるのは感じてたから、こうすることが一番自然だって思う。
「だから今週までは、友達ん家にでも泊まってきます」
「……」
2日3日ぐらいなら、彩花の家に泊めさせてもらお。
そうと決まれば早く必要な分だけの荷物を持って、彩花に電話してみよう。
キッチンから一歩出てから、理一さんに向かって振り返った。
「あ……玲二には理一さんから説明しといてください」
またごちゃごちゃ言われたら、ややこしいし。
玲二がお風呂上がる前に出てしまおう。
「……気遣いはいらないと言っているのに」
理一さんは呆れたような溜め息を吐く。
私はそんな態度をとられる意味わからず、首を傾げた。
「理一さんには、ちょうどいいじゃん?」
「何が言いたい?」
「苦手な……嫌いな私が出ていくんで」
「……」
「それにもうすぐ引っ越しもするんで。あと少しガマンしてください」
さ……早く泊まりの準備を──
「今日、父さんが帰ってくることはわからなかった」
突然の理一さんの発言に足が止まった。
……は?
もしかしなくても私に喋ってる?
……まぁ、他に誰もいないし。
何?
私は黙って、ただ理一さんを見た。
「家族全員揃う予定はなかったし、揃ったところで鍋をするとも限らない」
「……はぁ…だから?」
「鍋を作ってくれたのは君だろ」
多分、私……きょとんとしてると思う。
理一さんが何を言いたいのか、わからない。
「ゆずるさんがいなかったら、家族で鍋も出来なかったよ」
「……え」
「君のおかげだ」
結局最初の1mの距離だけ離れているが、メガネ越しの瞳がゆれることなく、私を見た。
「先日、バレンタインで言い損ねたが……」
「えっと……?」
「君が俺を嫌っていないように、俺もゆずるさんのこと…………嫌いではない」
玲二以外のことで、初めて目を見て話された気がする。
「それは……どうも…です」
「……」
「……」
それ以上の言葉は理一さんから出ることはなく、会話は終了した。
理一さんは私から目を離して、黙って洗い物の続きをした。
……嫌われてなかった……んだ。
別にだから?と言ってしまいかたったけど、なんかホッとした。
やっぱり誰かに嫌われるか、嫌われてないかってなれば、誰でも嫌われてない方がいい。
だから少し明るい気持ちで部屋に入った。
部屋に戻って、財布とスマホと……あとは特にいーや。
結局大した準備をすることもなく、専門学校に持っていく用で、そのままにしてあったいつものバッグを持って部屋を出た。
廊下を出て向かいの部屋で話し声がする。
なっちゃんが電話している。
さらに進んで扉が閉まっている洗面所から、反響する笑い声がする。
玲二とセイくんがいる。
玄関に辿り着いた私はブーツを履いた。
少し高くなった視界で廊下を振り返って、家の中を見渡した。
生活の匂いがする。
誰かがいる音がする。
優しい温度がある。
ふと、夢の孤独が胸を過った。
『だから一人で生きていくんでしょ?』
『これからも……』
私は振り切るように、思考をシャットダウンさせて、家を出た。
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