反対

4話.6 反対


◇◇◇◇


「反対」



玲二から即答された。



………………予想していたような、してなかったような。



いつもニコニコと目尻を下げる玲二の目も、今は鋭く細めている。



とりあえず、ちょっと時間を戻して説明する。




…ー


夕食時、当然話題に出たわけだけど……



「母さんとゆず、今日はどっか出掛けたの?」



玲二もこの時はまだ楽しそうな雰囲気で笑っていた。



「午前中はゆずちゃんの部屋探しに行って、午後からは買い物してた。もう女の子の服とか一緒に見るの初めてだったから楽しかった!!なのにゆずちゃん、全然買わせてくれないの!!水臭くない!?」


「……え?」


「一着ぐらいいいわよね!!あー、やっぱり女の子の一人ぐらい欲しかったかも。ゆずちゃん、やっぱ私とニューヨークに帰ろう!!」


「今何て?」


「やぁね!!ニューヨーク連れて帰るとかは冗談に決まってるじゃない!!当たり前でしょ?それとも今から頑張れば妹も夢じゃない!?」


「そこじゃなくて……母さん、最初のとこ。何て言った?」


「…………何言ったっけ?」



なっちゃんのマシンガントークに本人も何を喋っていたのか思い出せないようだ。


でも私は玲二が何を聞き返したかったのかわかった。


だから玲二に言った。



「玲二、私そろそろ引っ越そうかと思って」



今度は聞き返すことなく玲二は私に向かってただ瞬きを繰り返した。



ご飯をよそおって戻ってきた理一さんが、私をジッと見たあと椅子に座った。



「部屋を探すというのは気を付けなければならない条件がたくさんある。慎重にならないといけないと同時にタイミングも必要となってくるだろう。しかしその点、母さんと一緒に見に行くことは正しいと思う」



なっちゃんと行くのが正しい?


理一さんは食事を続けながら、話も続けた。



「母さんなら気になる点はどんどんツッコむし、口も達者だから、もしかしたらサービス追加にもこじつけてくれるかもしれない。何より行動力があるからな」



あぁ、なんだか納得。



なっちゃんは頬に手を当てて照れている。



「そんな褒めて何も出ないわよ!!」



理一さんは慣れているのか、なっちゃんの過剰反応もスルーだ。


やはり須藤家にいるにはスルーは必須リアクションか。


理一さんはなっちゃんに聞いた。



「──ということは明日も部屋見に行くんですか?」


「うん、ゆずちゃんさえ良かったらだけど」


「え……いや、私のセリフだし。なっちゃんさえ良かったら一緒に部屋選んでくれたら嬉しい。私、わかんないことも多いし」


「もう!!聞いた!?ねぇ、お兄ちゃん!!ゆずちゃん可愛い!!」


「母さん、落ち着いてください」



しばらく三人で喋ってたからすぐに気付かなかったけど、玲二はずっと黙っていた。



夕食も食べ終わり部屋でまったりとメールをしていたら、ドアがノックされた。



開けると玲二が立っていた。



「……れい──」



名前を呼び切る前に玲二が部屋に入ってきた。



玲二が後ろでドアを閉める。


そして冒頭に戻る。



「反対」



何に反対かなんて言わないでもわかる。



とりあえず玲二に座布団を寄越し、私もクッションを抱えて座った。



「玲二、これは最初から言ってたことじゃん。準備出来たら出ていくって」


「それにしてもいきなり過ぎない?今までそんな感じじゃなかったのに」



座布団の上で胡座をかき、玲二は自分の足首を握り、前のめりになった。



「やっと慣れてきたところで行かなくてもいいじゃん!!」


「前々から早く新しいところ探さないとなーとは思ってたんだよ?でもほら、私の性格で最初の一歩が遅いっつーか……でもなっちゃんのおかげでキッカケもらえたから、そう思ったらサッサと決めちゃいたいよね」


「意味わかんない!!俺反対!!」


「反対って……現実の話、一生ここに住むとか無理じゃん?だから今のうちに──」


「理由とか関係ない!!俺がなんか嫌だ!!反対!!」



理屈とかなく、ただ自分の気持ちに正直。


昼間になっちゃんと喋っていたせいか、玲二をより子供に感じる。



溜め息をついてみせた。



「兄貴はそこまで束縛しないよ」



私の言葉に玲二は眉をピクリと動かした。



やっぱり『兄貴』というワードに玲二は弱いみたいだ。



私は玲二をなだめるように顔を覗き込んだ。



「一生の別れじゃないんだし」


「……」


「でしょ?」


「……」



誰が見ても納得した風には見えない玲二だけど、言い返すことは出来ないらしい。



玲二は溜め息ついて項垂れた。



「……確かに満さんなら、もっと柔軟な考え方……するかも」


「変人だったけどね」


「『そこは天才って言えよ』」



少し笑って玲二が兄貴の口振りを真似るから、私も笑った。



玲二は私の頭に手を伸ばした。



「だよなー……ゆずも大人だもんなー」




『ゆずは大人だもんな』


『……だー…い、じょぉ、──っぶ』




急に



昨夜の悪夢を思い出した。



「……ゆず?」



玲二の声にハッとなる。


夢のせいで妙に冷えた気持ちを落ち着かせた。



「……なんでもない。ボーッとしただけ」


「ゆず、それ多いね」



クスクス笑う玲二に曖昧に笑った。



「で、玲二」


「ん?」


「私が引っ越すことに賛成してくれた?」


「……反対」


「おい」



玲二って、案外ワガママだ。



◇◇◇◇



次の日の朝もなっちゃんと部屋を見て回ったけど、すぐには決められなかった。


2月は新年度に向けての入れ替わりラッシュで、情報が多いのだ。


午後からは私も学校に行ったので、時間が少なかったし。


でもなっちゃんは今週までいてくれるみたいだから……それまでに目星ぐらいは付けたい。



「今週中までってのはキツいんじゃない?」



実習終わりの教室を掃除しながら、なっちゃんのことを彩花に話した。



彩花はホウキの柄の先に顎を乗せて、そう言った。



私はホウキを持ってるだけで、掃除らしいことはせずに机に腰掛けた。



「確かに急な話だけど、お金はなんとかするし……それにタイミングも大事だって理一さんも言ってた」


「まぁ……ゆずの性格から考えて、さっさと決めるのは悪くはないけど」


「でも…実感ないのは確か。私、ホントに一人暮らし出来るのかなーって感じ」


「案外大丈夫だよ。何より楽チンだし」


「彩花はしっかりしてるからだよ」



一人暮らしの先輩・彩花は私の引っ越しに特に心配はしてないらしい。


やっぱり玲二が大げさなんだ。



「ところで私は『なっちゃん』に興味ある!!楽しそう!!私も会ってみたい」


「あー…うん、二人気ぃ合うと思うよ。ノリも似てるし」


「私も若くて面白いお母さんが欲しい!!」


「彩花のお母さんってどんなん?」


「アハハ!!ババアだよババア!!」



楽しそうにケラケラ笑う彩花を見て、なんか羨ましくて私も笑った。



大丈夫。


大丈夫。



笑いながら心の中で何度も呟いてみせた。



大丈夫。


大丈夫。



◇◇◇◇



「多分、大丈夫じゃないと思うんだよねーゆずは」


「……」


「ゆずは出来るくせにやらないってこともあるじゃん?めんどくさがりで。そのうち掃除とかご飯とかもそうなるって……」


「……」



スーパーで白菜とにらめっこしながら玲二が隣でずっと何か言ってる。


洗脳?


洗脳の作戦?



無視して夕御飯の買い物をしようにも気が散る。



「引っ越ししてもお金の無駄だと思うなー」


「……」


「うーん、ゆずは引っ越さなくて大丈夫なような気がしてきたよ。ねー」


「……うざ」


「……!?」


「玲二、うざ」



玲二は眉を下げてアワアワと震えた。



「お兄ちゃんに『うざ』とか言ったらダメ!!」


「黙れクソ兄貴」


「どうしよう!!ゆずが反抗期!!」



オロオロする玲二を無視してレジに向かった。



過保護すぎる。



会計を済ませて、買ったものを袋に詰めていたら、玲二がションボリと肩を落として私の顔を眺めた。



「……ゆず怒った?」


「……」


「怒った?」


「…………怒ってないよ」



子犬みたいに見つめられたら、こっちが折れるしかない。



そうすると玲二の顔がパッと明るくなる。


可愛いな。


まるで尻尾を振ってるのが見える。



「じゃあ引っ越しやめ──」


「ないからね」



危ねー。


こいつの笑顔に惑わされんな。



呆れながら詰め終えた袋を持つと、玲二が手を重ねてきた。



「持つよ。これぐらいなら俺にも出来る」


袋を奪われたけど、空いた手は握られたまま。



「……玲二?なんで手を繋いでんの?」


「反抗期の妹とのコミュニケーションは大事だろ?」



玲二は楽しそうに繋いだ手をブランコみたいに振った。


やっぱ犬に見える。



てか普通、こんなことしたら反抗期の妹は逆に逃げてくっての。



でもまぁいいやと思って、繋いだままスーパーを出た。



「うー…寒ー」


「寒い……」



繋いだ手もかじかむ。



「今夜は鍋だねー」



玲二がなんかオッサンみたい雰囲気で少し笑ってしまった。



繋いだ手を私も振った。



「鍋で決まりだね」


「だなー」


「最後は雑炊がいいね」



最後の会話は私でも玲二でもない声が参加してきた。


振り返ると雑炊を主張したのは知らないオジ様。


……誰?


なんで参加してきた?



隣にいた玲二は「えっ!?」と声を上げた。



「父さん!?」



……


……なんですと?



物腰柔らかそうなオジ様、もとい玲二のお父さんが小さいスーツケースを転がして、ニッコリと微笑んだ。



「ただいまー、レイくん」



よく見たら顔立ちはメガネを外した理一さん。


でも雰囲気は玲二と共通する何かがある。



「父さん……あれ?仕事は……」


「あはは、もう知らない」



なんか無邪気に無責任なこと言ってますけど?


これが……玲二の……



ボーッと眺めていたら、オジ様がこっちを見た。



「はじめまして」


「あ……はじめまして」



オジ様は微笑んだまま、首を少しだけ傾げた。



「レイくんの彼女ですか?」


「……え?」



ハッ





繋いだままだった。



「これは……違いま──」



手を外そうとするのに、玲二はなかなか離そうとしなかった。



「父さん、この子がゆずだよ」


「ん?」



オジ様は瞬きを少ししてから「あぁ……」と頷いた。



「これは失礼。可愛らしい方だったんで」


「……いえ」


「てっきり女性かと──」


「女性で合ってます」



いや、『ゆずる』って名前がいけないのか?



玲二が笑った。



「しょうがないよね。ゆずの体型は」


「そっち?」



須藤家・男は全員、失礼か!!!!



「ゆずるさん、リイくんから連絡もらって話には聞いてます。須藤正也すどう せいやです。どうぞよろしく」



ジェントルマン的な正也さんは笑顔で挨拶してくれた。



「こ……こんにちは」


「良かったら『セイくん』って呼んでね」



ニコニコと笑うセイくんを見て思った……なっちゃんと同じクダリなわけね。


さすが夫婦?



……もしかしてこれで須藤家揃っちゃった?



もしかしなくても私の立ち位置、ますます微妙じゃね?



「父さん、ちなみにシメはうどんのつもりなんだけど?」


「ダメ、反対!!雑炊にして!!」



私の微妙な心境も余所に、似た者親子は鍋のシメについての言い合いをした。

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