おとなつ
4話.5 おとなつ
◇◇◇◇
「どう!?オートロック付きだし、広さも充分で素敵じゃない?お風呂が少し小さいけど」
「私にはちょっと、家賃が」
「住んじゃえば払わないといけなくなるから、案外稼げるようになるって!!ちなみにどんぐらいの家賃考えてるの?」
夏さんはグイグイと話を進める。
一緒に見学案内に来ている不動産の人よりもオススメしてくれる。
「いかがなさいますか?こちら、契約が今も空いているのは珍しいですよ」
「うーん……とりあえずもう一件!!」
そして私よりも張り切っている。
午前中はともかくあらゆるマンションやアパートを巡った。
朝からこんなに歩いたのは久々。
お昼頃には疲れた体は空腹となって現れた。
でもそれは夏さんも一緒だったようだ。
「あーお腹空いたー!!なんか美味しいもの食べに行こうか!!お兄ちゃん達には内緒だよ?」
まるでイタズラを思い付いた少女のような笑顔で、夏さんは全然年齢を感じさせない。
……というか、なんでそんな風に私に話し掛けられるのか不思議。
夏さんは私のこと……良く思ってないんじゃないの?
同居反対してるわけだし。
「ちょっと遠いけど美味しい洋食屋さんがあるんだ!!そこでもいい?なっちゃんが奢ってあげましょう」
夏さんは私の手を引く。
私の同居に反対なのに、驚くほどフレンドリー。
……一体、何が目的なのって考えてしまう。
「あ…あの、夏さん」
「NO!」
「……は?」
「なっちゃん!!リピートアフターミー!!セイ!!なっちゃん!!」
「……なっちゃん」
「Good!!very good!!」
「……」
「ワンモア!!アゲイン!!」
「……なっちゃん」
「The best feeling now!!!!」
発音良すぎて、よくわかんないけど……テンション高ぇ!!
フレンドリーすぎるっ!
呆然とする私もお構い無しに夏さんはご機嫌に私を連れていく。
性格は玲二とも理一さんとも微妙に違うみたい。
夏さんイチオシらしいお店に着いて、オムライスを目の前に、パスタをいただく夏さんにようやく聞こうと思った。
「あの……夏さ──」
「は?」
美人の睨みは破壊力がある。
少しビビった。
「……なっちゃん」
夏さん……もとい、なっちゃんはニッコリと微笑んで頷いた。
「聞いてもいいですか?」
「もう敬語もいいのにー!!まぁいいや!!で、何が聞きたいの?お兄ちゃんの可愛い時代の話?それとも玲二の深イイ話?それとも私とお父さんとの馴れ初めでも聞く?」
……地味にどれも興味ある。
「その話はあとで聞きます」
「嘘!?聞いてくれるの!!やったぁ!!今夜は寝かせねぇぞコラ!!」
まるで修学旅行のテンション。
ニコニコ笑うなっちゃんが何歳かは知らないけど……若すぎる。
私よりハツラツしてる。
何より気さくに話し掛けてくれる。
押し付けとかより、楽しい感じ。
今日の朝、初めて会った二人なのに普通に気まずくない空気を作ってくれる。
だからますます不思議だった。
「あの……なんで反対なんですか?」
「え?」
「私に……あの家に住んでほしくないんですよね?」
「そうよ!!当たり前じゃない!!」
当たり前なんだ……。
ちょっとショック。
「私のこと……嫌……なんですか?」
「え?」
「まぁ確かにどこの奴だかわからないような女が勝手に居候してしまって……気分悪かったですよね?」
「えぇっ!?」
「ごめんなさい」
「ちょ……ちょちょ、ちょっと待って!!ゆずちゃん!!」
なっちゃんがフォークを置いて、手のひらを私に向けて『ストップポーズ』をとる。
「私は別にゆずちゃんに嫌がらせをしたくて追い出そうとしてるわけじゃないのよ?」
「……え?でも反対なんですよね?」
「反対は反対だけど、それはゆずちゃんを守るためじゃない」
「……何から?」
「あんな野獣の牙が抜けたような息子達だけど、二人とも男の子じゃない。ゆずちゃん、それは一緒に住んじゃダメよ」
え?
……えぇ?
今さら過ぎて、反応が出来ない。
「あの……今までだって別にそんな大したキケンというか……心配はなかったですよ?」
「そりゃあ勝手にそんなことしちゃうような子達じゃないわよ?それぐらいの常識と礼儀、身に付けるように賢く育てました!!」
なっちゃんはエヘンと胸を張った。
どんなに若く見えても、そこにはちゃんと母親としてのプライドが見えた。
「でもそれとは話は別よ?」
「別……ですか?」
「ゆずちゃんの家庭の事情ってのを無理に聞くつもりはないけど」
「……」
「でもどんな理由があろうと、人様の娘さんをそんな環境に無責任に放っておくわけにはいかないでしょ」
なっちゃんは再びパスタを口に運ぶ。
私もようやくスプーンを握った。
「あの……親のことなら気にしないでください」
「ん?なんで?」
「私、両親も兄弟も死んじゃって……今はいないので」
「……」
「だから心配する人もいないし、同居を責める人なんか誰も……」
「バカね」
「……バッッ!?」
バカって言われた!?
「いるとかいないとかの話じゃなくて」
「えっと?」
「ご両親がいらっしゃらないのなら、余計に自分の身は自分で守らないといけないじゃない!!」
「……守る?」
「自分を大切にするってこと」
「別に投げやりとかにはなってませんけど…」
「体もだし、心も。あと周りからの評価も……何より未来」
「未来……ですか?」
「これから働き出して、結婚して子供も生まれて家族が出来て……ね?あそこに同居することでチャンスもなくなっちゃいそうじゃない?」
「……どうなんでしょう」
同居してようがしてまいが、あんまり関係ないように思うのは私がまだ子供だから?
「大人になっていくゆずちゃんを見届けられなかった両親のためにも……自分で幸せ作っていかなきゃダメよ?」
「……」
「私も一緒に住んでたらいくらでもフォローしてあげれるけど……ごめんなさいね」
なっちゃんはちょっと控え目に笑った。
「だからこのぐらいことしか出来ないけど…」
「……はい」
「でもそれでもうちの息子達と、仲良くしてあげてね?」
「……え?」
「私が帰ったあとも、引っ越したあとでも……仲良くしてくれたら嬉しいな」
私がその言葉をボーッと聞いていたら、「早く食べちゃいな。冷めるよ」とオムライスを勧められた。
なっちゃんが言っていることは、世間や未来を気にする大人の意見。
まだ子供の私には共感しづらい話だけど、もう少しで大人へと片足を突っ込みかけている私だから、世間ってのを全く無視することができないのもなんとなくわかっている。
だからなっちゃんが私のことを真剣に考えてくれているのがわかる。
表面が冷めても、割れば再び湯気が立つオムライスを眺めて、私の中も同じようなホッと暖かいものを感じた。
なっちゃんは玲二だけでなく、真面目な理一さんにも少し似ているみたい。
わかったことは、なっちゃんはいい人だ。
「なっちゃん」
「何?オムライス絶品?」
「私……そういう風に考えてくれる大人……少なかったから」
「あ……説教くさかった?ちょいウザだった?ごめん」
「いや、逆。普通に嬉しかった…………です」
「ふふ、もう敬語じゃなくていいって言ってるのに」
「……うん」
「おっ?心の距離が縮みましたか?」
「私、お母さんの記憶が曖昧だけど……もし生きてたら、なっちゃんみたいに友達っぽくてもちゃんと話してくれる母親だったのかな?」
「母親なんて皆似たようなもんよ」
「それはどうかな。でも……うん。でも私、なっちゃんみたいなお母さんがいいな」
とろりと柔らかなオムライスを一口食べた。
そうだ。
帰ったら玲二に私のお母さんの思い出を聞かせてもらおう。
それで、玲二にもなっちゃんはステキなお母さんだねって言ってあげよう。
早く玲二と話がしたい。
ふと向かいのなっちゃんが俯いて震えているのに気付いた。
「……なっちゃん?」
「き──」
「え?」
「きゃあぁぁっ!!!!」
「え!?な……なに?」
「ゆずちゃん!!可愛い!!私みたいなお母さんでいいの!?すっごく嬉しい!!やだー!!連れて帰りたい!!一緒にニューヨーク行く!?」
「行きません」
「クールなギャップがまた良いよねー」
なっちゃんはニコニコと笑った。
なっちゃんは可愛い。
母親の年代の女の人にそう思うのって失礼かな?
でも可愛いって思った。
とりあえず、なんとなくお金を貯めて、早く部屋を探さないとなーと言いながら、なんとなく今日まで居候させてもらっていた。
お金とか家事とか、心のどこかでやっぱり楽だからって感じていて、色々と言い訳して皆の好意に甘えていたのかもしれない。
でもいつまでも子供のままではいられない。
あそこは、『戸田家』じゃなくて『須藤家』なんだし。
兄貴が亡くなってから今日まで、自立出来る準備期間は、充分にもらった。
引っ越ししよう。
これ以上、居候して迷惑かけるわけにもいかないし、なっちゃんが言ってるように自分自身のためにはならないかもしれないし。
前向きな意味で、部屋を探そう。
私はやっと決意を固めた。
須藤家から出ることを。
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