4話.4 母、反対


突然咳き込んだ私達のリアクションに夏さんは小首を傾げた。



「あらやだ、紅茶熱かった?」



違う。



大きく違う。


咳き込んでて、突っ込めないけど。



カウンターにあったティッシュ箱を夏さんがダイニングテーブルに置いてくれて、三人とも慌てて口やら服やらテーブルやらを拭いた。



付き合ってる……だと?


冬なのに、何故か妙な汗が出てきた。



玲二が手の甲で口を拭って、遠慮がちな声を出した。



「ケホ……母さん、えっーと……ゆずは別に俺らの彼女ってわけじゃ…」


「えっ!?違うの!?」



違います。


理一さんは激しい息切れをしながら眼鏡を押し上げた。



「メールでも言いました。『弦さんの家庭の事情でお預かりしている』だけと」


「男の子預かるのと女の子預かるとじゃあ、また違うわよー!!それに性別伏せてたのがまた怪しー」



私はムセながら、ティッシュで口元を押さえた。


……まぁ、普通に考えて居候させるとか……恋人並みに深い関係とか恩人じゃなきゃ、あり得ないよね。


夏さんは興味津々に恋バナを話す中学生みたいにはしゃいだ。



「最初は玲二かなーとも思ったのよ?仲良さそうだし。でも玲二は人懐っこいから友達でもその距離感もあり得るのかなーって。そう思うと、気難しいお兄ちゃんが伸び伸びとしてるぐらいだから、意外にお兄ちゃん……ってのもアリかと」



夏さんがこれまでの考えを口にしているけど、そもそもの予想が違うんだから、勘違いもいいとこだ。



玲二が一呼吸置いた。



「母さん、ゆずはね──」


「玲二っ!!」



理一さんが玲二の言葉を遮った。


提供者ドナー家族は受取人レシピエントに会うことは本当はタブーとされている。


タブーとされている私との間柄を言おうとした玲二を理一さんは止めた


……つもりなんだろうけど、多分玲二は違う。



「え?何何!?今、何を言いかけたの?」


「母さんは気にしないでください」


「えー!?」



言い合いをする理一さんと夏さんを余所に、玲二が私にコソッと喋った。



「……もう言っちゃわない?」



やっぱりコイツ、私のことを『妹』だって紹介するつもりだったのか。


移植したことで、心臓だけでなく……玲二は兄貴の記憶も受け継いだ



……うん、現実味なさすぎる。



「別に言ってもいいけど、多分信じてもらえないよ?」


「そう?」


「最悪の場合、理一さんがそんなことを言い出す玲二の頭が心配で発狂するかも」


「ゆずの中で兄ちゃんのイメージってどんなんなの?」



私の発言に何故か笑った玲二は壁にかけてあった時計に目が行き、「あっ!!」と叫んだ。



「やばっ!!学校!!」



あ…そういや今日はまだ平日でしたね。



理一さんも「しまった!!」と立ち上がった。


夏さんは口を尖らせた。



「えぇー…せっかくお母さんが帰ってきたんだから学校ぐらい休んでよ」


「それが親の言うことですか!?」



怒鳴る理一さんに慌てる玲二。


夏さんは「あれ?」と私に向かって首を傾げた。



「ゆずちゃんは急がなくていいの?」


「あ……はい。今日は授業休みなんで」


「じゃあ今日はゆずちゃんと交流を深める日にしましょう!!」



イェーイとガッツポーズをとる夏さんは腰を上げて「ひとまず荷物を直すわ」と傍にあったスーツケースを持って、奥の部屋へと行ってしまった。



とりあえず私は急ぐ玲二達のために朝食でも作ってあげよう……って、言っても食べる時間ないかな?


サッと学ランに着替えてきた玲二がキッチンを覗く。



「え?作ってくれてるの?」


「まぁ一応。時間ない?」


「微妙だね」



玲二はまだ焼いてもない食パンをとって、その場でくわえた。


理一さんなら行儀が悪いと言われそうだ。



その点、玲二はあんまりそこらへんうるさくない。



「やっぱ玲二は夏さん似なんだね?」


「ん?」


「顔もだけど、性格とかも。多分」


「そう?どっちかっていうと、俺は父さん似で母さんには兄ちゃんのが似てるよ?」


「理一さん似なら絶対私がここに住むの反対だったって」


「ははっ、確かに。そう思うと反対されなくてよかった」


「うん……なんか理解あるっていうより、若いね?」


「アハハ!!多分喜ぶから、本人に言ってあげて」



玄関の方で理一さんが叫んだ。



「おい、玲二!!車で送っていくから乗るならもう出ろ!!」


「わかった!!行く!!」



玲二も玄関に向かって叫んだあと、私の頭を撫でた。



「じゃ、いってきます。母さんヨロシク」


「うん。仲良くなっとく」



そしてすぐに慌ただしく玄関を出ていった。



朝から夏さんと二人きりになる状況はなんだか緊張するけど……



「あれ?玲二達は?」



夏さんがリビングに出てきた。



「もう出ました」


「えー!!もー!!『いってらっしゃい』ぐらい言わせなさいよー。ねー?そう思うわよね?冷たい息子達ー」


「時間も時間でしたし」


「まぁいいわ!!ゆずちゃん!!二人で出掛けようか!!」



気さくな夏さんとなら、すぐに仲良くなれそうな気がした。


笑顔で頷いた。


夏さんは「よし!!」と手を叩いた。



「そうと決まれば朝ご飯!!って、あら?もしかしてもう用意してくれてたの?」


「まぁ……簡単なのですみませんが」


「いいのよ!!嬉しい!!じゃあ食べ終わったら、すぐ行こう!!」


「どこか行きたいところでもあるんですか?」


「行きたいっていうか、行かなきゃ!!賃貸住宅見に!!」



……え?


なんで?



私の疑問が顔に出たのか、何も言ってないけど夏さんは言葉を繋げた。



「ゆずちゃんの新居、探しにいこ?」


「……えっと」


「私は、」



真剣な顔になった夏さんが顔をグッと近付けて言った。



「あなたがここにいるの、反対だから」



……マジ?



玲二との添い寝もスルーしてデジカメにも収めた夏さん。


彼女の口から言われるとは思わなかった親の言葉。



須藤家はみんな、私の予想をくつがえしていく。



……つまり私、この家から追い出される?

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