母、襲来
4話.3 母、襲来
玲二のお母さんとの初対面は、初対面とは思いたくないほどの気まずさを感じた。
だから逃げるように玲二の部屋を出た。
着替えを済ませ、化粧はどうしようか迷って、でも寝起き一番を見られたわけだから、今さらしょうがない?とか思いつつ、戸惑いながらリビングへ向かった。
「本当は昨日に着きたかったのにお父さんが『ちょっと待って』とか駄々こねて、1日飛行機遅らせたのよ!!」
「その父さんはどうしたの?」
「そんなの置いてきたわよ。仕事の終わりが見えそうにないのに、お父さん待ってるうちに私の仕事が溜まっちゃう。せっかくスケジュール空いたのにー」
玲二と玲二のお母さんがダイニングテーブルで向かい合って喋っていた。
理一さんはキッチンでお茶の用意をしていて、ぼやいた。
「連絡も寄越さないで、いきなり来て……一体何しに来たんですか?」
「やぁねー!!息子の合格発表ぐらい気にして来るに決まってるじゃなーい!!」
「……年末年始は帰って来なかったくせに」
「バカね。年末年始こそ忙しいに決まってるじゃない」
なんだか明るくて若々しい感じのお母さんだ。
すると玲二達のお母さんが私に気付いて微笑んだ。
「あ、おはよー。朝はビックリさせてごめんねー!!」
「あ……いえ、こちらこそすみま……」
「
朝の気まずい第一印象にも関わらず、夏さんは気さくに自己紹介してくれた。
顔立ちは玲二に近い感じ?
笑った顔とか。
なんで写真撮ってたんですか?ってのは、この際スルーする。
須藤家に住んでからスルーすることにも慣れてきた。
戸惑いを隠しつつ、頭を下げた。
「え……と……、戸田弦です」
夏は楽しげに頷いた。
「知ってる知ってるー!!お兄ちゃんからメールもらって話は聞いてるわ」
『お兄ちゃん』でキッチンにいる理一さんを指差した。
え?
知ってるの!?
意外でビックリして目が開いた。
コマメそうな理一さんだけど、私のことにそんな気配りなんてしないと思ったから余計に意外だった。
夏さんは肘をついて足を組み、首をかしげながら私を見た。
「うーん、なんか見た目のイメージより大人しい子ね?」
「ゆずは人見知りなだけ。いつもはもうちょっと元気だよ?ゆず、こっちおいで」
玲二に手招きされて、そそくさと玲二の隣の椅子に座った。
……なんか人見知りですみませんね。
向かいに座る夏さんは頬杖ついて、ニコニコしている。
やっぱり玲二と似てる。
「いやーでもビックリしたわ。名前を見て勝手に男の子だって勘違いしてたから、朝は本当にビックリした」
「……紛らわしくて、すみません」
「あら、良い名前よ。私はそう思うけど?それよりもまさか玲二と一緒に寝てるとは思わなかったけど」
キッチンから理一さんが「はっ?」と眉間に皺を寄らせた。
「このお布団の下が在らぬことになってたらどうしようかしらってハラハラしたわー」
だけど夏さんにハラハラした感じもなく、むしろ楽しそうにウキウキと喋っている。
絶対『どうしよう』とか思ってない。
器でけぇ母親だな。
だけどそうにもいかない兄がズカズカとやってきた。
「……一体どういうことですか?」
「それがね、玲二とゆずちゃんが二人寄り添ってお布団にくるまって……本当に可愛いかったー!!犬と猫みたいでさー!!朝から超癒された!!時差ボケもぶっ飛んだわよ!!写真も撮っちゃった。お兄ちゃんも見る?」
なんか改めてそう言われると、自分でもなんで昨夜はそんな流れで一緒に寝てしまったんだろうってなって……
冷静になった頭は恥ずかしさで埋まった。
しかも動かぬ写真で収められちゃったし。
ていうか、母親的に息子が女子と添い寝しているってことはスルーして大丈夫なことなの?
玲二まで気にしてない素振りでアハハと笑ってるし。
夏さんはハイテンションのまま、さっき撮ったデジカメをいじって理一さんに「はい」と手渡した。
うわっ…
はず
いや、寝てた私が悪いんだけどさ……多分。
デジカメの液晶をジッと見たあと、理一さんはこっちを見てニッコリと微笑んだ。
「ゆずるさん。お茶が入ったので良かったら一緒に手伝っていただけますか?」
背筋がゾッとした。
目が笑ってないんですけど、理一さん?
夏さんもいる手前だし、逆らわずに黙ってスゴスゴと理一さんの元へ行った。
キッチンに入れば、隅の冷蔵庫らへんまで追いやられた。
丁度、玲二達の死角だ。
理一さんは鋭い眼光でニッコリと微笑む。
「君も全くの子供という年齢ではなく、どういうことかわからないわけじゃないだろう?少なくとも玲二よりは大人の立場であるということを理解していないのか?ん?」
「いや……あの、」
「いくら玲二の受験が終わったからといって、こういった観念の弛さは非常に感心しないな?え?」
超小声で普通に説教されてます。
何を言われているのか、正直あんまりわかってないけど、すんげぇ怒られてるって雰囲気に怖ぇーって思う。
腕を組んで、私を見下ろしている様はまさに教師。
そういや私、昔から先生って人種は苦手だったなーと今さら思い出す。
こういう時は…
「……すみませんでしたぁ」
謝るのが手っ取り早い。
「言っとくが、君に玲二を任せる気はないからな!!」
……謝ったのに、まだ言うか。
「…………ブラコン」
「は!?」
ボソッと言ったことに理一さんが睨んできたから、ほくそ笑んでやった。
「それ以上、まだ何か文句あるんなら」
「な……」
「抱き付きますよ?」
私の脅しに理一さんは思い出したかのように仰け反って、詰め寄っていた私との距離を離した。
「それだけは……勘弁してほしい」
理一さんは口元をヒクヒクと痙攣させた。
……よし、勘弁してやろう。
「あらー、あなた達も仲良いのね?」
いつの間にか対面式のカウンターから顔を覗かせていた夏さんが私達を見て、笑った。
理一さんはフンと鼻を鳴らした。
「……どこが。脅迫をされていたんです」
それを言うなら、私は説教されてました。
マグカップに入れた紅茶を理一さんと手分けしてリビングへ持っていった。
理一さんは夏さんに、私は玲二にお茶を渡して、それぞれの隣に座った。
「それで母さんはいつまで日本にいれるの?」
玲二の問い掛けに夏さんは紅茶を啜ってから、ニッコリと笑った。
「とりあえず今週の間はいるわ!!せっかく帰ってこれたんだし♪」
猫舌だから、紅茶に息を吹き掛けて冷ますのに必死になりながら話を聞いていた。
玲二達の両親って本当に忙しいんだ。
『一週間も』か『一週間しか』とどちらに感じるのかよくわからないけど、少なくとも私はせっかくの家族の時間なんだから、『しか』に感じた。
紅茶をクルクル回したり、息を吹きかけたり、とりあえず湯気を飛ばそうとすると、玲二が気に掛けてきた。
「ゆず、ミルク入れる?」
「……いや、わざわざ入れなくても、そろそろいけるような気がする」
「余計なお世話だとは思うが、君のそうしたズボラの積み重ねは後々に良くないから、直した方がいいのでは?」
「理一さん……ホントに余計なお世話です」
ようやく口をつけられると思ったタイミングで、斜め前に座っている夏さんが私に向かって身を乗り出した。
「ゆずちゃんゆずちゃん!!」
「はい」
「ゆずちゃんに聞きたいんだけど」
「どうぞ」
夏さんの目がキラキラし出した。
「ゆずちゃんはうちの息子達の、一体どっちと付き合ってるの?」
私、玲二、理一さん
三人同時に紅茶をブーッと吹いた。
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