四話

ナイトメアの兄貴

4話.1 ナイトメアの兄貴

─四話─


年末年始も慌ただしく過ぎていった。


冬休みなんて夏休みに比べたら一瞬の出来事だ。



家に受験生の玲二がいれば、更にそう感じた。



だけど、そんな玲二の受験も終わる。


多分。



今日は受験合否の発表だ。


合格してたら、あとは無事に卒業を迎えるだけだけど、不合格だった場合…二次を受けないといけないわけだ。



私が受験したわけじゃないけど、当時の自分のプレッシャーを思い出して、なんか私まで結果にドキドキしている。



だから学校に行ってる間も、心なしかソワソワしていたらしい。



「……なんか連絡待ってるの?」



彩花にそう聞かれるほどだったから。



「いや……今日、玲二の合格発表なんだよね」


「へー、少年くんの。時期的に早くない?私立なの?」


「うん、理一さんとこの学校」


「それを心配してあげてんだ。ゆず、やっさしい~」


「別にそんなんじゃないけど」



でも合格か不合格なら合格であってほしいって、普通に思う。



なんとなくスマホロック画面を開いては閉じてを繰り返した。



するとタイミング良く、メッセージが表示された。



「あっ」



素早くメッセージを開けた。


――――

合格した(^∀^)v

――――



彩花もスマホを覗き込んだ。



「おぉー!!やったじゃん!!」



ホントに。


良かった。


なんかホッとした。



だって、玲二も受験ノイローゼになってたし。


……受験ノイローゼで……私にキスしちゃうくらいだし。


あの時はマジでやばいところまできてるって思った。



いや…キスと言っても、おでこにだけど。


まぁ、これで玲二も落ち着くだろうね。



改めて溜め息をついて「良かった」と言った。



彩花は楽しげに笑う。



「じゃあ合格祝いも兼ねて、バレンタインチョコはちょっと奮発ふんぱつしてあげないとね?」


「……は?」


「え?」


「あ!!今日、バレンタインだったっけ?」


「……あんたほど、イベントに鈍感な女子もなかなかいないよ」



彩花がひどいくらい冷たい目を私に寄越した。



◇◇◇◇



夕方に家に帰ると、美味しそうな匂いが漂った。



部屋でダウンを脱ぎ、荷物を置いて、買ってきた箱だけ持ってリビングへ向かった。



「ただい…まー?」



様子を伺う感じで顔を出した。



「…………おかえり」



淡白な返事が返ってきた。



理一さんがキッチンに立ってる。


珍し。



……いい匂い。



「ただいま」


「聞こえた。返事もした」



相変わらずイラッとくる態度だ。



「玲二、まだ帰ってないんすか?」


「学校に合否の報告しに行ってて、そこから友達とでも喋っているんだろう」



キッチンに入って、本日のメニューを確認した。


理一さんの手元を覗き込む。



「……コロッケですか?」


「悪いか?」



もろお祝いだね。


玲二の好物で。



これは理一さんも玲二の合格聞いてるな。


わかりやすい。



「玲二、合格して良かったですね」


「あぁ……ところで」


「はい?」


「ゆずるさん……も…もう少し、俺から…離れてもらえない…か?」



見上げると、ほんの20cmの距離の理一さんは脂汗をかいていた。



充分な進歩だと褒めるべきなんだろうけど、そのままジーッと理一さんを眺めた。



「……わざとか」


「わかります?」



ニヤニヤと笑っていると、理一さんが涙目で睨んできた。



……はいはい、わかりましたよ。



私はキッチンから出て、リビングへ行った。



対面キッチンだからあまり意味はないのだけど。



「そんなに私のこと毛嫌いしなくてもいいじゃないですか」



理一さんと何ヵ月このやり取りを繰り返しているか…


いい加減にメンドーだ。


その言葉は我慢していると、理一さんが首を傾げた。



「何を言っている?」


「は?」


「……嫌っているのは君の方だろ?」


「……」



理一さんは平常心を取り戻したようで、コロッケを揚げていく。



嫌っているのは私の方……か?



キッチンとリビングの境目を作っているカウンターに持ってきた箱を置いた。



理一さんは突然置かれた箱を確認するように眼鏡を押し上げた。


私だって彩花に言われるまで、忘れるところだったけど。



「バレンタインってことでチョコケーキです。玲二のお祝いも兼ねて」


「……わかった。食後に食べよう。しかしそれは玲二本人に言うことだろう?」


「だから……バレンタインの分もです」


「……?」


「理一さんの分も入ってます。ケーキに」


「……」



理一さんは不思議そうに私を見ている。


カウンターに頬杖をつく。



「つまり、別に嫌ってませんよって話。理一さんのこと」


「……」



挙動不審に眼鏡の奥の目が動いた。


そして不機嫌に眉間の皺を寄せた。



「……君は不可解だ」



揚げ終えたコロッケ達をすくい上げていく理一さんは何故か溜め息を吐いた。



「一体、何を企んでいる?」


「……なんでそうなるかな」



玲二なら多分疑うことなく受け取って、私の方が『何を企んでいる?』ってなっちゃうぐらいなのに。


本当に二人の中身って似てない。



玲二、早く帰ってこないかな?



……



ん?


何だ、今の発想。


疑問に感じたところで玄関で音がした。



理一さんも聞こえたようで、玄関の方を見て微笑んだ。



私も気付いたら、口元が緩んだ。



さて、お祝いをしてあげよう。



「ただいまー!!」





◇◇◇◇







ゆらゆらと薄暗かった中、



『ゆずも嬉しい?』



突然の声にハッとなる。


振り返ると、急に明るい。



そこで、あ……夢だ──と気付く。



だってセミの声が響いて、夏の太陽の光が部屋に射し込んでいる。


今、2月なのに。



それに自分が立っている場所が前に住んでたアパートの部屋だ。


それに兄貴が目の前にいる。


しかもその兄貴が学ランを来て、少年になっている。


あり得ないし、訳がわかんない。



夢だって思ったのに、『あれ?そういえば私はアパートに戻ったんだ』と何故か納得し出した。



目の前にいる少年の顔が妙にボヤけているが、頭で『これは兄貴だ』って理解した。



『ゆずも嬉しい?俺が合格して』



問い掛けてくる兄貴に思わず溜め息がもれた。


昨夜の晩御飯での出来事と微妙にごっちゃになっているのだ。



玲二…喜んでた。


合格してよかったね、ホント。



私の視点は何故か斜め上から学生の兄貴と現在の年齢の自分を見下ろしていた。


アパートの部屋の間取りが懐かしい。



兄貴が私にニッコリと微笑む。



『ゆず、おいで。抱っこして、いい子いい子してあげる』



微妙に本物の兄貴とはズレている兄貴だ。


だけどこれは兄貴だ。


私は首を振った。



『いいよ、しなくて。恥ずかしい』



ボヤけた輪郭なのに、兄貴が悲しそうな顔をした……と感じた。



『ゆずは大人だもんな』


大人……かな?


『だから一人で生きていくんでしょ?』


……は?


『これからも……』


兄貴?


『誰もいなくても……だー…い、じょぉ、──っぶ』



兄貴の声が急にラジオの音声みたいに壊れた。


夢の中でスマホが鳴り響く。


いつの間にかスマホを手にしていた。



『もしもし、あなたのお兄さんが倒れました。今すぐ病院へ来てください』


は?だって兄貴は今、目の前に…



目の前にいる兄貴が倒れている。



『もしもし、あなたのお兄さんが倒れました。今すぐ病院へ来てください』



電話越しの看護師が言葉を繰り返す。


これが看護師だって、何故わかるのかというと、これは経験したことだから……


半年前…兄貴が死んだ時、私はこの電話をもらったんだ。



『もしもし、あなたのお兄さんが倒れました。今すぐ病院へ来てください』



呼吸が浅くなる。



『もしもし、あなたのお兄さんが倒れました。今すぐ病院へ来てください』



なにこれ、気持ち悪い。


『兄……貴?』


目の前の少年に触れようとしたら、少年の目が開いて私を見た。


『……自分から求めないで、与えられるなんて……ズルいよ?』


脳内で心停止を告げる機械音のノイズが響いた。





「あああぁーっ!!!!」



そこで目が覚めた。



眩しかった夏の日射しと打って変わって、起きた時は真っ暗で、スマホの画面は『01:44』を表していた。



……本気でわけわかんない夢を見てしまった。


寒いのに軽く汗をかいて、身震いするのに喉がカラカラだ。



廊下は底冷えしているとわかってるのに、たまらず部屋から出てキッチンに向かった。



……やっぱ、寒い。



肩に掛けた大きめのストールを胸元に手繰り寄せてから、真っ暗なリビングの中、コップに水を入れて飲んだ。


……ちょっと落ち着いたかも。



「……ゆず?」



突然の声に本当にコップを落としそうになった。

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