変わっていくこと
3話.6 変わっていくこと
◇◇◇◇
クリスマスの次の日なんて、昨日の名残も感じさせないように、街は総入れ換えだった。
大晦日やお正月シーズンに切り替わる。
日本人とは忙しいものだ。
そんな街に出歩いた私。
12月26日にプレゼントを用意することは……非常に微妙なところなんだけど、もらいっぱなしってのもアレだしな。
玲二どころか、まさかの理一さんからも一応もらっちゃったし。
意外と真剣に考えた。
人へあげるプレゼントを考えること自体は嫌いじゃない。
果たして喜んでくれんのか、わかんないけど。
家に帰ると、玄関には玲二のクツも理一さんのクツも揃っていた。
理一さんも。もう帰ってきてるとか珍しい?
あ……学校、冬休みだから?
「ただいまー…」
リビングから「おかえり」と聞こえた。
玲二かな?
さっそく買ってきたプレゼントを渡そうとリビングへ直行した。
「玲二、プレゼン……ト…」
言い終わる前に玲二がリビングにいないことに気付いた。
リビングには新聞を広げて読んでる理一さんの背中だけだった。
「え……理一さん?」
「……」
理一さんは新聞をめくって無視をした。
「今、リビングから玲二の声しませんでした?」
「……は?」
理一さんがやっと振り返ったが、すっごくバカにしたように眉間に皺を寄せる。
「……玲二なら部屋で勉強だ」
「え……でも玲二が『おかえり』って言った声が……」
「……」
「……え?」
まさか!?と思った時には理一さんはまた背中を向けて、新聞に目を通し始める。
「……挨拶の返事ぐらいはする。人として」
じゃあ…さっきの「おかえり」って返事は理一さんがしたってこと!?
嘘っ!?
挨拶は当たり前みたいこと言ってるけど、無視とかメモ投げつけてとか、今までやってたくせに、「おかえり」って返したの!?
……あり得ない。
でもそれをそのまま言ってしまうと、空気がこじれてしまうのはもう学んだので、
「さすが……声、似てますね」
──と、答えた。
私のベストアンサーにも無視上等をかます理一さんの後ろ姿。
ムカッとするからどうしようか迷ったけど、結局理一さんの傍まで行った。
まさかこっちに来るとは思わなかったのか、理一さんはビックリした顔でバサバサッと新聞を握りしめた。
……動揺しすぎ。
話すのはマシになっても、近距離はまだダメか。
仕方ないから、さっさとしてあげようと、"例"のものをカバンから取り出した。
「理一さん」
理一さんは視線をキョロキョロと泳がして、硬直した。
だけど私が差し出したのに"モノ"に視線を定めた。
「こ……れは、」
「まぁ大したヒネリはないですけど」
一度、チラリと私を見たあと理一さんは箱を受け取り、開いた。
「……ネクタイ?」
「まぁ……そうです」
理一さんと初めて会った時って、スーツだったから、そういうイメージだった。
ワインレッドの細かいチェックのネクタイを理一さんがジッと眺めた。
「……なんで、急に?」
ボソッと言った声で聞かれた。
ちゃんと会話が出来たからホッと笑えた。
「プレゼントです」
首を傾げている理一さんは私の顔をチラッと見てから、ネクタイを丁寧に箱へ戻した。
「ありがとうございました」
私は軽く会釈してお礼を言った。
「……は?」
「チキン。美味しかったです。それはそのお礼です」
「……あぁ。でもあれは君がもともと買いに行こうとしていたものであって、しかもそれとこれとでは割りが合わない」
「もうゴチャゴチャうるさいです。『どういたしまして』でいいじゃないですか」
「……」
理一さんは何故かやっぱり冷たい目で見てくる。
なんで意味もなく、こうも睨んでくるのか……。
ムカついたから、仕返しのつもりでわざと理一さんの隣に座ってやった。
理一さんはビクッとして震え……
ない。
「え?」
理一さんは表情変わらず、冷ややかな目で、驚いている私を見ていた。
「なんだ?まだ何か用でもあるのか?」
「……」
「あるなら早く言いなさい」
「……この距離に慣れたんですか?」
「……」
わざと顔を近付けるようにジーッとメガネの奥の目を見た。
しばらく瞬きを繰り返していた理一さんは途端にハッとした。
「ちちち…ち、……近いっ!!!!」
新聞で今さら顔を押し退けられた。
……遅。
溜め息を吐きながら、ソファーから立ち上がった。
玲二にもクリスマスプレゼントのお返し渡さなきゃ。
背中を向けた時、
「ゆずる…さん」
名前を呼ばれた
初めて。
自分の名前なのに、ビックリして呼ばれたってことをすぐに理解できなかった。
ゆっくり振り向くと…
「……ありがとう」
しかめっ面の理一さんが箱をチョイッと上げて、お礼を言った。
だからプッと笑った。
「どういたしまして」
玲二の兄とは思えないぐらい全然似てないけど、この人ともいつか打ち解ける日も来るかもしれない。
めんどくさいけど、面白い人だ。
リビングを出て、廊下に入ってからビクッと震えた。
「……え?玲二?」
背中で壁にもたれている玲二がそこにいたのだ。
いるとは思わなくて、普通にビビった。
「何してんの?勉強してたんじゃないの?」
「うん……勉強してたんだけど、ゆずが帰ってくる音が聞こえたから、一応出迎えようかなって」
「何ヨユーこいてるのよ、受験生」
ちょっと笑ってからかってやると、玲二は真顔のまま、何も言わなかった。
なんだ?ノリ悪。
「……で、出迎えで廊下で待ち伏せしてたの?」
「いや……リビング行こうとしてたんだけど、」
「うん」
「なんか行けなくて…」
「……はあ?」
「ゆずと兄ちゃんが……喋ってんの見てたら…」
喧嘩している雰囲気ならともかく、そうじゃないなら遠慮する意味がわからないから、ますます『はあ?』って表情を作った。
とりあえず玲二に理一さんと喋っていた内容を言った。
「昨日のチキンのお礼、渡してただけだけど?」
「……自分でもよくわかんねぇけど、なんつーか」
玲二が腕を組みながら、うーんと唸った。
「今までゆずの中でチキンと言えば、満さんだったわけじゃん?」
「あー…去年のね」
「でも今年からチキンに兄ちゃんの思い出も追加されたわけじゃん」
「まー…そうなるかな」
「それが……」
玲二がグイッと私の腕を取って引き寄せた。
「自分でもよくわかんないけど……」
「……玲二?」
「なんつーか……なんつーか……」
玲二に真剣な眼差しに掴まれている腕の部分がピリッと熱くなった。
「……玲二、疲れてるんじゃない?」
「え?」
玲二の手の力が緩んだ。
少し玲二と距離が離れたことに何故かホッとした。
「勉強のしすぎでさ……変なんじゃない?受験ノイローゼみたいな」
「……」
玲二がパッと手を離した。
玲二の顔もパッと晴れた。
「そうかもしんねぇ!!」
「でしょ?」
「うん!!なんか俺、最近調子悪いもん!!」
「あー、一回休んだ方がいいかもね」
「俺、そこまで追い詰められてたつもりなかったけど、実はプレッシャーってのを感じてたんかも……受験、恐ろしい!!」
「うん。受験ってやつは侮れないよ」
二人で頷き合った。
結論を出した玲二が片手を上げた。
「じゃあ俺はそういうことで、一回寝る!!」
「あ、玲二。ちょっと待って」
玲二を引き留めるとキョトンとした顔で私を見下ろした。
「……これ、玲二の好みとかはわかんないけど」
手袋に対抗したわけじゃないけど……
マフラー。
赤を基調としたチェックで、理一さんのネクタイとちょっとだけお揃い。
「手袋……ありがとう」
両手で玲二に差し出すと、マフラーと私を交互に見る。
反応が理一さんと似てるから、少しだけ笑いそうになった。
マフラーを受け取った玲二は何故かそのままマフラーで顔を隠し、もう片方の手は私の目の前でグーパーを繰り返している。
「……何してんの?」
「いや……プレゼントがめっちゃ嬉しいから、ゆずを撫で回して、抱き締めたいんだけど……」
「……だけど?」
「なんか……こう、よくわからない感情が、グルグルーッと」
「……いつも勝手に抱き着くじゃん」
「……うん、これも受験ノイローゼだと思ってくれ」
「……あーうん、わかった」
やっぱり玲二が変だ。
最近じゃあ、理一さんより玲二のが変だ。
受験って人を変えちゃうんだね。
しみじみと納得をしたら、玲二がいつもと違う凛々しい目で私を見た。
それに何故か私は緊張したかのように固くなった。
今度は何?
玲二が一歩詰め寄った。
「やっぱり抱き着きたい!!」
「はあっ!?」
犬が覆い被さるように玲二に飛び付かれ、髪がぐしゃぐしゃになるぐらい撫でられた。
「マフラーありがとう!!すっげぇ嬉しい!!」
「ど……どうもっす」
玲二の勢いに呆気にとられながらも、玲二の背中をポンポンと叩いた。
これ……相手が玲二じゃなきゃ痴漢かセクハラだよ。
だけど、うん……いつもの玲二
─と、油断していたら、おでこにチュッと柔らかいものを当てられた。
「……え?」
おでこに手を当てて、思いっきり眉間に皺を寄せた。
玲二は笑っている。
「えへへ…俺、満さんよりシスコンかもね」
この時、玲二がおでこにチューしたのだとやっとわかった。
こ……このシスコンは問題アリじゃない!?
呆然とする私に玲二はニコニコ笑う。
私との至近距離に慣れてきたらしい理一さんも
ニコニコと笑っている玲二も
なんだか最初の時より、少し変わったみたい……?
─三話完─
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