クリスマス

3話.3 クリスマス

◇◇◇◇


「言い出しっぺの法則だね」



彩花にマニキュアを塗ってもらっている。



今日は彩花の家でお泊まりで、お風呂上がりに捕まった。



私は黙ったまま、されるがまま、その様子を見ながら話を聞いた。



「ゆずから『克服しろ』って言い出したんだから、そのゆずが協力すんのは当たり前でしょ~」


「とか言って、彩花はただ話聞くの楽しんでるくせに」


「ふふふ」


「このやろ」


「まぁ、その日に備えて可愛いくしてあげてんじゃん?」


「これ、そのためだったの!?」


「そうよ。別に暇だったからじゃないわよ」


「……」



確かに爪の手入れしてくれるなんて珍しくなぁ…って思ってたけど、まさかそのためにわざわざ……


って、嘘だな。


多分、ヒマだったからだろ。



そう言ったところで、彩花の逆ギレが怖いから黙っとくけど。


出来上がったキラキラの爪にフーッと息を吹き掛ける。



「ペディキュアもやらせて~!!」



彩花は楽しげに私の足の爪も手入れしはじめる。



「多分、ブーツ履いてくから足は意味ないと思うんだけど」


「え、いーじゃん!!見えない所も気分上がるし。」



……絶対デートのためじゃなくて、彩花がしたいだけだし。



それにデートじゃないしね。



「言っとくけど、デートじゃないよ?」


「は?何言ってんのよ。クリスマスの日に男女二人が出掛けるなんてデートの何物でもないっしょ!?」


「別にしたくてするわけじゃ…」


「少なくとも周りからはそう思われるでしょ」


「てか、理一さんと二人じゃない」


「……少年も着いてくの?」


「え……うん」


「おいー!!空気読めよー!!」



彩花は本当にただ楽しんでいるだけだ。



「いきなり苦手な女と二人にされても克服なんて無理でしょ?理一さんにはハードル高すぎ。てかある意味、私よりも言い出しっぺの玲二と一緒なのは当たり前」


「意味わかんない!!デートじゃなくなるじゃん!!」


「だからデートじゃないってば!!」



とりあえずクリスマスに三人で買い物に行こうっていうのが、理一さん女性恐怖克服の第一ステップとなった。



玲二によるその作戦に私が断ることが出来なかったのは、居候の身の私は現・家主の理一さんにお世話になってるって、一応自覚してるからだ。


だから深い溜め息が溢れ出す。



「ところでゆず…クリスマスは須藤兄弟と出掛けるとしたら、イヴは妹尾くんって人と?」


「うん」


「は!?マジで!?」


「うん、イヴはちゃんとバイト入った」


「は?」


「人手が足りるように、ちゃんとその日は働く。妹尾くんにもそう言った」


「……そしたら妹尾は何て?」


「イヴに働けたのが意外だったのか、ビックリした顔してた」


「……」


「『25日は?』って聞かれたけど、その日はもう出掛けんの決まってたし、断った。なんであんなにバイトに入れたがるんだろ?」


「……妹尾が不憫ふびんすぎる!!!!」



何がフビンなのか……


少し乾いてきた爪をヒラヒラさせながら首を傾げた。




◇◇◇◇



「兄ちゃん!!今さら、んな事言うなって!!諦めろ!!」


「いや…俺がバカだった!!冷静さを欠いていた。こんな人混み多いと予想される日に出掛けるなんて、俺には無理だ!!」



クリスマス当日。



理一さんは直前になって、ごね始める。


私はソファーでスマホをいじる。



まぁ…クリスマスの街は私どころか、他にもたくさんの女の人がぞろぞろ出てくるもんな。


冷静に考えたら、そりゃ嫌だろ。



「兄ちゃん!!でもせっかくのクリスマスだよ!?行こう!!このままだと春からどうすんだ!?これも訓練だって!!」



玲二の言うこともまた正しい。


だって街に行き交う女達に耐えられなかったら、真正面から見てくる女生徒達にどうやって耐えるというんだ。



とりあえず、今は玲二の説得待ち



「ゆずも何とか説得して!!」



──で、済まなかった。


ゆっくりと玲二達を見る。



玲二は困ったように眉を下げ、理一さんはビクッと震えた。



溜め息をひとつ。



「とりあえず…街に出るのが怖いなら、理一さんには留守番してもらって、私と玲二で先に買い物済ましちゃわない?」



玲二は「ん?」と首を傾げた。



「そんで、帰ってから家で理一さんの克服とやらに付き合ってあげるから」



大勢よりも女一人と対話のがマシだろ、多分。


玲二は納得できないような顔で「んー?」と唸った。


ソファーの背もたれに置いていたコートを持った。


「だから混む前に出掛けよ?」



玲二にそう言って促した。


クリスマス当日は早く行かないとフライドチキンが売り切れる。



その時、理一さんが、すっくと立ち上がった。



私も玲二も頭にクエスチョンを乗せた。



「……玲二が女と出掛けて危ないかもしれないのに、放っておくわけにもいかんだろ」



危ないって、何がだよ。



「見張りは必要だ」



暖房が効いた部屋でガタガタと震える理一さんはようやく出掛ける準備をしはじめた。



くそっ、いらない根性見せやがって。



玲二は私に向かって拍手をする。



「おぉ!!ゆず、すげぇ!!遠隔操作?」



別に計算したんじゃないんですけど。



お昼過ぎに家を出た。


雰囲気が出る夜にもなっていないのに、たくさんの人で賑わっていた。



私の隣には玲二。


玲二のその隣には理一さん。



理一さんは能面みたいな顔をしている。



「兄ちゃん。せっかくのお出掛けなんだから、何か喋ろ♪」


「……」


「ちょっとずつ慣れよ?」



玲二なりに理一さんをフォローするが、理一さんは遥か遠くを見たまま歩き続ける。


私はとりあえずさっさと買い物を済まして家に帰りたい。



「例えば、ほら!!なんかゆずに質問とかない?」


「……質問?」


「そう!!見れなくても、触れなくても、まず会話してみたら?」



玲二はニコニコとアドバイスをしている。


どっちが兄なんだかって感じだ。



それでもやっぱりこっちを見ない理一さんはぎこちなく口を動かした。



「ご……ご趣味は?」



……


……これは『見合いか!?』というツッコミ待ちのギャグと捉えていいのかな?



「ほら、ゆず!!兄ちゃんが『趣味は?』って!!」



えぇっ!?


その質問、採用されちゃうんだ!?



私もぎこちなく笑った。



「趣味…ね。なんだろ?特に思いつかない。……アプリゲームとか?」



理一さんに聞こえたのかわからないけど、いいことにする。



「ははっ!!やっぱクリスマスってだけでテンション上がるな!!」



楽しそうなのは玲二一人だけだ。


相変わらずの空気読まず。



「あ!!ゆず!!今年もケンタッキーにする?」



玲二がお店を指差した。


去年は確かに兄貴がケンタッキー買って帰ってきたっけ。



「あぁ、真夜中に叩き起こされて迷惑だった」


「えぇっ!?良かれと思ってのことなのに!?」


「兄貴の時たま出てくるあの子供っぽいテンションは未だに理解出来ないね」


「クリスマスだからじゃん!!」


「つーか、そんな深夜に油っぽいの食べれないから…」


「そのまま朝食行きだったね」



私の話に玲二がクスクスと笑う。



理一さんが瞬きしながら、私達を見ていた。



ハッと気付く。



すごく当たり前に兄貴との思い出を玲二と喋ったけど、今の会話…不自然じゃなかった?


大丈夫?



玲二は全然気付く素振りもなく、お店に向かおうとした。



「今年は三人だからファミリーサイズ買っちゃう?」



思わず玲二の背中を押して、お店を通り過ぎさせた。



「ゆず?」


「チキンはあとで買おう!!」



話題を反らせようとしたけど、理一さんは何の反応もなく、ただ私達に着いてきた。



……私の気にしすぎか?



チキン以外の食材も求めて、百貨店に向かう。



その間も私と玲二が喋り、玲二と理一さんが喋る…といったスタイルが続いた。


玲二や彩花はデートなんてはやし立てたけど、このままだといつもと変わらない。


まぁ、私はそれで別にいいんだけど。


大体…理一さんの女嫌いが一日二日で治るようなもんじゃないしね。



しかしこんな調子だと、春までに克服なんてムリだな。



理一さんも苦労するね。



何気なく横を見たら、誰もいなかった。



「……あ…れ?」



玲二も理一さんもいない。



夕方に近付くオレンジ色の街の中。


ただ、浮かれた足達だけが行き交う。



……はぐれた?


こんな人混みで?



……さっきまで普通に一緒にいたのに、なんでこんなことになった?



この状況に自分で軽く呆れながら、スマホを出した。


玲二に今どこか電話しよう。



しかし電話をする前に、少し遠くの方で見つけた。


それは…


理一さん……と二人の女の子。



ちょっと近付くと会話が聞こえた。



「彼女は…いないんですか?」


「……」


「アタシら二人なんですけど、夜とかヒマですか?」


「……」


「クリスマスなんで平和的に仲良くしません?てか仲良くなれる気がする、ウチら!!」


「……」



……逆ナンに遭ってる!?



すごい。


ナンパは見た事あるけど、逆ナンは生で初めて見た。


クリスマスの日にそれを実行しちゃう彼女達の勇気にも尊敬する。



そして二人の女の子に話しかけられ、硬直している理一さんの姿に思わず口元を押さえて笑った。



おー、困ってる困ってる。



その時、理一さんもこっちに気付いたのか、視線をこっちに向けた。



ものすごい顔をしている。


睨んでいる。


でも理一さんは睨んでいるその目の奥は震えているのだと知っているから、仕方ないと溜め息をついた。



助けてやるか。



理一さんの視線に合わせて、自然とこっちを見た女の子達の元へと歩いた。



そして理一さんを見上げる。



「……兄貴。買い物が済んだんなら帰るよ」



そう言って理一さんの腕を無理矢理掴んだらビクッとされたが、構わず引っ張っていった。



女の子達のリアクションも構わないまま、とりあえずその場を離れた。



ある程度、人通りが少ないところまで来たら理一さんの腕を解放してやった。



理一さんはオドオドを視線を泳がす。



「……」


「……」



間がもたん。



これは早く玲二に来てもらわないと。



急いでスマホを出す。



「こ……」



理一さんの口から何かが発せられた。



「この恩は……礼にして返す」


「……」



呆然と理一さんを見れば、理一さんは変わらず挙動不審だった。



思わず吹き出して笑った。



「固っ!!なにそれ?武士!?普通に『ありがとう』でいいじゃん」



笑い出した私に理一さんはきょとんとした顔になった。


恩って!!


別に大したことしてもないのに。



やっぱ笑えた。



笑っているとスマホが鳴った。


玲二からの電話だった。



「あ!!玲二?今、どこにいる?」


『もしもし?ゆず一人?』


「うぅん、理一さんもこっちにいる」


『あー、よかった。じゃあ、あともう少しかかりそうなんだよね』


「……何が?」


『だから30分後に時計広場で待ち合わせしよ!!』


「玲二?質問に答えろ!!」


『じゃあ30分後に』



ツー…ツー…ツー…



玲二の自由な行動に呆気にとられた。



30分後?


それまでこの人と二人?



理一さんを見ると、理一さんは顔を背けた。



「……」


「……」



間がもたない。

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