克服すれば?
3話.2 克服すれば?
虫だったら見た目が気持ちが悪いから…とか
ヘビだったら噛まれるのが怖いから…とか
それを嫌う理由は人それぞれだけど、理由は必ずあるものだ。
じゃあ理一さんはなんで女の人を怖がる?
その理由は……
男の人にしか興味がないから?
自分で考えといて、一人首を振る。
いやいやいや…
まだそうと決まったわけでもないし、たとえそうだとしても、人の趣向や感覚は自由じゃん。
別に理一さんが男好きだろうと……
「ゆず」
「うぎゃっ!?」
リビングで座っていたソファーから落ちそうになった。
考え事してるところで玲二に声を掛けられたのだ。
「お…ゆずが慌てる反応、新~鮮~♪」
「べ……勉強してたんじゃないの?」
「ちょっと休憩」
玲二がそう言ったから、立ち上がって食器棚からマグカップを出した。
何か温かいものでも入れてやろうと思ったのだ。
玲二もそれをわかったみたいで
「ユズハチミツがいいー!!」
そんな注文をつけてきた。
言われなくてもそのつもりだったけど。
変なところが私達って兄弟だな…って思った。
普通にそう思う自分って、すっかり玲二に影響されたな…としみじみ思う。
ソファーで待っている玲二の背中をチラリと見てみた。
「……玲二」
「うん?」
「理一さんってさ」
「へ?兄ちゃんが何?」
「……」
理一さんって男が好きなの?
ーって、聞けるわけがない。
もし私が理一さん側の立場だったらそんな野次馬精神…嫌だ。
自分がされて嫌なことは他人にしないこと。
そんな兄貴の声が聞こえた気がした。
「……なんでもない。学校の先生って意外に帰りが遅くなるんだね」
「年末だしね。それに公務員じゃないから」
「ふーん、私立?」
「うん。俺、そこに受験するんだ~」
「えっ?」
用意出来た温かいユズハチミツをふたつ持ったまま、固まったら、玲二が「ありがとう」と手を伸ばした。
「玲二、理一さんのとこに通うの?」
「受かればね」
「知らなかった。玲二って何気に秘密主義だよね?」
「えぇっ!?全然秘密にしてないよ?聞かれれば普通に答えるよ」
「自分からはなかなか言わないじゃん」
「ゆずだって聞いてこないじゃん」
マグカップを両手に持ち、息で冷ましながら、玲二とどうでもいい言い合いをして流す。
家族みたいだな。
「あ……そういや兄ちゃんの学校と言えばさ」
「うん」
「そこ、男子校なんだけど」
「あ゛ぢっ!!ーっぇお!!」
「えっ!?ちょ……大丈夫!?」
男子校って言葉にビックリしたのと同時にユズハチミツが熱くて叫んだ。
……そんなことより男子校って?
今までだったら
『なるほど。それなら理一さんも安心して授業できるね』
と思えたものが
『なんで男ばっかの学校選んだの?』
っていう違う考え方が過る。
偏見を持つつもりもないし、私はそういうの気にしない質だと思っていた。
だけど、いざ知り合いがそんなんだって知って戸惑っているから、少しは偏見ってのを持ってたらしい。
そんな自分に気付いて、自分にガッカリした。
彩花のせいだ。
明日、文句言ってやる。
玲二が何故かクスクスと笑っている。
「そんなに熱かった?」
「いや…大丈夫。猫舌なだけ」
玲二は私の手からユズハチミツを取って頭を撫でてくれたけど、そんなことよりも理一さんの話が気になった。
「で?」
「え?」
「……男子校が……何だって?」
さりげなさを装おって続きを促した。
「え?…あぁ、それで俺もそのつもりで今日願書出しに行って来たんだけど……来年から変わるんだって」
「……何が?」
「学校が。来年から共学に変わるんだって」
「え?」
「俺も今日知った。兄ちゃん何にも言わねぇんだもん。ビックリした」
「へー……それって大丈夫なの?」
「ん?」
「生徒に女の子が混じって…理一さん仕事出来んの?」
「さぁ…あ、でも学校の女教員がいるって話聞いたけど、別に普通に仕事してるっぽい」
「仕事だと割り切れるんだ?」
「じゃない?兄ちゃんすげぇな!!」
「……私の時も仕事だと思って接してくれないかな?」
「……ゆず、兄ちゃんと仲良くなりたいの?」
「はっ!?いや……別に」
「でも珍しく話聞いてくるし」
「いや、それは…」
彩花が変なことを吹き込むから……
いや、関係ないか。
「……ん?」
玲二の視線を感じた。
玲二はユズハチミツを飲みながら、ジッとこっちを見てくる。
「……何?」
そう聞くと、玲二は何も言わずにユズハチミツを返してきた。
一体何なんだ?
「……玲二?」
「兄ちゃんが気になる?」
……
なんじゃそりゃ。
なんか妹尾くんを思い出した。
話が見えない。
やっぱり男の子ってわからない。
だから眉間に皺を寄せて聞いた。
「…なんでそんなこと聞くの?」
「……え?」
「……」
「なんでだろ?」
「は?」
「だってなんか…今、なんか心臓が……変な感じに…」
「はっ!?えっ!?大丈夫か!?」
手術成功したって聞いてたし、その後あんまりしんどいっぽい様子もなかったから気にしてなかったけど、玲二の心臓は大丈夫なのか!?
こんな時はどうするのが一番!?
私、心臓についてわかんねぇ!!!!
くそっ!!
兄貴から少しは勉強するべきだった?
いや…兄貴の専門は医療じゃないし……
脳内パニックを起こしたが、実際体はフリーズしてその場でジッと玲二を見ていた。
すると玲二はフッと笑った。
「いや……なんか一瞬チクッとした感じだったから、もう大丈夫。多分、病気じゃねぇ」
「そ……っか」
「だから、んな顔すんな」
笑顔の玲二に頭を撫でられたが、私は一体どんな顔をしてたんだろうか。
情けない顔になってないだろうか。
「……じゃあ、何の痛みだったんだろうね。大丈夫?」
「んー、俺にもわかんねぇ」
お互いに首を傾げ合う。
手に持っていたマグカップをテーブルに置き、玲二の左胸に両手を添えた。
「ゆ……ず?」
「兄貴の心臓……どうか玲二の体を守ってやってください」
「……」
どうか…これ以上、誰も死なないで。
目を閉じて祈った。
本気で。
ふと、両手にぬくもりを感じて目を開けた。
玲二が手を握っている。
玲二と目が合って……
「ゆずは…」
「へ?」
「いい子だぁー!!」
いつもの無邪気な笑顔を見せた。
そして髪がボサボサになるぐらい抱き締め撫でられた。
「ちょ…」
「いい子いい子!!」
「……年下から『いい子』って言われても、何も感じないけどね」
……手を握られた瞬間、玲二がいつもと違う感じがしたけど、
気のせいか?
「女……とりあえず玲二から離れなさい」
限りなく冷たい声が割り込んできた。
ビックリして、またソファーからずり落ちそうになった。
「兄ちゃん!!おかえり!!」
「…ただいま」
理一さんはメガネを上げながら、私には挨拶しないでフンッと鼻息を鳴らした。
イラッ。
「今日は遅かったね!!ガッコ忙しい?」
玲二の質問に理一さんは「あぁ」と答えながらコートを脱いだ。
「受験も近い今は特にな」
なんかエリートくさい雰囲気に私のイライラが貯まっていった。
「へー、お仕事熱心なんですねー」
だからそんな突っ掛かるようなことしか言わなかった。
「まぁ…私相手は仕事じゃないんでどう扱おうが構いませんが、生徒にもそんな態度を取って親から苦情が来ないように気を付けてくださいねー」
私もフンと鼻を鳴らしながら、ユズハチミツを一口飲んだ。
私の嫌味に対して、理一さんが「は?」と顔を歪めた。
「あ!!そうだった、兄ちゃん!!兄ちゃんも言ってよ!!」
「何が……だ?」
「来年から共学になるんでしょ?」
「…………え?」
「俺、学校の情報は兄ちゃんに頼りっぱなしだったからさ。今日、願書出しに行ってビックリした」
「……願書?共学?」
「…え?」
「え?」
兄弟はお互いに状況をわからない感じで聞き返しを何度もした。
理一さんの反応がおかしくて、私はおずおずと聞いてみた。
「……もしかして理一さん、聞いてないんですか?来年から男女共学になるってこと」
理一さんがこっちを見た。
はっきりとこっちを見た。
メガネの奥では瞬きを繰り返される。
そして倒れた。
「ぎゃあー!!!!兄ちゃん!!!!」
「知らなかったんかよ!!!!」
倒れながら理一さんは小さな声で「ハハ、ハハハ……」と壊れたように笑った。
その笑い声はカラカラに乾いていた。
そこから理一さんが平常心を取り戻すまで1時間かかった。
…ー
「さっき同僚に電話をして、確認をとった」
おでこに冷えピタを貼っている理一さんは腕と足を組んでソファーに座り、そう言った。
冷えピタのせいで、全然そのポーズが決まらない。
「私が準備良く学校をやめてしまえないように、学校みんなで私にはギリギリまで黙っておこうとしていたようだ」
「わぁ……すごいね」
玲二は何故か感心しているようだったが、学校の先生達…それって大人として、どうよ?
隠しておくって……今日の願書受付も黙って、理一さんには別の資料整理をさせて、受験者の女子を見せないようにしたり…
ずいぶん壮大なドッキリじゃん。
てか、職場のみんな…理一さんをわかってるんだね。
ある意味、理解のある職場。
理一さんが頭を抱えた。
「あー…春……いや、せめて夏にこのことを知っていたら、きちんとした手順で次の職場を探すことも出来たのに……」
「理一さん、女子高生も無理なんですか?」
「……」
…無視すんな、こら。
玲二は心配そうに理一さんの顔を覗き込んだ。
「……兄ちゃん、学校やめるの?」
玲二の顔をチラリと見た理一さんはひとつだけ溜め息をついた。
「いや……今は俺が玲二の保護者だからな。宛もないのに仕事をやめるわけにいかんだろ。それに玲二と同じ学校の方が俺も安心だ」
「別に俺のことはそこまで心配しなくていいよ。兄ちゃんがしんどいなら、他に良いところ探すべきだよ」
「運が悪くない限り、簡単には見つからないだろ。」
すごく深刻そうに話している兄弟だが……そこまで真剣に悩むことか?
そう思ってしまう私は恐怖感を抱えている人の気持ちがわからない人間なんだろう。
私からしたら『克服すれば?』って思う話だ。
一応、言おうかどうか迷ったけど
「克服すれば?」
結局言った。
玲二も理一さんもきょとんとした顔でこっちを見た。
「アレルギーとかで死ぬわけじゃないんだから、これを機に克服したら?」
そうしたら私ももう少し暮らしやすい。
私の意見に理一さんは顔をひきつらせる。
「こ……克服って…」
脂汗を垂らす理一さんに玲二が肩を叩いた。
「そうだよ!!」
「え?」
「まだ時間はあるんだから、克服は無理でもこれから少しずつ慣れていこうよ!!」
「玲二…」
「大丈夫だよ!!」
玲二による励ましで理一さんジーンと涙ぐむ。
理一さんは本当に玲二に弱いな。
やれやれ…これで少しは私を見ても騒がなくなったらいいな。
「ゆずもいるしさ!!」
…ん?
玲二の言葉に耳を疑った。
「こう見えてゆずも女の子なんだし!!」
無言で玲二のケツを蹴った。
どう見たところで女だっつーの。
だけど更に耳を疑うことを玲二は言った。
「だからゆずと一緒にいる内に慣れていくかも!!」
「「玲二、ちょっと待て」」
理一さんとハモった。
だけど玲二はパッと顔を明るくした。
何かに閃いた顔つき。
「一回、二人で出掛けてみたら?」
「「はあっ!?」」
もう一度ハモるが、玲二は止まらない。
「そうしたらゆずも兄ちゃんと親しくなれるし、兄ちゃんも女の子が怖くなくなるかもしんないし!!」
玲二が理一さんとの距離を詰めて、顔をキラキラとさせる。
「ねっ!!兄ちゃん!!良いアイディアと思わない?」
可愛い弟の意見に賛同してやりたいが、あまりの提案に理一さんは何も言えないでいる。
頑張れ!!断るんだ!!理一さん!!
「ねっ!!ゆずも!!」
可愛い顔をした玲二がこっちにも笑顔をふった。
「いつもお世話になってる兄ちゃんの為になんとかしてあげたいって思わない!?」
スマイルモンスター再来。
玲二のとびっきりの笑顔は私でさえ弱い。
それに居候でお世話になっている部分を突かれるとこっちは何も言えねぇ…
その時、理一さんと目が合った。
眉を垂らして口が半開きになっている。
私も多分、同じ顔をしている。
初めて理一さんと気が合ったような気がした。
そして二人で同時に項垂れた。
「お!!マジで!!じゃあ今度、二人でデートしてきなよ!!」
この家で玲二に勝てる奴なんていないんだ。
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