三話
兄貴の兄貴
3話.1 兄貴の兄貴
─三話─
朝、起きるのが辛い。
布団から出るのが億劫。
冬の朝は寒すぎる。
しかしもうすぐで専門学校も冬休みになるのだから、もう少しの我慢だ……と自分の体にムチを入れたつもりで起きた。
トイレに行ったあと洗面台へ行くと、鏡越しで"彼"と目が合った。
しまった
と思った時には遅くて
「……ーっ」
理一さんが後ろに倒れた。
「理一さんっ!?」
そう叫ぶものの、近付いていいのか、わからない。
近付いて触ってしまったものなら、理一さんは本当に意識を飛ばしてしまうかもしれないのだから。
「れ…玲二!?」
困った結果、台所にいる玲二を呼んでみた。
フライ返しを持って、玲二も洗面所にやってきた。
「何~?…ーって、わぁ!?兄ちゃん!!」
床に倒れている理一さんに玲二もビックリした。
「とりあえず、ゆずはこっち来い!!洗面所から出て」
「……うん」
廊下に出た。
理一さんの回復には私が離れるしかないだろう。
…――――
私、
兄の心臓を移植したことによって、兄の記憶も受け継いだ
そんな玲二とも色々あり、今は一緒に住んでいる。
中学生ながらも私の兄代わりを努めてくれていて、私も玲二と家族になりたいと思っている。
多分、そう思っている。
実際はよくわからない。
現在進行形だ。
話が逸れた。
そんな玲二にも血の繋がった兄がいる。
彼が今、私にとっての鬼門である。
朝食の準備が出来て、三人で食卓を囲むが、
「私なりにも一応はすまないと思っているが思ってもいないところで突然出てこられては私の心の準備というものも難しいことであり対処のしようもないしか言えないのであって」
理一さんは超絶の早口でしか、私に話し掛けてこない。
目も合わせない。
もはや何を言っているのか半分はわからないが、スルーだ。
何故なら彼は女性恐怖症。
嫌いというか怖いらしい。
ゴキブリや蛇を嫌う女子のようなものだ。
理一さんにとって私はゴキブリかい……と自分で言っといて虚しくなるけど。
だから彼が私と出来る精一杯のコミュニケーションは
早口
文句
メモに書く
逃げる
これぐらいだ。
もしくは弟の玲二を通してじゃないと私とは関われない。
玲二がお茶碗片手に喋った。
「でも兄ちゃん、最初の時よりも結構マシになってきたじゃん?大丈夫だよ!!」
どこらへんがマシで、何が大丈夫なのか……
私には全然わからないけど、玲二の笑顔に理一さんがジーンと目を潤ませた。
「玲二……たとえひとつでも人の良いところを見つけて、それを口にして肯定できるところがお前のホント良いところだ。お前は本当に良い子だな」
理一さんはついでにブラコンだ。
いつもキリッとしているスーツメガネも玲二に対しては雰囲気が柔らかくなる。
私はそんな理一さんとニコニコ笑う玲二を若干冷めた目で見るしかない。
兄バカと弟バカめ。
その時、玲二が
「兄ちゃんもゆずがそこにいるって予想してたら、心の準備が出来るんだよね?」
「あぁ。ある程度なら」
玲二が笑顔でこっちを見た。
「じゃあゆずの首に鈴をつけるってどう?」
「アホか」
私の冷静かつソッコーの返答に玲二が「えー?」と非難めいた反応をした。
理一さんが考え込む様に顎をさすった。
「聴覚によって予告しておくという策……悪くない」
悪くないじゃねぇよ。
玲二も笑顔で「だろ!?」と得意気だ。
理一さんも玲二に向かってニッコリ笑う。
「じゃあ……せっかく玲二が考えてくれたんだから、その提案を採用して…」
「なんでやねん」
真顔で関西風ツッコミをかましても、須藤兄弟も大いにスルーをかます。
この兄弟……嫌いだ。
こんな感じで朝を過ごす。
◇◇◇◇
「戸田さん」
ファミレスのスタッフルームで名前を呼んだのはバイト仲間の
仕事上がりの私は、着替えて『もう帰ろう』という気分だった。
更衣室に行こうとした足が止まる。
「妹尾くん、お疲れ様」
「お疲れ様……あのさ」
「うん」
パイプ椅子の背もたれを前にして、前傾にもたれる妹尾くんが私を見上げた。
「今月のさ、24日って……戸田さんバイト?」
「24日?」
頭の中でスケジュールを思い返すが、モヤーッとしている。
「さぁ……バイト入ってたっけ?…なんで?」
「なんでって……その、予定あるのかなって…」
二週間も先の予定なんて、わからないし、なんで私の予定を妹尾くんが気にしてんのか謎。
「うーん……またシフト確認しとくよ。じゃあ、お疲…」
「あー!!待って!!」
妹尾くんが立ち上がって、更に私を引き止めた。
何?
早く帰りたいんだが。
口にはしなくても、怪訝な顔を隠そうとしなかった。
「戸田さん…じゃあ、今もまだ彼氏はいない……んだよね?」
「はぁ?」
話が飛んで、更に意味不明になった。
私の予定の次がなんで彼氏の有無になるの?
言ってる意味がわからない。
妹尾くんとはほぼ同じ時期にバイトを始めた仲間で、そこそこ仲良い方だと思っていたのだが、妹尾くんがわからない。
私はもはやメンドーになった。
「……お疲れ様でした」
「え……あ!!その、良かったら24日俺と……」
私はさっさと更衣室へと入った。
◇◇◇◇
「アンタは本当に男心をわかってない」
彩花の部屋へ遊びに行って昨日のよくわからない瀬尾くんの話をしたら、彩花に呆れられた。
近くにあったクッションを抱きしめて、ベッドに腰掛けている彩花を見上げた。
「男心?」
「その前に人として抜けてるけどね」
「はい!?」
「ゆず……今月の24日って何の日だ?」
「今月って……12月でしょ?12月24日って……あ!!」
「はい、アホー!!」
今月の24日ってクリスマスイヴだった!!
さすがの私も自分にビックリした。
「うーわー……マジで忘れてた」
「ある意味、すごいことだけどね」
だって、ここ2ヶ月は須藤家のせいでバタバタしてて、瞬く間に月日が過ぎていった感じだ。
「でもそっか……だから妹尾くん、予定聞いてきたのか」
「お、理解しましたか?」
「クリスマスイヴはバイトが忙しくなるから、人手を探してたのか」
「はい、アホアホー!!アホの二乗!!」
アホを連呼されて、いい加減ムッとしてきた。
「ちょっと……さっきから何?」
「その男心のわからなさ……男兄弟がいたとは思えない発言ね」
「……そんなに的外れだった?」
「こんなんでも高校の時は彼氏いたのかーってことすら思うね!!」
「あー…あったね。そんな時期も」
「断るのがメンドーで『うん』って言ったあと、別れを切り出すのもメンドーだからズルズルと続いてただけだったんだけどね」
「……」
「あれは男が可哀想だった…」
「は?なんでよ?」
「……だから男心をわかってないっちゅーの!!」
それなら、その男心とやらを早く解説してほしい。
でも彩花は話してくれる様子もないので、溜め息をつきながらクッションの上に顎を乗せた。
「でも確かに男はわかんないなーって思うことはたまにあるよ。玲二達と住んでて、そう感じる」
「ふーん……例えば?」
「こないだ危うく鈴を首に付けようっていう案が採用されそうになった……」
「え?何プレイ?」
「プレイじゃないし」
「それは男心っつーか、普通に変人だよ。なんでそんな話に?」
「対・理一さんのために私の場所を音で知らせるためにって……」
「あー……なるほどね。いいじゃん、それ」
「いいのかっ!?」
「ついでにプレイも楽しんじゃえば?」
「何プレイ!?」
必死に聞くけど、彩花は楽しそうにゲラゲラと笑っている。
相変わらず冗談がきつい。
「ところで一体いつまで少年とお兄さんの家に住むの?」
「うーん……まぁ、お金貯まったら」
最初は年内のうちにって考えてたけど、その目標も間に合いそうにない。
「結構、長い間住んでるのにお兄さんはゆずに慣れないんだね」
彩花に言われて、私も頷いた。
「あの女恐怖症は相当だよ」
「もうさ……そこまできたら、逆に怪しくない?」
「は?何が?」
「お兄さん……もうあっちの世界なんじゃないの?」
「アッチ?」
「いわゆるBLの世界ってやつ?」
「BL?」
「そう、BL」
「……って何?」
「知らないの?『何それ、美味しいの!?』とでも言いたいわけ?」
「あ……食べ物?」
「……」
「流行ってた?」
「……うん。バナナランチって言って、朝バナナならぬ昼にもバナナを食べたら、いいらしいよ」
「あー、バナナ・ランチの略ね。へー……知らなかった。今度やってみる」
「……ごめん、嘘です。私が悪かった。とりあえず話題を戻すよ」
「へ?は?何だっけ?」
「お兄さん、女が嫌ってなら男が好きなんじゃない?」
「…………は?」
「いわゆるホモっていうか」
「え!?ホモっ!?理一さんがっ!?」
「良かった……それも『美味しいの?』って聞かれたらどうしようかと思った」
彩花が何にホッとしているのかわからないけど、私はビックリして問い詰めた。
「なんで!?どこらへんでそうなの!?」
「どこらへんっていうか、消去法で」
「あ?」
「お兄さん、見た目は格好良いんでしょ?なのに女が嫌で浮いた話もないし。しかもウブで済せるような年齢でもないんでしょ?そんで……弟には甘い、と?」
「うん」
「じゃあ、もう女が嫌いなんじゃなくて、男が好きなんだよ」
ビックリしすぎて、言葉が出ない。
ーというか、何て言ったらいいのか困った。
口はあんぐりと開いた。
すると彩花が口元を押さえながら「ぷぷぷ……」と笑いをこぼした。
彩花のリアクションにハッと気付く。
だから思わず睨んだ。
「彩花……またからかったね」
「からかってない、からかってない!!」
「嘘!!あんたってそういうとこあるもん!!」
「まぁ……大袈裟に言ったのはあるけど」
「……やっぱり」
「確かに断定はできないけど、怪しいんじゃない?ひとつの考えとして頭に入れといたら?」
「マ……マジで?」
そんなこと……考えもしなかった。
仮に理一さんがそうだったのだとしても偏見を持つとか、持たないとか……どうってわけじゃないけど、リアクションに困る。
そこでふと思った。
……理一さんは何で女の人が怖いんだろう?
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