明日もきっと

2話.6 明日もきっと

◇◇◇◇


「……バカのひとつ覚えか?」



台所に立っていると、突然声をかけられてビックリした。


振り向くと、3mほど離れている理一さんが立っていた。



……その距離でつ文句じゃなきゃ、喋れないんかい。



でもぶっちゃけ若干、そんな理一さんに慣れてきたところはある。


だから理一さんに言われた文句の理由を聞いてみる。



「……何がですか?」


「コロッケ。ここ数日……ご飯の献立のコロッケ率が高い。玲二を好物で餌付けさせようという魂胆か?」



理一さんは喋りながら、後ろへ下がっていく。


喋るか逃げるか、どっちかにしてほしい。



でもコロッケに関してはあながち間違っていないから、強い否定は出来ない。


確かにコロッケ率は高い。



「……他に何を作ればいいのか、わからないだけです」


「だからってコロッケにしなくてもいいだろ?君の考え方は単純すぎる」



確かに単純だけど、一応理由はある。


玲二は明日に模試があるっていうから、応援の意味を込めて作っただけだ。


ついでに余ったので明日のお弁当も作れる。



ただ作るだけで、こんなに責められるとは思ってなかった。


深く溜め息をついた。



「……じゃあ理一さんの好きな食べ物を教えてください」


「え?俺?」


「コロッケ嫌いなんですか?」


「……」


「言ってくれたもの、今度作りますよ」


「……」


「……」



理一さんは逃げ出した。



まぁ、理一さんの割には長く持ったほうかな?



ーと思ったが、理一さんは逃げられなかった。



「ただいまー!!」



リビングを出ようとした理一さんは帰ってきた玲二に後ろから抱き締められたのだ。



「玲二!?」


「外は寒ーい!!兄ちゃん、温ーい!!」



玲二は理一さんを抱き締めたまま(というか羽交い締め?)、ズルズルとキッチンへやってきた。


女である私に近づく距離に理一さんは「ひっ」と強ばっている。



「ゆず、ただいまー!!」


「お……おかえり」


「ちなみに兄ちゃんの好物は『里芋の煮付け』だよ」


「……ッッ!?玲二、聞いてたのか!?」


「あとコロッケも嫌いじゃないよね」



そこまで言って、玲二に解放された理一さんは、瞬く間に逃げていった。



それを見送った私達は目が合って、思わず笑いをこぼした。


苦笑だけど。



玲二はマフラーを外しながら衣を着けている途中のコロッケを覗いた。



「今日はコロッケ?」


「え……うん。えっと……」


「ん?」


「明日、玲二は模試だから……」


「……」


「応援ってことで」



玲二がニコッと笑った。



「普通、カツとかじゃないんだ?」


「あー……そっか。カツは受験本番にでも用意しとく」



玲二の両手にフワッと包まれた。



……え?



「すっげぇ嬉しい!!」


「……」



玲二の腕の中にすっぽりと埋まっている。



「けど、本番もコロッケがいいなー」


「……うん」



やっとされていることを理解した。


抱きしめられている。


どこから突っ込めばいいのか悩んだ。



「えーっと……うん。とりあえず離そう」


「だってゆずが嬉しいことしてくれるからー!!いい子ー!!いい子だー!!」



玲二は私を抱えたまま、髪の毛がぐしゃぐしゃになるぐらい撫で回した。



「バカ!!ふざけんな!!離してよ!!」


「くらえ、無造作ヘア!!」



更に調子に乗り始めた玲二の横腹に右フックを決めてやった。


玲二は「ぐっ」と横腹を押さえて、ようやく体を離してくれた。



「こども扱いすんな」


「……すんません」


「そんなんだから彼女にフラれんじゃない?」


「……」



玲二は黙って横腹をさすった。



玲二と彼女は……あのあとは結局、修復不可能だったみたいだ。


まぁ、あれから挽回出来たとしたら凄いだろう。


もともと破局寸前っぽかったのも要因だろうけど……



「フラれたけど、俺……あんま気にしてないかも」



やっぱ玲二が一番の原因だよな。



「それが本気なら最悪」


「な……なんで?」


「玲二ってホントこども」


「何が?」


「でも中学生で女心全部わかってたらそれはそれで怖いから……普通……かな?」


「女心っつーか、付き合うってなんなんかが……未だに俺はよくわかんねぇ」


「……やっぱ子供。しばらく彼女は無理なんじゃない?」


「……」



玲二は拗ねた顔で口を尖らせた。


話もおちたところで、作業の続きを始めた。



コンロに火をつけようと思った時



「あっ!!」



玲二が声を上げた。



「ゆず!!忘れるところだった!!」


「んー、何?」



玲二は勢いよく、拳を差し出してきた。



……何か持ってる?


……なんかくれるのかな?


飴?



両手で受け皿を作った。


玲二はその上に持っていたものを落とした。



小さいけど確かな重さがあった。



「……鍵?」


「そう。うちん家の鍵、合鍵作ってもらえたから!!」


「……えっと」


「それに今日でゆずが我が家にやってきてから丁度一ヶ月記念!!」


「え」


「無くすなよ?」



玲二が私の頭に軽く手を置いた。



時間差で言われた意味を実感して、鍵を両手に包んだ。



玲二のその笑顔が兄貴みたいで


鍵を貰えたことで家族に近付けたようで



口元が緩んだ。



嬉しい。



ただいまと言っても、大丈夫……なんだ。



「……ありがとう」



一人は楽だけど、誰かが側にいて、誰かと何かを分かち合うものが増えていく温かさ。



私の両手の上から玲二の手がギュッと握ってくれた。



玲二と目が合えば、玲二も笑う。



「俺、ゆずでいっぱいだから、しばらくは彼女は無理かな」



……



ん?



言葉の解釈に困った。



「……私でいっぱい?」


「当たり前だけど、満さんよりやっぱ俺はガキだから。妹のゆず一人で精一杯だなぁって」


「……あぁ、"精一杯"ね」



危うく動揺するところだった。


子供で空気も読めない常識もない玲二相手に……。



「そこはさ……気楽に考えれば?若いんだから、彼女作りなよ」


「ん~、でも今んところゆずが何より大事だから」


「……」


「あ……俺、いいかげん制服を着替えてくる。着替え終えたら手伝うねー」



キッチンを出ていく玲二を見送った。



なんか……



今、さらっと……



すごいこと言い残していかなかったか?あいつ。



……


えっと


私は今、どんな気持ち?



えっと



えっと?



なんだか……



「里芋を出されたからって俺は簡単に心許したりしないからな!!」



遠くからよくわからない宣戦布告をされて、掴みかけた感情を取り逃がした。



姿を見せず、声しか聞こえない理一さんの言葉をはいはいと聞き流す。



鍵を天上の電灯にかざした。



一ヶ月記念……か。


長かったような、短かったような……



私は今、この家にとってどんな存在なんだろう?



友達とも違う。


家族ともまだほど遠い。



だけど慣れてきている。


そして受け入れ始めている。



理一さんの言動も


玲二の言動も。



温度が上がった油に入れて、カラッと焼き上がったら、普段着の玲二がリビングに戻ってきた。


理一さんも玲二の後からおずおずとやってきた。



「あ、ゆず!!兄ちゃん!!空!!」



玲二の声に窓へ目を向けた。



今日も綺麗な美人さんだったのだろうか。




『ゆず!!外見てみろ!!こっちの空も美人だぞ!!』




そんな兄貴の声が聞こえたような気がして、思わず笑いをこぼしそうになった。



けれど



「今日の夕焼け空、美味しそう!!」



玲二が笑顔でオレンジの空を指差した。



ん?


美味しそう?



理一さんも玲二にならって、ベランダの窓から空を見上げた。



「本当だ。こんがりだな」


「だろ!!今日の夕飯だ!!」



玲二の表現に驚いている私を差し置いて、須藤兄弟はほのぼのと会話をする。



「玲二…」


「ん?」


「今日の空は美人じゃないの?」



私の問いに玲二は一瞬きょとんとしたが、すぐまた笑った。



「今日は美味しそう!!」



美味しそう。



そう言われるとオレンジの空は美味しそうに見えてきた。



フッと笑ってしまった。



変なの。


空が美味しそうだなんて。



兄貴は空を今までそんな風に言ったことはなかったけれど、それで当たり前なんだ。


玲二は玲二なのだから。



私と玲二を繋げたのは兄貴の記憶装置すとれーじだけど


兄貴のストレージにはなかったものが……玲二との時間が少しずつ増えていく。


コロッケだったり


空だったり。



明日もきっと晴れだ。



「ん、出来たからお皿運んで」



玲二の明るい返事と理一さんの無言で食卓を囲う。



一ヶ月前よりも自然とここにいれている気がする。



明日もきっと一緒にいる。


少しずつ私のストレージが増えていく。



明日も明後日も


きっと



─二話完─

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