初めて見た夢
2話.5 初めて見た夢
呆然としていた女が口元を震わせながら、言葉を発した。
「やっぱり……二人は……。浮気?なんで?」
「え?浮気じゃないよ?」
玲二は至極、真面目な顔をした。
「だってゆずは妹だよ?」
……あ。
やっぱり言うんだ。
結局。
このタイミングかよ。
未唯は明らかに困惑している。
「な……何言って……」
「あ、血が繋がってるわけじゃないけど……う~ん、なんていうか……」
唸っていた玲二が言葉を見つけたようでパッと顔を明るくした。
そしてそのまま私の顔を見た。
「俺はゆずと家族になりたいんだ!!」
な
に
を
言っているんだ!?
叫びそうになったけど、玲二にずっと口を押さえられているから、ただ玲二を見ることしか出来なかった。
いい加減、息が苦しい。
未唯は眉間に皺を寄せたまま、ワナワナと震えが止まらない。
「家族……って、何?今の!?まさか……プロポーズ!?二人は結婚!?」
おいおいおい
それは話が飛びすぎだろ。
心の中の突っ込みも未唯に伝わるわけもなく、
「もう玲二なんか知らない!!」
そういって女は走ってその場を去っていった。
「未唯!!」
玲二は私を離し、一歩前へ踏み出したが、すぐに私の方へ振り返った。
「何がまずかった!?」
「……全部じゃない?」
あえて言うなら全部だ。
玲二は空気が読めないというか、乙女心もわかってない上に、常識というのも理解していないのかもしれない。
ただ隣に並び、玲二とその場を立ち尽くした。
こちらを注目していた周りの人達も、修羅場が終わったとわかったようで、また歩き始める。
「……あのさ、」
私から口を開いた。
玲二に聞きたいことがあった。
「玲二は、私とは血が繋がっていないことは……わかってるんだね」
「え……まぁ、そりゃあそれぐらいは」
「なのにさ、なんで『妹』とか言うの?」
玲二を見ずに、未唯が去っていた方をただ見つめていたが、玲二がこちらを見た気配は感じられた。
「ん?なんでって?」
「同居の提案してくれたり、私の為にバイトするとか言い出したり、ムキになってまで私のこと心配してくるし」
「うん」
「……ちょっと異常だよ」
「……そう?」
「だって私達、兄妹じゃないんだよ?」
「……」
「私……玲二のことは全然知らないよ?」
なのになんでそこまで?
隣にいる玲二に視線を流した。
『大切にしたいって思っている』って、どういうこと?
玲二は空を見上げていた。
「……異常か。……うーん」
「……」
「結局、さっき言ったことが俺の答えだと思う」
「え?」
「俺はゆずと家族になりたい……って思ってる」
「……」
「多分」
玲二は自分の胸あたりの服を握りしめていた。
「俺はさ、小さい時から心臓悪くて、親とか兄ちゃんとか家族はもちろん……先生とか同級生とかにも心配されて、気を遣われて……周りに守られながら育ってきたんだ」
玲二の昔。
考えみたら、そうか。
心臓が悪いから手術をしたんだから。
「俺……一丁前に、それが嫌で、中学校に上がって先生に頼んで、周りに病気ってこと内緒にしてもらうようにしたけど、あまり意味はなかった」
「……」
「周りから気を遣われなくなった俺は、自分のことを自分で守ることに精一杯になっただけだった」
「……」
「それに……内緒にしたって、いつも体育を休んだり、あまり無茶できない俺を見て、周りは理由は知らなくても何かあるだろうなって、勘づくしね」
いつも明るく、暗いことなんか知らないって顔をしている玲二は色々と考えていたんだって、少し驚いた。
「俺ってホント……自分の為だけにしか生きてないなって、なんか申し訳ないっていうか……」
玲二は私の顔を見ながら「ゆず」と名前を呼んだ。
「手術が成功した夜に、夢を見た。初めて見た……満さんの記憶。小さな女の子の夢を見たんだ」
玲二の言葉に、私は一つ呼吸を置いた。
「……私?」
「そう、ゆずの夢」
玲二は沈み始めた日を見ていた。
「目が覚めて、俺はその女の子を守ってやりてぇ……って、思った」
「……」
「そう思った瞬間、涙が出たんだ」
「え?」
玲二のその目が切なげにゆらゆらと潤んでいるように見えた。
「俺も……誰かの為に生きていいんだって」
「誰かの……為?」
「うん。自分の為だけじゃなくて、俺も誰かのことを考えて、誰かを守っていいんだ。俺なんかにも守るものが生まれるんだって……初めてそう思えたことに、泣けたんだ」
「……」
「つまりそれって……俺は一人で生きてるんじゃないんだって、思えたんだ」
玲二はお得意の笑顔を見せてきた。
「見た夢が、実は人の記憶で、その女の子が実在するんだって気付くのは、それから何日か先だったけどな!!」
「そう……なんだ」
「ゆず……」
「うん?」
「結局はさ、俺は自分の為にゆずのこと守りたいって言ってるのかもしんない……」
「……」
「でも守りたいって思える存在が、俺には必要なんだよ」
こいつはこんな町の道中でこんな真剣な話をよく気にせず、ずっとしていられるな。
空気を読めない。
こんなストレートな言葉をよく恥ずかしげもなく、はっきりと言えるな。
乙女心をわかっていない。
「俺はゆずと仲良くなって、ゆずのことを知って、ゆずを守っていきたい。満さんのようにはいかないけど……家族になりたい」
「玲二……」
「俺にはゆずが必要!!」
そして、こいつは常識というのを知らないらしい。
それが玲二。
「……そんな簡単に兄妹になれる?」
「ん~……なれるんじゃない?」
玲二がそう言うのなら、なれるのかもしれないと思ってしまった。
そんな玲二だから、私はお腹の空洞が埋まっていった。
私は、この埋まっていく感覚がほしかった。
「私は玲二と違って、玲二のことわかってないから大変だよ」
「別に満さんだってゆずを全部知ってるわけじゃないとは思うけど?」
「まぁ……そうだろうけど」
「俺だって俺に彼女いるってこと、兄ちゃんも多分知らないよ」
「え?」
「だって言ってないし、言ったら言ったで兄ちゃん『俺の彼女』ってワードだけで気絶しそうだし」
「……そうだね」
「知らないことなんて兄弟でもたくさんあるよ」
「……」
「例えば、俺もゆずの友達関係……あまり知らないし」
「あ……そうだね。兄貴にはあんまり話してないかも」
「だから満さんが知らないことは俺も知らない」
「……ねぇ」
「うん?」
「兄貴って彼女いたの?」
私に質問に玲二が何故か咳き込んだ。
「え?は?え?何、突然?なんで今それを聞くの?ってか、俺の口から言っていいの?」
「だって他に知りようないじゃん」
「……」
「……もしかして、玲二のその感じは……兄貴にも彼女いたの?」
「……」
「……いたんだ」
「……はっきりとは思い出せないけど……それっぽい人はいたみたい」
「ふーん、そっかー」
「うん」
「知らなかった」
玲二のことどころか、私も実の兄貴のことを全てわかっているわけじゃなかった。
キョウダイだからって、全部を知っているわけがない。
それも当たり前。
血が繋がっていても、ひとつ屋根の下にいても、お互いに知らない顔はあるんだ。
誰でも。
だから、他人だからって……いつまでも知らないままになるなんてこともない。
「玲二」
「……ん?」
「遅いとは思うけど、彼女を追い掛けてあげれば?」
「え?」
「あんな訳わかんないこと言われて……可哀想じゃん。行けよ、彼氏だろ?」
「でも……」
「玲二は女をわかってないなー。放っておかれるのは気に食わないに決まってんじゃん。そういうところがまだ子供」
「はあ」
遠くても、きっと近付ける。
方法は簡単だ。
家族でも他人でもそれは同じのはず。
「玲二の好きなもの」
「……え?」
「作ってといてあげるから、行っておいで」
「……」
「だから玲二の好きなもの、教えて?」
それは聞けばいい。
ただ、それだけ。
知りたいという気持ちがあるのなら簡単に出来るはずだ。
近付きたいと思うなら、それだけで自ずと行動に表れる。
そうした積み重ねが、また絆になるのなら…
「コロッケ!!」
笑顔でそう答える少年と、もしかしたら本当に兄妹になれるのかもしれない。
そんな風に考えるなんて、私もすっかり、玲二のストレージに侵されている。
玲二と一緒にいると感じるこの温かさが、一体どんな風に変わっていくのだろう。
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