二話

年下の兄貴

2話.1 年下の兄貴

─二話─


「結局住んでるの!?中学生くんの家に?マジで!?」



本気で驚いたって顔をする彩花はスマホを打つ手も止めて、こっちを見た。


ファミレスでバイトの求人誌を広げながら私は頷いた。



「うん。とりあえず次の家に引っ越せるお金が貯まるまで、住まわせてもらえるようになった。」


「へー…ちょっと話聞かない間にすごいことになったのね。」


「まぁね。」


「…お金ないっていうけど、ぶっちゃけお兄さんからの遺産ってのないの?保険金とか…」


「うちの兄貴が大金残してるわけないじゃん。まぁ、借金ないだけマシだけどね…」


「確かに。」



向かいに座る彩花はアイスティーを飲みながら、私と一緒に求人誌を眺めている。



「でも大丈夫なの?」


「何が?」


「その中学生の…」


「玲二ね。」


「玲二の家にはあの面白いお兄さんもいるんでしょ?」


「…」



面白いという解釈は気楽に考えすぎだ。


理一さんのエピソードは結構そのまま伝えたつもりなのに、彩花の脳内ではどうなってんだ。



理一さんのあの女嫌いは病気だよ。



それでも玲二が説得してくれたから、なんとか住まわせてもらえるようになったんだけど。


行き場のない人間を無下には出来ない…と、理一さんもさすがに考えてくれたらしい。



「ゆずも気をつけなよー?そんな若い男二人と一つ屋根の下なんて一応危ないし。襲われた時の対処法とか伝授しようか?」


「何よ、この前もし彩花だったらどうするって聞いた時は『住む!!』って即答だったくせに。」


「あれは妄想範囲のギャグじゃん?リアルとはまた話は別でしょ?」



…確かにそうか。


今思うと、私も結構きわどい橋に挑戦してしまったものだ。


いくらその時困っていたからとはいえ…。



「でもいくら困っていたからって、他人を居候させてくれるって凄いね。ゆずと少年くんってどんな繋がりなの?」



飲みかけの紅茶を吹きそうになった。


少し咳き込んでから、チラリと彩花を見た。



「えっと…えっと…玲二…は、兄貴の…」


「お兄さんの?」


「……兄貴の知り合い。」


「……ふーん?」



…無理があったか?


そりゃあ、中学生の玲二ともうオッサンの兄貴が一体何の知り合いなんだ?と聞かれたら私も困る。


てか居候なんて、たかが知り合いぐらいの関係でなかなかさせてもらえるもんじゃないしな。



彩花は疑いながらコッチを見たけど、「ふーん…」とだけ答えて、それ以上は追及してこなかった。



彩花とは高校生の頃からの付き合いで、結構なんでも話してきたが、こればっかりはそのまま伝える勇気がなかった。



彩花を信用してないからとかじゃない。


逆に言っても信じてもらえる自信がないだけ。



だって私と玲二の関係


…それは、



「…ゆず、電話鳴ってる。」


「えっ、…あぁ。」



彩花に促されて着信音が止んだスマホを開けた。


玲二からのメールも1通来た。



学校終わったみたいだ。



「じゃあ彩花、また明日。」


「うん、なにか困ったことあったらいつでも言いなよ?」


「うん。」


「あと面白いこともあったら教えてね~。」


「…」



彩花はイイ奴なのかヒドい奴なのか…


いや…イイ奴なんだけどさ。



呆れながらも彩花に手を振り、ファミレスをあとにした。



そして玲二と待ち合わせしている駅前のコンビニへ向かった。



玲二の家に住むようになって一週間経ったが、まだ鍵を貰っていない。


まぁ…たかが居候の身だから当たり前か。



それで一人で帰っても閉め出しになってしまうから、こうして玲二と一緒に帰っているのだ。



目的地のコンビニに入ろうとしたら二人組の女子高生が出てきた。



「あ…見て見て!!空、チョー綺麗じゃない?」


「ホントだ!!やばい!!」



二人は夕焼け空に向かってスマホで写真を撮り出した。


カシャカシャッという音につられて、私も空を見上げた。



茜と黄と夜空が始まる紫と紺。


雲も様々な色を含んでいて絵画みたいだ。



("綺麗"…じゃなくて、この空は…)



思い出の中の兄貴が空を仰いだ。




『あ…ゆず。見てみろ!!』


『ん?』


『今日の空は…』



…ー



「"美人"だね!!」



突然、少年の声が思い出の中に割り込んできた。


隣を見上げると、ニパァッと笑う玲二がいた。



「お待たせー!!」


「…別に待ってない。コンビニにも入ってないぐらいだし。」


「だね。空見てたもんな!!」


「いや…見たくて見てたわけじゃ…」


「今日の空はなかなかの"美人さん"だもんなー!!」



玲二のその言葉は思わずクスッと笑ってしまった。



「うん…そうだね。」



兄貴は綺麗な夕焼け空を"美人"と比喩すことが多かった。


玲二もきっと同じようにそう表現してくれると思った。



ポケットに手を突っ込んで歩き出す。



「玲二ってホント兄貴みたいなこと言うよね。」


「みたいじゃなくて、」



玲二は一歩分だけ私より前に出て、笑いかけてきた。



「俺はゆずの兄貴なんだって。」



彩花にまだ言えない私と玲二の関係。


それは不思議な兄妹の関係。



兄貴の心臓移植した玲二は兄貴の記憶も一緒に持つようになり、


疑似兄貴!!……みたいな感じになっている。



最初は私も否定していたけど、



「あ、ゆず!!柿ピー買って帰ろうぜ!!お前、好きじゃん?」



今では何も言わなくても私をわかっている記憶装置ストレージは居心地の良さを感じている。


新しい人間関係を作るのが苦手な私としては、みんなも兄貴の心臓だったら楽なのに…なんてむしろ思う今日この頃だ。



少し前までお互いを知らなかった他人が私の昔のことまで知っているって、結構不思議だけどね。



ん?


玲二への心不全はどうしたのかって?



ない。



あの時は…あれだ。


玲二がやけにお兄ちゃんに見えて、ビックリしてドキドキしたというか…。


むしろ安心したからドキドキしたというか…。



つまりたまたまだ。


そうに違いない。



突然、玲二が口元を押さえてプププと笑いだす。



「ゆずって柿ピーの袋、開けるの下手で爆発させるか、『開けてー』って満さんに頼むかだったよなぁ。」


「…はあ?…爆発なんて昔一度だけだし!!だいたい、あんたの前で食べたことなんてまだ一度も…」


「それか袋のビニールが伸びるだけ伸びるのにそれでも開かないとか。」


「…それはする。」



しかし余計な記憶まで受け継いでいるらしい。


それはムカつく。



「あ、ゆず。俺はチョコクランツも買ってほしい!!」


「…え?もしかしておやつって私が買うの?」


「ごちそうさまでーす!!」


「おい。」


「だって俺、今月の小遣いもうないし。」


「あのね、」


「買ってほしいな。チョコ食べたいな…」


「…」



大きな瞳は目尻を細めて最上級の可愛さで笑った。



…多分私は、玲二のおねだりを聞き入れちゃうだろう。



知り合ったばかりの他人だけど、私の全てをわかってくれている。


兄貴だけど、可愛いく私に甘えてくる。



そんなアンバランスな玲二は私の年下の兄貴だ。

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