不自然な鼓動
1話.6 不自然な鼓動
◇◇◇◇
数週間後…ー。
荷物を抱えて、駅前の待ち合わせ場所まで行った。
待ち合わせの約束のお相手は…
「ゆず!!こっち!!」
玲二がこっちに向かって手を振ってきた。
その爽やかな笑顔に若い女の子が数人、玲二に注目している。
やっぱ玲二って他の子から見ても格好良いんだ…
年上の私から見ても可愛いもんな。
そんな玲二と何故、待ち合わせをしたのかというと…
玲二のおかげで、兄貴が残した荷物整理を終えることが出来た私は、今日引っ越しをするのだ。
「わぁー…荷物重そうだね。」
そう言って私の姿を眺める玲二は今日の引っ越しを手伝ってくれる。
ーと、いうより…
「ホントに私が行って大丈夫なの?理一さん、ホントにいいって言ったの?」
「うん!!問題ないって!!むしろそんなに困ってるなら、早くうちに来いって言ってたよ。」
何を思ったのか、結局私は玲二の家にお世話になることを決めてしまったのだ。
一番の理由は来月からの家賃を払えないというものだ。
今までの家は兄貴が働いてくれたから生活出来たけど、学校に通いながらバイトをする私はもう少しスケールダウンした家に住まないと無理だ。
だからといって、すぐに引っ越しする資金もまだない。
そんな時に部屋の整理を手伝ってくれた玲二がもう一度、私を誘ってくれたのだ。
玲二は駅から自分の家まで案内すると言って、歩き出した。
「それにしても…最初の時はあんなに全拒否してたのに、ゆずが『お願いします』って返事した時は聞き間違いかと思ったし。」
玲二の言葉にビクッとなった。
やむを得ない状況だったとはいえ、私もそう言ってしまった自分にはビックリした。
兄貴の記憶を持つ玲二と一緒にいるのは、どこか居心地がいいのだ。
だからつい頷いてしまったのかもしれない。
…多分。
だけど急いで言った。
「次の家の引っ越しまで…少しの間、お世話になるだけだから。すぐに引っ越すし、出来るだけ迷惑かけないようにするから。」
「そんな遠慮しなくていいよ。うちだと思ってリラックスしてよ。」
「遠慮じゃなくて…あ、食費とかもちゃんと出すから。」
「うーん…ゆずって口も悪いし、なんか怖いのに、変なところ真面目だよね。」
「それは喧嘩売ってる?」
ジロリと睨んだけど、玲二が嬉しそうにニコニコしてるから、それ以上は何も言わなかった。
「でも…理一さん、ホッントォォ〜に何も言わなかったの?」
「何をそんなに気にしてんの?」
「だって極度の女嫌いっぽかったじゃん。」
「大丈夫。ゆずに女の色気は無…」
「なんか言った?」
「いや…うん。あれだ。女嫌いだから兄貴がゆずを襲う心配はないし。」
「…まぁそれはそうだけど。」
「それに特に何も言ってなかったし、ホントに。ん、着いたよ!!ここ!!」
玲二に言われたマンションを見上げた。
…なんか結構良いマンション?
デザイナーズってやつ?
部屋とか広そう。
すごそう。
部屋が余ってるって聞いたけど、なんかホントなのかも。
「じゃあ行きますか。」
「うん。」
オートロックを開けた玲二に案内されて、エレベーターに乗った。
「部屋は503号室だから。覚えといて。」
あ…そっか。
私はこれからここに住むから、道とか部屋とか覚えておかないといけないのか…。
今になって、一緒に住むってことを理解したような気分だった。
玲二はたどり着いた自宅の扉を開けた。
「ただいまー。」
玲二からワンテンポ遅れて、私も家に入った。
「…おじゃまします。」
「ゆず、違う違う。」
「は?」
「ただいま。」
「…」
「『ただいま』でいいんだよ。」
玲二はやっぱり楽しそうに笑う。
だから小声で呟いた。
「……ただいま。」
「うん!!おかえり!!」
私はもしかして玲二の笑顔に弱いのかもしれない。
恐ろしい子だ。
「とりあえず荷物置いて!!まず空いてる部屋に案内するし、そのあとトイレと風呂場と…」
玲二の説明の途中で遠い廊下の先…多分リビングから声がした。
「玲二!!帰ってきたのか?」
理一さんだとわかって、少し緊張が走る。
最後に会ったのがあの最悪な初対面の時だからな…
でも玲二は大丈夫って言ってたから…いいのか?
私が色々と悩んでるのも玲二は知らずに声を張った。
「ただいまー!!ゆず、連れてきたぁー!!」
すると扉が開いた。
休日だから玲二と同じく私服姿である理一さんが出てきた。
「あぁ…今日だったか。」
あ…なんか普通?
ホントにOKっぽい。
どうやって説得したんだろ。
理一さんがこっちにやってくる。
「玲二から話は聞きました。大変でしたね。こちらはいつでも居てもらって結構ですから、どうか気楽に我が家に居てください。」
…すげぇ普通。
前の人とは別人かと疑いたいほどだ。
「はじめまして、わたくし玲二の兄の……」
ここまで来た理一さんはハッキリとこっちを見て、私と目が合った。
数秒見つめ合っても、理一さんは言葉の続きを言わない。
…………え?
何事?
「あの……」
声をかけた瞬間、
理一さんは後ろへ卒倒した。
「えぇぇっっ!?」
ビックリして、思わず叫んだけど、理一さんもうつ伏せになってすかさず叫んだ。
「女!?居候させたいって奴は女なのか!?というよりこの人、前のドナーの家族の人じゃないか!!!!」
玲二はエヘッと笑った。
「え?言ったじゃん。」
「聞いてない!!!!聞いてないぞ、俺は!!!!」
玲二さん…
伝わってないじゃん…
全然大丈夫じゃないじゃん!!
ダメなんじゃん、やっぱり!!
…というか、私と目が合うまで私を見てなかったのか?
唖然としている私の隣で玲二はケラケラ笑いながら、靴を脱いだ。
「あれ?俺、ちゃんと言ったよ?」
理一さんは上体を起こして、玲二に向かって叫ぶ。
もうこっちは一切見ようとしない。
「言ってない!!俺は身寄りがなくて唯一の兄も亡くして、行き場に困っている『とだ ゆずる』くんって…」
「あははは、ちゃんと聞いてたじゃん。」
玲二は玄関で呆然と立っている私に手を向けた。
「こちら、
「ゆ…ゆずるって…男じゃ…」
「兄ちゃん、これが男に見える?確かに女に見えないところもあるけど、」
おい。
どこまで失礼なことを言うんだ。
玲二はこっちの殺気にも全く気付かず、理一さんに向かって話しを続ける。
「いいだろ?ゆずが困ってんのは事実だし、もうアパートも出払うからマジで行く宛ないんだって!!」
「だ…だからって、女だぞ!?」
「俺も気をつけるからさ!!兄ちゃんだけが頼りなんだよ!!頼むよ!!」
「…し…しかしだな、」
なんか犬を拾っちゃった時の説得っぽい。
やっぱり私が住むのはやめた方がいいんじゃないか?
この場に困って、玲二を見上げた。
ふと目が合った玲二はいつもの可愛い笑顔を見せた。
「心配すんな!!大丈夫だ!!ゆずは俺が守ってやるから。」
……
なんて無垢な笑顔か。
玲二は兄貴とはまた違った純粋な真っ直ぐさがあるんだな。
これは年下だからかな。
“守ってやる”
…
トクン
…え?
トクン…トクン…
いやいやいや。
待ってくれ。
なにこれ?
玲二は兄貴の記憶からそう言ってるだけなんだ。
何を反応してるの、私。
一人で焦っている私をよそに、目の前の兄弟達は言い合いを続けた。
兄貴なんかに…
ましてや
よくわからない
年下の少年に
恋するわけがないんだ。
絶対に…
そんな奇妙な少年との生活が始まった。
─一話完─
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