タブー

1話.4 タブー


「あ…あのさ、私と玲二は血の繋がりもないんだし、一緒に住む理由はないじゃん?」


「…うん?」


「それにジシキカジョーじゃないけど、私も一応これでも女なわけで、そんな男二人がいる家で生活したくはないの、わかる?」


「…妹を襲う趣味はないよ?」


「…………まぁ百歩譲ってもう妹ってことでいいけど。玲二は大丈夫でもお兄さんも大丈夫な保証はないじゃん。だからそんな説得しなくていいよ。つーか住まないよ。」


「…兄ちゃんも大丈夫だと思うんだけどな。」


「まぁ、そういう問題じゃなくて、そもそも私は…」



私のクドクドとした説明も玲二は聞いてない。


話の途中で玲二は明らかに視線を遠くに投げた。



「あ…来た来た!!こっち!!」



玲二は入り口に向かって手を振った。


だから手を振る方を見た。



…が、それらしき人は全然見当たらない。


誰もこっちに近付いてこない。



「玲二……どれ?」


「うーん…やっぱダメか…。」


「……え、何が?」



玲二が指差した先をもう一度見ると、入り口のあたりでこっちを見ながら棒立ちしている眼鏡の男性がいた。



「えっと…、あのスーツ着た真面目そうな人?」


「そう。あれが兄ちゃん。」


「なんでこっちに来ないの?」



玲二は何故か苦笑いをしている。



「多分ゆずがいるから?」


「は?」


「兄ちゃん、女は無理なんだ。」


「無理?」


「喋れない触れない付き合えないの三重苦。」


「え……それをわかってて、なんでココに呼んだの?」


「ゆず相手なら大丈夫かと思ったのに。」


「なんで?」


「ゆず、あんま色気がないからさ。」


「…待て、今何て言った?ん?」


「えっと……ゆずの胸ってつるぺただから、」


「誰が具体的に言い直せと言った!?」



怒りを堪えながら玲二を見たが、玲二は私なんか無視して、やっぱり兄の方をばかりを見て、手招きを繰り返している。



ようやく玲二の兄はぎこちない歩きでこっちにやってきた。



二人で座っているテーブルまで来た玲二の兄は視線だけ私に向けたあと、玲二の方を向いた。



「玲二。いきなり呼び出してどうした?この方は?」


「まぁまぁまぁ、とりあえず座りなよ。」



玲二は椅子を引き、兄を座らせた。



「この子はゆず。ゆず…こっちは俺の兄ちゃん。」



玲二の軽い紹介に私も玲二の兄に向かって軽く頭を下げた。



「こんにちは。」


「…」



顔を上げると玲二のお兄さんは一切こっちを見ていなかった。



「あの…?」



目が合うように首を傾げて下から顔を覗いた。


目が合ったとたん、相手はビクッと後ろにのけぞった。


こっちが戸惑っていると、お兄さんは深呼吸を繰り返したあと、短く息をついた。



「ーッッ。はじめまして私須藤理一すどう りいちと申します玲二がお世話になっております本日はどういったご用件でしょうか」



恐るべき棒読みの早口で、玲二の兄という理一りいちさんは一息でそれだけ言った。


全然こっちを見ない。


女が苦手というのは本当らしい。



玲二と似た顔立ちで端正なのに…


ただ玲二の柔らかい雰囲気と反して、キリッとした感じだ。


黒髪に眼鏡にスーツと人によっては野暮ったくなりそうなのに、その顔とスタイルのおかげで、知的な美形といった印象だ。



モテそうなのに女が苦手って…大変そうだ。


モテるから苦手なのかな、それとも。



まじまじと観察していたら



「ど…どど…どういった、ご用件…で、です…か?」



理一さんがドモりながらもう一度聞いてきた。



どういったご用件って言われても…何もない。


玲二が一人で同居を提案してるのであって、私は説得するつもりは全くないし…。



「用件って、私は別に…」


「うっ…、えっ……と、」


「…」



そのことを伝えようにも喋り出したら、理一さんは玲二を見ているのか、窓を見ているのか…ともかく一切こっちを見ずにカチコチである。



チラッと玲二を見たら、こっちの心中がわかったのか眉をハの字にしながら笑って溜め息を吐いた。



「兄ちゃん。」


「なんだ?」


「ゆずは俺のドナーだった人の妹なんだ。」


「……え?」


「それでさ、ゆずをウチに住まわせたいんだ。」


「…」


「だから兄ちゃん、」


「玲二、黙ってなさい。」



え…


理一さんが初めてこっちを見た。



若干おどおどと怯えながらだけど、なんか…睨んでる?



「この度は大変お世話になりました。おかげさまで弟はこうして健やかに生活することが出来ています。」


「…はい。」


「しかしそれで我が家に来たいというのは一体どういう了見なんでしょうか?」


「え?」



口調は堅いが、突然にべらべら話し出したのに驚いた。


しかも言ってる話が見えない。



「あなた様のご家族の臓器提供には大変感謝しておりますが、何が目的なのでしょうか?」


「…言ってる意味が、」



理一はなおも早口でキツい口調のまま話す。



「こう言っては失礼ですが、その恩を売って何かを狙っているんですか?言っておきますが、うちから大したお金は出てきませんよ。」



はあ?


お金!?


なんで?



「それにうちの弟のドナーがあなたの家族だったって証拠はあるんですか?そういった情報は普通、公開されないはずでしょう?なんでうちの弟のことを…?どうやって調べたんですか。」


「…」


「仮に偶然にうちの弟のドナーだったと知ったのだとしても、ドナー家族が受取人レシピエントに会うことは基本的に禁止とされているはずです。」


「…」


「ご家族がお亡くなりになられたことは心中ご察しいたします。しかしそれは弟のせいではないということだけ、ご理解ください。」



理一さんが頭を下げた。



「これ以上、弟には何もしないでください。」


「…」


「長くは生きられないはずだった弟が奇跡的に治ったんです。弟には幸せになってほしい…だから…」



兄貴が死んだ私が心臓を受け取って助かった玲二に何か逆恨みをするかもしれないってこと?


…バカらしい。


そんな必死に何を勘違いしてるのだろう。



冷めた気持ちで立ち上がり、理一さんの頭を見下ろした。



「何もしません。」



玲二も理一さんも「え?」とこっちを見た。



「お金目当てなんかでもないし、何も企んでません。心配しなくてももう現れませんし。」



玲二が何かを言う前に歩き出した。


飲みかけのココアも無視してお店を出ていった。



はぁーあ。



疲れた。



最初からこっちは何もする気なかったっての。


玲二が勝手に話を進めてただけなのに。



歩みを止めずに歩道を進み続ける。



先ほどの頭を下げた理一さんを思い返した。



……あれが兄の姿ってやつだね。



助からないはずだった弟が助かれば、そりゃ必死に守るよな。



…兄の姿。



『ゆず!!あのな、この前の研究結果でな、』



うちの兄貴とは大違いだ。


うちの兄貴はいつもヘラヘラしてて、よくわからない研究に夢中で…


そして…




嘘つき。


『ゆず。』



いつも笑ってて…



『ゆず!!』



私の名前を呼んで…



「ゆず!!!!」



自分の名前がリアルに耳を付いた。



「ゆず!!」



現実世界で腕を引っ張られた。


息を切らせた玲二がいた。


歩道の真ん中で玲二と向き合った。



「ゆず…あの、」


「何?」


「ごめん!!兄ちゃんが…」


「別に?」


「俺…ドナーの家族と会うのがダメって知らなくて…」


「あぁ…大丈夫。私も知らなかった。それに難しくて、理一さんの言ってることがちょいちょいわからなかったし。」


「ゆず…俺、」



玲二に掴まれている手をゆっくり外した。



「別に傷付いたとかないし、お兄さんが言ってることは多分正しいんじゃない?」


「…え?」



わざとニッコリと微笑んでみせた。



「お兄さんに大事にされてるじゃん?よかったね。」


「…」


「せっかく手術に成功したんだから、素直に周りに守られながら、これからの人生楽しみなよ?」



玲二の肩を軽く叩いた。



「じゃあね。」



最後の言葉を言って、玲二から離れた。



玲二はもう追いかけてこなかった。



家へ帰ろう。



これで晴れて面倒事も綺麗になくなった。



だから帰ろう



誰も待っていないアパートへ。

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