可愛いモンスター
1話.3 可愛いモンスター
「俺も最初はよくわからなくてさ!!夢見る度に『戸田満』になって、やけにリアルな思い出ばかり見るし。」
心臓移植を無事に成功させ、先月に退院したという須藤玲二・中学三年生はファミレスでご飯をがっつきながら、説明してくる。
彼の言い分はわかったが、やっぱり言ってることが信じられない
…というより怖い。
中学生とはいえ、体格差で万が一何かがあっても力負けするのは目に見えたから、話を聞くのに部屋にはあげたくなかった。
だから近くのファミレスまで移動したのだ。
私は黙って紅茶をすすった。
「だからゆずの存在は前から知ってたけど、ちょっと信じられなくて…。そしたら今朝の夢で住所思い出せたから、部活帰りにやってきたんだ。ゆずの…」
「その…馴れ馴れしく『ゆず』って呼ぶの、やめてくれない?」
須藤玲二は自分の口の手前でハンバーグを止め、そのまま私を見た。
するとナイフもフォークも皿の上に置いてしまった。
ちょっと言葉、きつすぎた?
でも私からしたら、30分前に会ったばかり年下の(しかもちょっと怪しい)男の子から名前を呼び捨てされるのはなんだか気味が悪い。
というか、何のために会いに来たの?
須藤玲二は真剣な面持ちでテーブルに手を着いて、身を乗り出した。
「ゆずも馴れ馴れしく『お兄ちゃん』って呼んでくれてもいいよ?」
「…えぇ?」
「恥ずかしかったらいつもの『兄貴』でも可!!」
あー…
『怖い』だったのから『生理的に受け付けない』に変更。
カバンからサイフを出してお札を3枚、テーブルに置いた。
「あんたの言いたいことはわかった。でもあんたが兄の記憶を持ってるかなんて疑わしいし、たとえ持ってるとしても、やっぱり兄でも何ともないから…あんたに私は用はないので。じゃあ!!」
キョトンとした顔で聞いていた少年を尻目に立ち上がり、お店を出ようとした。
すると呑気な声が飛んできた。
「うん!!じゃあね!!またね~!!」
は?『また』って言った?
店を出る自動ドア目前で足を止めて、少年のところまで引き返した。
「だから…はぁ。人の話聞いてた?私はあなたに用はないの。『また』なんて無いの。」
「いや…でも俺は会いたいんだけど…」
「そっちが用あるなら今、ココで!!早く言ってくれない?」
玲二はフォークを揺らしながら「冷てぇーなー…」と口を尖らせた。
「満さんが亡くなったから、今の家から引っ越すつもりなんじゃね?ゆず。」
「…だから?」
「だったら俺ん家来いよ!!」
ダッシュで逃げた。
…ー
専門学校の講義中だけど、なんとなく昨日のことを思い出した。
…つーか、今考えても怖っっ!!!!
同居の勧誘!?
あの子は一体何がしたかったの?マジで!!
それにやっぱ信じられない。
確かに私の名前と住所を知ってたみたいだけど、兄貴の記憶を持ってる証拠にはならない。
何かの経緯で知ってるだけかもしれない。
そもそもあれは兄貴じゃない。
一体、何が目的で…
その時、ハッとした。
「ス…ストーカー!?」
「…何が?」
スライドのために暗くした教室で呟いた一人言は先生には聞こえなかったが、隣にいた彩花(アヤカ)には聞こえたらしい。
講義も終わり部屋が明るくなってから彩花に聞いてみた。
「彩花…」
「何?マジでストーカーとかの悩みなら話聞くけど。」
念入りのメイクとヘア、派手な服を好むギャルな彩花だけど、こういう時は真剣に話を聞いてくれて頼りになる。
いい子だ。
姉御って感じ。
「いや、ストーカー発言は一回忘れて。そうじゃなくてさ、」
「うん。」
「例えば家に突然男子中学生がやってきてさ…」
「うん。」
「それでその子が……、その…、私の兄弟だって言ってきて、」
「え?何それ義理の?それとも生き別れた系?」
「その設定はよく知らないけど、」
「あ!!ちなみにその男の子って可愛い?」
「あー…まぁ可愛いし、格好良い感じ?学年問わずモテてそうな…」
「ふーん、なるほどね。あ…いいよ、話続けて?それで?」
「あ、うん。それでその中学生に『一緒に住まない?』って言われたらどうする?」
「え!?何それ!?住むし!!」
「…即答かよ。」
「住むよ!!だって可愛い男子中学生との同棲でしょ?いいじゃん!!何それ、おいしい設定!!迷わず住むよ!!」
「…そういうんじゃないんだけどなー。」
「あ…でも中学生だったら親も一緒の可能性アリか。そう思うと急に微妙になってきた。」
「あ…そっか。」
普通、親も一緒だよね。
なのに『一緒に住もう』って提案してるわけ?
それって親も既にOKって言ってるの?
余計にワケわかんない。
何が目的なんだろう。
彩花は毛先を指で遊ばせながら首を傾げた。
「そんでゆずは何て答えたの?」
「何が?」
「『美少年とのドキッ、ポロリもあるよの同棲』のお誘いに対して。」
「…私、そんな面白い話してたっけ?」
半ば呆れながら帰る準備をした。
ブラインドから漏れる西日が眩しい。
…帰ってから部屋の整理の続きしなきゃな。
とりあえず一人盛り上がっている彩花を放っておいて、教室を出た。
彩花も「ちょっと!!無視すんなっての!!」と一緒に教室を出た。
下りるエレベーターの中で、明日行われる実習について彩花と喋りながら、スマホをいじる。
兄貴もいなくなったし、引っ越しもしないといけないからお金が足りない。
スマホ解約しようかな。
でもスマホがないと死ぬ。
そうなるとバイト増やさないと…。
「来週には実習先に電話しないといけないよね…。ゆずは提出物書き終わった?」
「書いたよ。彩花がまだ書いてないって珍しいね。なんかあったの?」
「それが聞いてよー!!」
彩花と喋りながら、色々考えてたから、周りなんか見てなかった。
専門学校のビルを出た歩道に居た人なんて、見てるわけがなかった。
「ゆず!!」
だから名前を呼ばれるまで気付かなかった。
「ゆず!!」
「…え?」
「よかった、早めに会えて。」
そこには昨日の学生服少年が屈託のない笑顔を見せていた。
私は「ひっ。」と顔を歪ませた。
なんでいるの!?
なんで私の学校わかったの!?
先に反応出来たのは彩花だった。
「お~、カッコ良い~!!何々?この子、ゆずの一体…」
頭が大パニックで何も言えない私を見て、彩花は一人で「あっ!!」と手を打った。
「あー!!君が噂の同棲強制希望の美少年ストーカーの…わぷっ!!」
素早く彩花の口を塞いだが、玲二は「俺ってひどい言われ様!!」とケラケラ笑った。
玲二はそのあと小首を傾げて彩花に上目遣いをした。
「お姉さん?ゆず、借りてもいいですか?」
え?
「あ、どーぞどーぞ。」
……彩花の裏切り者。
どう見ても面白がってるし。
私の言い分も無視して、彩花は「詳しくは明日聞かせてね~」とサッサと行ってしまった。
チラリと玲二に視線を向ける。
それに気付いた玲二はニッコリと笑いかけてきた。
う…可愛いな。
「ゆず!!元気?」
「……昨日会ったばっかじゃん。」
というより、あなたに会うと元気もスリ減るんですけど。
「あとひとつ言っとくけど、俺はストーカーじゃないから。」
「…じゃあ何なわけ?」
「ゆずのお兄ちゃん!!」
「…」
笑顔は可愛いがものすごく痛い!!
でもその笑顔は自分よりも幼くて無垢であるのは確か。
横いっぱいに口を広げて笑う玲二はただの中学生だなって思う。
お兄ちゃんと言っても年下。
そして年下と言っても一応中学生。
小さな子供でもない。
もう諦めてきちんと穏便に話して、もう来ない様に納得してもらうしかないか…
「玲二…くん?」
「『兄貴』でいいのに…。ま、いっか!!俺の名前呼ぶなら呼び捨てでいいよ。『くん』とかいらない。」
「…玲二。」
「うん!!何?」
「とりあえずどっかお店に入ろう?」
今は忙しい。
片付けもしないといけない。
だからこそ、とことん話をしてやって、早いとここの少年には帰ってもらおう。
すぐ近くにあったスタバに入った。
小さなテーブルにお互い向かい合ったところで話を切り出した。
「……あのさ、私はまだ心臓移植で兄貴の記憶を持ってるってのは信じられないんだけど、」
「なんで?ゆずは俺の妹なのに?」
「あー…うん、だからね?そんな風に言われてもこっちも戸惑うばかりだし、それは玲二も一緒でしょ?」
「…」
「いくら兄貴の記憶があるからって、ちょっと前まで私のことも知らなかった赤の他人に、そこまで感情移入できるもんじゃないじゃん?つーか、しなくてもいいから。」
「でも…ゆず困ってんじゃないの?」
「は?」
「父さんも母さんもいない、どっか親戚に引き取ってもらえる宛はあんの?」
「いや…私も18だし、高校も卒業してるから普通に一人暮らし出来るよ。」
「言っても未成年だろ!?」
お前もな!!と心の中で突っ込んだ。
「親戚の家に行ったって…人見知りのゆずが落ち着いて生活出来るの?」
「話聞いてる?だから一人暮らしするって。」
「それもお金かかるし、だから俺ん家に一緒に住めば解決じゃね?」
「親戚の家よりも落ち着かないわ!!」
「へ?なんで?俺ん家だよ?」
長く深い溜め息を吐く。
ダメだ…
こいつ…話が噛み合わない。
これがジェネレーションギャップってやつ?
いや…違う。
くそ、一人ツッコミしてしまった。
なのにこいつは呑気にカフェオレ飲んでるし…。
「とりあえず、私は大丈夫だから。わざわざ心配しなくてもいいし、一緒には住まないから。」
「遠慮しなくていいのに。」
「だ・か・らぁー!!」
くそっ、空気読め。
さっきから会話が堂々巡り。
何故そんなに一緒に住みたがる?
どう言ったら断ってるのが伝わるんだか…。
ふと彩花との会話を思い出した。
「…ねぇ、このことは家族は何て言ってるの?」
「へ?何が?」
「私と同居はOKって言ってるわけ?」
「いや、まだ何も言ってない。」
「はい?」
「許可ないけど、なんとかなるだろ。」
なるわけないだろ。
私の無言のツッコミも虚しく玲二はニコニコと話しを続ける。
「家族っつっても俺んところも兄ちゃんと二人暮らしだし。」
「…え?」
「あ、父さんと母さんは生きてるよ?二人とも忙しく海外飛び回ってるだけ。」
「あ…そう、よかった。」
「うん。」
「…」
「とは言っても兄ちゃんって学校の先生やっててさ、頭固いところもあるから説得するのに苦労するかもしんないけど…」
「ん?説得?」
「でも俺もほとんど兄ちゃんに育ててもらったようなもんだし、ゆずの話聞いたら、きっと共感して『いいよ』って言ってくれるよ。」
「ちょっと待って…玲二くん?」
「さっき兄ちゃんにここに来るよう連絡しといたからさ!!」
「来るの?ここに?今から?」
「兄ちゃんがいいよって言ってくれたら、いつでもうちん家に来ていいからな!!ゆず!!」
…私はあなたの家に住むとはまだ一言も言っていないんだが?
可愛い笑顔の彼がとてつもないモンスターに見えてきた。
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