第11話
父は、そんな従順になった華奈を見て、内心では安堵していた。
リビングで反論され、そのままこちらを見下していた華奈は、まるでそのまま父から離れて行ってしまうような態度に感じられた。華奈を自分の物にしたい。束縛して、手元に置いておきたい。そう願う父は、こうして再び自分の元へ戻ってきた華奈に対して、今再び優越感を抱いた。
結局、こいつは俺がいないと駄目なんだ。一人では生きていけないと、ようやく理解してくれた。俺の価値に気付いてくれた。父は足元に縋りつく華奈を、今や満足げに眺めている。
「お前は俺の物だ。そうだろ?」
そう言われた華奈は、たまらなく嬉しい気持ちになった。もう自分は誰にとっても必要ではなく、その時が来れば捨てられるだけのような存在に思えていたところへ、父がこうして自分の物であると言ってくれる。華奈は胸の中に暖かい何かが灯るのを感じ、現実から目を背けてそれを大事そうに抱えるしかなかった。
「はい……わたし、お父さんの物です。だから、わたし、頑張ります。だから、これからも家においてください」
その場にぺたんと座り込み、離すまいと父のズボンを両手で握りしめた華奈は、媚びるような視線を父へと送る。
華奈は、今この瞬間、初めて『愛』というものに触れた気がした。それまでずっと、誰かから愛されていなかったと思えるほど、父から求められた瞬間が心地良く、父の言葉一つで、胸の中を埋め尽くしていたどす黒い気持ちも、霧消するようだった。
母を亡くし、行き場を無くしてこの家へ来て、辛い日々を過ごしていた華奈は、今も尚家を追い出されるかも、父に捨てられるかもという恐怖は感じているが、それでも父に所有される。それが唯一の安心感だった。
父はやがて、背を向けるとドアの方へ歩いていく。華奈は自分の元から去ろうとする父を見て、すぐにその背を追うように、手を着いて身を乗り出した。
「お父さん、お父さん? どこいくんですか?」
まるで分離不安症の犬が飼い主の後をべったり付いて回るように、華奈はそのまま慌てて立ち上がると、後を追いかける。そうして父と一緒に、父の自室へ入った華奈は、父がベッドの淵へ座るのを見て、自分もその傍に立つ。
胸がずっと締め上げられるような痛みを訴えている。それはこうして父の傍へ立った時に酷くなり、やがて気管が狭くなったように息が上手に吸えなくなる。
「あっ、もうお休みですか?」
華奈は沈黙に耐え兼ね、口を開く。
「もう朝、ですもんね。でしたらわたしは……部屋に居ておいた方が」
そう言いかけた華奈に被せて、父は一言。
「脱げ」
言葉が出てこなかった。ただその場で立ち尽くすしかなかった。脳が命令を理解出来ないまま、ほんの数秒、静寂が部屋を満たす。父は何故そんなことを言って来たのか、華奈には理解出来ない。いや、理解することを拒んだ。何故、服を脱げと言われたのか。服を脱いだら、その後どうなるのか。考えればすぐに答えが浮かび上がる。
胸の疼痛が酷さを増して、鼓動がどんどん早くなる。血の気が引いて指が冷たくなり、自分がまっすぐ立てているのか、分からなくなる。ぐらぐらと身体が動いているような感覚を憶え、気が付けば肩で息をしている。
無意識で華奈は父から視線を逸らし、自分の両足を見つめる。そうしていることで、何かが変わると期待しているようだった。
永遠にも思える数秒が過ぎ、父は小さく溜息を吐いた。その声が漏れたのは、父にしてみれば徹夜で今に至る疲れや、この後の事を想像して偶然漏れた程度の、特に意味を持たないものであったが、華奈にはそれが、父の苛立ちを感じさせた。
これは、命令だ。
父がそう言ったなら、それに従う他ない。そう思った瞬間、華奈の感情は悲鳴を上げて抵抗しようとするが、同時にここで父に見放されれば、もう二度と父の寵愛を受けることは出来ないだろう。家を追い出されるかもしれないし、また酷い目に遭うかもしれない。わたしはお父さんにとって、有用だと示さないといけない。役に立てる存在だと、証明しないといけない。そんな強迫観念が、華奈の感情を殺した。
華奈は耳まで赤く染めながら、ゆっくりと、躊躇するかのように手をボタンへかけた。そうして震える指でなんとかボタンをつまみ、ひとつ、ふたつとそれを外す。
これまで何度も、それこそ昨日も華奈は父を相手に、口で相手をすることはあった。だが決してそれ以上のことはなく、華奈もそれすら耐え難い恥辱を感じていた。いくら血の繋がりがないとはいえ、華奈にとっては父親である。
それが今日、その一線すら踏み越えようとしている。
ブレザーがするりと、華奈の薄い肩から離れ、軽く畳んで足元へ置く。その間、ひたすら足元から視線を持ち上げられなくなっていた華奈は、しかし突き刺さるような視線だけは、感じていた。まるで自分の全身をくまなく、品定めするように撫でてくる父の目。思わず、泣き出しそうになった。確かに華奈は父に必要とされることを望んだ。父にとって、何かとても大事な物のひとつになりたいと、願った。しかし、果たしてこれは華奈が本心から望んだ扱われ方なのだろうか。これは本当に、愛されていると言えるのだろうか。
心の奥底で芽生えた、微かな違和感。華奈はそれに気付かない様に蓋をして、口をぎゅっと結んだ。
髪の毛を避け、首の後ろへ手を回すと、リボンのホックを外した。それから続けて、シャツのボタンに指を掛ける。
「……早くしろ」
待ち草臥れた様子で、父はふと不満を漏らす。反射的に顔を上げ、父の方を見つめる。彼は足を組んで膝に腕を置き、まるで華奈のことなど微塵も興味がないと言った様子で、見つめ返していた。
その表情は、またいつものつまらなさそうな、無関心が張り付いていた。ただ、目だけが華奈を支配している事への悦びで鈍く光り、父の心を満たしている。
「すみません、すぐに……、脱ぎますね」
もう父に怒られたくない。
華奈は媚びるように口角を上げると、そのまま慌ててボタンを外していく。恐怖、焦燥、悲痛に依存。色々なものが綯い交ぜになり、とにかく父の機嫌を損ねない様に。ただそれだけを注意しながら、シャツを脱ぎ、続いてスカートのホックを外し、ジッパーを下ろす。それらを急いで丸め、先ほど脱いだブレザーとリボンの上へ落とした。
とうとう下着姿になって、初めて、華奈は途中から無我夢中で服を脱いでいた時に感じなかった羞恥心が、湧き上がってくる。
思えば、こんな姿を父に見られること自体、この家に来てからは初めてだ。小学校高学年になり、多少なりとも物の分別がついてきた頃には人並みの恥ずかしさを覚え、自分で下着を選んで買うようになってからは、更にこういった格好を人に見られることに、恥ずかしさを覚えるようになった。
無意味と分かっていながら、華奈は身を隠すように肩を巻き、小さくなる。父はそんな、せわしなくつま先を動かしたり、こちらへ隠すような動きに少しの苛立ちを覚え、思わず声に怒気を孕む。
「誰が隠していいって言った。ちゃんと立て」
言って、組んでいた足を解いてその場へ立ち上がる。華奈はそんな父の行動に、羞恥心を上から塗りつぶすほどの恐怖心を感じ、慌てて居住まいを正す。だがその姿勢はどこか不自然で、ぎこちなく感じられる。形こそ整った姿勢を装いながら、内心の恐怖がそこから滲み出している。心の中では、父にどう見えているのか、そればかり考えてしまう。
これでいいの? そう問いかけるような、必死の訴えが姿勢に現れていた。
父は一歩、華奈の方へ近づく。そうしてお互いのつま先がもう半歩も歩けば重なる程近くに立った。父との体格差は圧倒的で、肩辺りに、華奈の頭頂部が位置していた。それ故、こうして間近に立たれた華奈は、まるで目の前に壁が立ちはだかったような錯覚を覚える。本能的に敵わないと思い、膝が勝手に震え始める。強く足を閉じ、両手で強く身体を抑えた。
眩暈を感じた華奈は、思わず父を見上げ、視線が触れ合った。父はこちらを軽蔑するように見下しており、その目は、支配者の如き冷酷さに溢れ、抵抗するなら今が最後だ。という決意は、音を立てて崩れた。
逃げられない。そう察したときには全てが遅く、それはもう始まってしまった。
父は腕を伸ばし、下半身を隠すように当てられた手を引き剥がす。そしてそのまま腕を引いて、ベッドへとその身体を投げ飛ばした。
マットレスも固く、スプリングがぎしぎしと音を立てるような華奈のものと違い、父のベッドは広さも倍近くあって、投げ飛ばされた身体を、ふんわりと優しく包んでくれる。だがそれ故、華奈は手を着いて逃げ出すことも出来ず、身体がまるで沼に飲まれていくようなもどかしさを感じた。
直後、部屋の蛍光灯を遮るようにして覆い被さってきた父は、生温い手を華奈の手首に添え、そして強く握る。
抵抗してはいけない。頭の中で何度もそう念じて、本能的に動こうとする自らの両腕を抑えていた華奈は、気が付けば頭の上で一つにまとめられ、父がそれを片手で封じていた。
「じっとしてろ。そうしたら、痛いことはしない」
低く唸る父に、華奈は声も出せず、ただ目を恐怖で泳がせながら頷く。直後、父のもう片方の手が華奈の背中とマットレスの間へ差し込まれた。
くすぐったさと、普段苦痛しか与えられていない父の手が素肌へ触れた事で、華奈は思わず高い声を上げる。すぐに自分の喉から出た信じられない嬌声に耳を疑い、明確に恥ずかしさを感じたが、それ以上に、父の手で触れられたことへ、不快感以外の何かを感じている自分が疑わしかった。
大きく、太い指が背中を滑っていく。胴がびくりと跳ね、また甲高い声を漏らしそうになって、思わず逃げるように首を横へ向けた。目を固く瞑り、心の中で繰り返し、これは愛ではない、これは愛ではないと自分自身へ言い聞かす。
やがて、背中を逸らした華奈は、胸を締め付ける下着が不意に張力を失ったのを感じる。父がホックを外したのだと理解したときには、背中から手が抜かれ、それはそのまま華奈の胸へと伸びてきた。
まだ成長途中の、小さな胸を掠め、下着を掴んだ手は、そのまま雑に華奈の顔の方へと引っ張っていく。するりと肩紐が肌を離れ、頭の上で一纏めにされている手の辺りで、落とされた。
恥ずかしさで思わず泣き出しそうになって、華奈は必死で涙を堪えた。ここで泣いてしまっても、父の神経を逆撫でするだけだろう。必死で目を瞑り、こちらを見降ろしてくる父と目を合わせないよう、華奈は暗闇の中へ身を投じた。
一方、そうして目を瞑ることで、神経がより過敏になる。次に何をされるか分からないという恐怖によって、肌はその瞬間を今かと待ち、無意識の内に呼吸が熱を持つ。
外気に晒された胸は、これまで感じたことのない、女として扱われる感覚に当てられていた。
父は一度、大きく息を吸い込むと、高鳴りで震える喉から息を吐く。その軟らかい温度が華奈の肌へ広がり、今度は手を、ゆっくり腰の辺りへ移動させた。
ふっと、彼女の肌に父の指が沈む。痩せて浮き出た腰骨をなぞり、下着の生地を掬い上げる。そしてゆっくりと、それが下へ降ろされていくのを感じた時、華奈は両足でマットレスを押し、微かに腰を浮かせた。その動作は、まるで父が脱がせやすいように協力したも同然であり、華奈自身、それを望んでいるかのようだった。
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