第3話
「うう」
下手くそ、だと思われない様に一層奥まで咥え込んだ時、胃がひっくり返りそうになるような感覚と、それに伴って食堂のあたりに、野球ボールくらいのサイズが通ったかと思うようような激痛が伴った。
華奈は思わず顔を顰め、限界を感じて口からそれを離そうとする。この時にもまだ、全長の半分ほどまでしか唇が届いていなかったのだが。
しかしこの後、中学女子の口腔内にはあまりにも不釣り合いなそれが、殆ど根元まで捻じ込まれることになる。
「下手だな」
机越しに聞こえてきた声と、後頭部に触れた父の手。そして前屈みになっていたために丁度良い位置にあったふくらはぎにアックスの牙が突き立てられる、その全てがほぼ同時だった。
本来、そんな太いものを飲み込むように出来ていない華奈の喉に、先端の方はそれこそ食道の入口にまで差し込まれた。その激痛により強く顔を引き剝がそうと暴れるも、すぐに父は左手も使って頭を抑え込み、多少離れた華奈の小さな頭を、力任せに抑え付けた。
そしてばたつかせた足もまた、いくらアックスにとっての甘噛みに少し力を加えただけとはいえ、それでも。
か細く痩せ細った肌に牙が食い込み、血が滲むのは必然だった。
最も、足の方に関しては、噛み千切られるとも知れない恐怖心の方が、よっぽど勝っていたが。
これまでは頭を抑え付けられて、無理矢理にされることはあっても、更に自分の右足をアックスに噛まれながら、ということはなかったため、華奈はもうどうするべきか判らず、ただ胃液をゴポゴポと喉から漏らして、なけなしの抵抗をするより他、なかった。
当然、喉を塞がれているため、鼻からも呼吸をすることが出来ず、いくら足をばたつかせようと、より一層犬も、振りほどかれんと顎に力を入れ、時々そのまま左右に首を振るばかりで、とうとう当たっている牙のほとんどが、華奈の足の皮膚を貫き、肉に刺さっていた。
父は、酔いと快楽で目を細め、股の間で粘ついた涎と胃液の混じったものを吐き出す華奈。その頭を乱暴に掴んで、まるで物でも扱うかのように愉しんでいた。
やがて、酸欠状態で判断力が鈍り、抵抗するための力も出せなくなってきた頃。父はようやく力を緩め、それに伴って、アックスも牙を引き抜いた。
そうしてようやく、喉からずるりとそれを引き抜いた華奈は、そのまま背中を丸めてその場に蹲る。
赤くなった目を見開き、小さな両手を口に当て、込み上げてくる吐き気を必死に、堪えようとしていた。今ここで吐いてはいけない。そんなことをしてしまったら、きっともっと酷い目に遭わされるから。
そう理解してはいても、しかし生理反応に、そう長く逆らうことはできない。すぐにダムが決壊したように、力いっぱい抑えていた指の間から、だらだらと、吐瀉物が溢れ出る。
「チッ、汚ぇな」
不幸中の幸いか、一昨日の夜、食事をしたきり、水くらいしか口にしていないため、出てくるものも淡黄色の、胃液と先ほどキッチンで飲んだ水が交じり合ったものだけであった。それが泡立った唾液と交じり合っている。
それが胃から出し切られた後も、なお、背中を跳ねさせながら口を抑えて呻いている華奈を、父は椅子を引いて、冷淡な面持ちで見下していた。
そして数度の嘔吐を経て、息も絶え絶えになりながらようやく落ち着いた様子の華奈は、涙と鼻水、涎と胃液で顔中を汚しながら、父の方を向く。
「すみませんでした。この後、片付けま——」
「当たり前だろ」
遮るようにそう言って、父は椅子を後ろへ蹴り飛ばす。キャスターがゴロゴロと音を立ててフローリングを滑っていき、そのまま手を伸ばして華奈の襟首を掴む。
「す、すみません、ごめんなさい、離して、離して下さい」
焦りながら必死に抵抗するため、足を床に踏ん張って、机の下から引き摺り出されまいと試みる華奈であったが、しかし次の瞬間には、皮肉にも自分の撒き散らしたもので両足とも滑ってしまい、そのまま呆気なく、父の前に連れ出されてしまう。
「いや、やめてください、お父さん、もう嫌なんです」
首を激しく左右に振りながら、必死で懇願する。だが父は、そんなことまるでお構いなしだと言いたげに、ジャージの首元を掴んだまま、上へ引き挙げる。
首を吊ったかのように、力任せに上へ持ち上げられた華奈は、そのまま喉へ食い込む服の襟に手を差し込んで、必死で呼吸が止まらない様に藻掻く。
そうして華奈の顔を、父は自分の腰位の高さまで持ち上げると、それに再び、顔を近付けさせた。
「続けろ」
そう冷たく言い放ち、服から手を離す。
開放された華奈は、先ほどまで息が止まっていたこともあり、2、3度渇いた咳を繰り返しながら、縋りつくようにして父のズボンとベルトに手を掛ける。
「いや、いや、もうやめてください、お父さん、ごめんなさい」
ぼろぼろと涙を流しながら、必死で懇願する。まるで、年端もいかない子供のように泣きじゃくりながら、華奈は父に必死で許しを請う。
だが。
「汚え手で触るんじゃねえ」
父は冷たく言うと、華奈の両手首に手をかけ、握り締めた。
「誰に触れてんだ、殺すぞ」
言って、そのまま力任せに力を加え始める。すると華奈の細腕は、まるで万力で押し潰されんとしているかのように肉が圧迫され、骨までも軋み始める。
堪らず悲鳴を上げる華奈に、しかし父は両腕を持ち上げることで再び、腰の辺りまで顔を持ってきて、言う。
「いいか、こっちはお前なんて娘だと思ってねえんだよ。あの女と一緒に俺の元から離れておいて、何今更都合よく娘面してんだ。恥ずかしくねえのか」
分かったらさっさと咥えろ。
そう怒鳴り、尚も手に力を入れ続ける。
すると華奈も、先程までは許してもらおう、止めてもらおうと考えていたが、こうなっては痛みに思考も何も支配されてしまう。事実、両手首が千切れそうなほどの痛みから逃れるかのように、再び奉仕を始めた。
それを華奈の頭を掴み、更に乱暴に続ける父。
今度は先ほどよりも早く嘔吐し、またしてもジャージを伝って華奈の下半身と床までもぐずぐずに汚れていくが、最早父は手を止めようともしない。絶頂が近いのか、目を細めて腕に血管が浮き出るほど力を入れ、獣のような呻き声を上げて暴れ続ける華奈の顔を、より強く抑え付ける。
何度も根元まで押し込まれ、その度に華奈の鼻が父の下腹部に叩きつけられていたためだろうか。緩やかに垂れた鼻血が、父のそれと、それを咥え込んでいる華奈の唇まで赤く染めていた。
そうして、最後。華奈が再び酸欠状態になって、意識も朦朧としてきた頃、父は段々と早めていた手の動きを、根元まで押し込んだ後に止め、そのまま喉の奥を感じるように上下左右へ華奈の頭を揺すり、果てた。
低く小さく唸った後、名残惜しそうに喉の奥からそれを引き抜き、そのまま用済みとばかりに虚ろな表情を浮かべた華奈を、床に放る。そうして机へ戻り、卓上のティッシュを数枚取って、血や涎を拭き取っている。
一方華奈は、食道に流し込まれた精液を吐き出そうにも吐き出せず、とてつもなく不快な感触と匂いを憶えながら飲み下し、気管に絡んだ唾液のため、何度も咳き込み始めた。
丁度犬のお座りのような体制で噎せ続ける様子を、しかし父は微塵も気に留めず、その頃には丸めたティッシュを近くのごみ箱へと投げ入れ、部屋を出ようとドアノブに手をかけていた。
「おい、今から風呂に行ってくるから。上がるまでにちゃんと、片付けておけよ」
そういって、父とアックスは部屋を去った。
残された華奈は、返事も出来ない程に胃酸で焼けて痛む喉を抑え、小さく頷く。
父の部屋を片付けた後、華奈は父が部屋に戻るのを待ってから、リビングに降りた。
一つ部屋を挟んで隣にあるので、父が風呂を上がった後、戻ったかどうかは音で何となく分かる。これ以上父と鉢合わせになれば、次は何をされるか分かったものではないため、華奈はリビングに降りてきてからも、上階から聞こえる微かな足音にも怯えながら、急いでキッチンに立つ。
いつも晩御飯を作るときは、父の分を多めに作り、そこから少しだけ自分の分を避けて出しているため、炊飯器には一膳にも満たない白米が少し、それから鍋には、すっかり冷えて油が白く固まってしまった炒め物が、小鉢に少しの量だけ残っている。
それらを加熱しようともせず、食器棚から自分の箸を取る。そして皿にも移さず、そのまま箸を突っ込んで、口に掻き込んだ。
当然、冷えて味も落ちている炒め物を、どれがどれとも考えず、がむしゃらに口の中へ押し込み、良く咀嚼もせず、無理矢理に飲み込む。それから炊飯器を開け、保温も切っていた、冷えて硬くなっている白米にしゃもじを刺し、軽く一塊にした後で手に持って、そのまま飲むようにして食事をしていく。
保温を切っておいた理由は、こうした方が一秒でも早く、食事を済ませられるから、というのもあるが、依然、父に一人で食卓に着き、皿に盛られたものを食べているところを見られたとき、酷く怒られたから、というのもある。
働きもせず、家に金も入れていないのに偉そうな態度だ、という言いがかりで、その時も酷い目に遭わされたことがある。
それ以来というもの、このような食事の摂り方で、普段の夕食は終わる。
初めのうちこそ、こんな食事とも呼べないような食べ方に惨めさも感じていたが、今ではすっかり麻痺してしまって、何も思わない。まだ人間の食べ物を食べられている幸せすら感じていた。
華奈は無表情で淡々とそれを済ませ、まだ口の中に白米を残したまま、慌てて流しへ鍋と炊飯器を突っ込み、上から水を灌ぐ。
と、その時。
トントンと、階段を下りる音が聞こえて、華奈は思わず飲み込もうとした物が喉に詰まりそうになる。胃が浮き上がるような緊張感を憶え、慌てて手で水道の水を汲み、食べ物を胃に送る。
どうやら用を足しに降りてきたらしい父は、落ち着かない様子で父を横目に伺いながら、洗い物をする華奈のことなど見向きもせず、まるでいないものでも扱うかのように、そのままトイレへと歩いて行った。
その影が見えなくなって、トイレの扉が閉まったとき、華奈はようやく小さく一息を吐いた。
父が再び2階に上がってから、洗い物を済ませた華奈は次に、急いで洗濯機のスイッチを入れ、洗剤を投入し、蓋を閉める。そして、ジャージを着たまま、風呂場へと入った。
現在、ただの一着も私服を持っていないため、普段からジャージや制服で家でも過ごしている華奈は、鼻血で汚れた紺色のジャージとズボンを脱ぎ、続いて、中に来ていた夏服の運動シャツに手を掛ける。
それを脱いで、汚れの具合を確認したところ、どうやら中にまで血が染みていたらしい。真っ白な化学繊維のシャツはすっかり胸の辺りが赤黒くなっていて、試しに水をかけてみたり、脱衣所に出て洗剤を少し掛けて擦ってみたりしても、落ちるはずがない。
華奈は諦めて、チェーンの千切れた風呂栓が中に転がっている湯船にそれを置くと、今は身体を洗うことにした。
これもこの家のルールである——湯を使わないという、父が華奈に言ったことを守らなければならない。
つまり。
この肌寒くなってきた10月においても、父は暖かい湯船と温水のシャワーで、ゆったりと入浴を楽しめたのに対して、華奈は冷水のシャワーだけしか使えない。
温度調節のダイヤルを一番奥まで回し、冷水に切り替えた後、華奈は手に水を当てる。始めこそ父が使った後の温かいお湯が手を温めたが、それもすぐに突き刺すような冷えたものへと変わる。
それを、一度大きく息を吸い込み、目を閉じ歯を食いしばって、華奈は頭から一息に被った。途端、心臓が飛び跳ねるような刺激が全身を襲い、思わず身を捩ってシャワーから逃げてしまいそうになるが、そうもしていられない。
入浴が長いと、それもまた父に怒られるためである。
何から何まで、父は華奈に節制を強要させる。そしてその度に、同居ではなく居候以下だと、寄生虫だと、そういって罵られる。
全身を流し終える頃には、華奈は胸まである髪の毛が身体に張り付いて余計に寒さを感じながら、奥歯をがちがちと震えさせていた。
元より不健康に痩せ細った手足は、より一層血色が失われ、唇も灰色の混じった紫色になっていた。その状態で、震える手をぎこちなく動かしてシャンプーを手に取ると、手早く髪。そしてそのまま石鹸で、身体も洗っていった。
この家に来て間もなくからこの暮らしをしているため、これもまた彼女にとっては半ば当たり前のような生活の一部になっていたが、お湯でなく水で髪や身体を洗う分、余分に寒い思いをして、念入りに汚れを落とす必要があった。
それらが終わった後、もう一度凍える思いで頭から足のつま先まで水で流し、ぶるぶると全身が震え、唾も上手く飲み込めないくらい冷え切った状態で、華奈は目立った汚れを流したジャージを持って、風呂場を後にする。そして、姿見に移った自分の裸体が、不意に映る。。
成長期に十分な栄養を摂取出来ていないからか、母親と比べても体躯は小柄で、肋骨の浮き出た胴体から細く伸びる手足は、今や死人のような青白さと、浮き出た関節の骨が容易に見て取れた。小さな大腿骨の輪郭が伺える下半身は、恥骨すらくっきりと浮き出ており、痛々しさや貧相さを感じさせる。
そしてそれ以上に目立つのが、服で隠れる場所を覆うように広がった痣や傷。特にそれらは腹の辺りに痣、そして太ももやふくらはぎに、アックスの噛跡で抉られた傷跡が目立つ。
リビングの暖房に晒されて、血管が拡張しているからだろうか。徐々に血色が戻っていくのと同じく、右ふくらはぎにずきずきとした痛みが増していくのを感じて、華奈は顔を顰めた。
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