第6話 魔女のスープと食への恨み

〇登場人物

主人公:卑屈なjk 体形に悩む普通の女の子。

西の森の魔女:白髪の幼女。食い意地がすごい。


*ここから『』内はこの異世界で使われている現地語です。


 日本語と現地語の翻訳辞典を貰ってから、一か月。つまりは、私がこの世界に呼び出されてから、二か月。


 馬鹿な私でも、ようやく簡単な会話はできるようになりました。レベルとしては、中学一年生で学習する英語くらいでしょうか。『こんにちは』 『こんばんわ』などの簡単な挨拶とか『私はギターが弾けません』というどこで使うのかわからない短文とか、そんなレベルです。


『いただきます』


 さて、今晩の献立は野草のスープです。ごぽごぽと煮立つ紫色のスープです。悪魔でも這い出てきそうですね。


 ちなみに今日だけがこんな魔法的な献立という訳ではありません。いつもです。毎日三食こんな感じです。お肉とかパンとかまともな献立が出てきたの、呼び出された翌日くらいです。


「お肉が、食べたいです」


 日本語で零します。目の前で肉の塊を貪る彼女への、痛切な願いです。その香ばしい香りが、私のよだれを誘っているのです。


「体内のマナを増やしたいと言い出したのは君だろう」


 お肉の向こうで、平然と言い放つ西の魔女さん。私は押し黙ります。確かに、そんなことを言い出したのは私です。


 ただ、押し黙ったとはいえ、言いたいことがないという訳ではありません。


 確かに、そんなことを言い出したのは私です。そして、この野草というのが西の森のみに植生しているもので、マナを増やす効果があることも理解しています。毎晩復元する森に生えているものですから……。というかそもそもこの世界はファンタジーですから、そんな不思議効果のある薬草があってもおかしくはないでしょう。


 でもですよ? だからといって毎日三食を二か月も続けられては、参ってしまいます。それも、彼女は毎日三食肉ですよ!? 気が狂いますよこれは。


 というか、私がマナを増やしたいと言い出す前からこんな感じでしたよね? 本人曰く最初からその気だったらしいのですが、私がその気がないと言い出したらどうするつもりだったのでしょうか。


「座禅とか、滝に打たれるとか、そんなことじゃなかったんですか?」


 そう、マナに関して、いつだったかそんな話をこの魔法幼女はしていました。


「それはマナを練ること。つまりは、マナを鍛える行為だ。でも、鍛えるマナがなければ、その行為も意味をなさない。ほら、身体を鍛えるのだって、まずは食べないといけないだろう?」


 私は押し黙ります。さすが魔女。やはり、魔法のあれこれに対して不満を垂れるのも簡単ではありません。


 でも、彼女の人間性に対しては物申さないほうが難しいわけで。


 例えば、絶賛野草縛りの私の前でこれ見よがしに肉を食いやがるとか。毎日爆発魔法を打たないと死んでしまうくらいマナがある彼女に対して不謹慎かもしれませんが、本当に死ねばいいと思ってしまいます。

 

 例えば、日課の爆発魔法の際、いっつも私を防御魔法で守ることを忘れるとか。今では、窓辺からその様子を眺めるのみです。


 そして例えば、薬草の効果を最初は黙っていたこと。何ですか「それがね、あるんだよ」ですか。私の体内にもマナがあるのかという問いへの答えですが、そりゃあ、この薬草を欠かさず摂取しているんだから当たり前でしょうよ。そしてそんな当たり前のことをわからない人ではないと思います。


 なのに、あんな大げさに「あるんだよ!」と。言い忘れてたとかではなく、明らかに黙っていましたね。


「……まずっ」


 まあ、私も私で「魔法に興味がある」とか、そんなことを最初に言ったような気もしますし、これ以上考えるのはやめましょう。


 それに、このマジックベジタリアン生活を続けて、よかったこともあるのです。


 まず、言うまでもなくマナが増えているらしいこと。いつかマナを練って、魔法が使えるようになりたいですね。


 そして何より、痩せました。明らかに痩せました。着痩せでどうにか誤魔化していた体形が、すっかりスリムになったのです。隠れデブじゃなくなったのです! ベジタリアンが流行るわけですよ。


『ごちそうさまでした』


 飲み終わりました。本来は『いただきます』も『ごちそうさま』も神的なものに感謝する的なことを言わないといけないらしいというか、実際彼女もそれらしいことを唱えているのですが、私にはさっぱりです。


 まあ、何が何でも覚えさせようとしてこないあたり、そんなに重要なものではないのでしょう。


「お肉、美味しかった?」


「ああ、実に美味であった」


 食後はいつも機嫌のよい彼女。故に、タメ口に何も言ってきません。……いえ、軽くあしらわれているだけですね、ハイ。これが肉を食べている者の余裕なのでしょうか。草食ってる私にはわかりません。


 でも、ここまでされて無抵抗でいる私ではありません。


 翌日の夜。今晩も今晩とて私が野草のスープで、彼女がお肉。今日も大きな肉塊ですね。相変わらず彼女の小さな身体が見えません。


『いただきます』


 ああ、美味しそうな匂いがここまで。思わずよだれが。


「美味しいですか?」


「……やらんぞ?」


 実に子供らしい独占欲ですね。


 いや、最初はこの理不尽な仕打ちにも何かしらの意味があると思ってはいたんですよ。爆発魔法を使う関係で大量に肉を食べる必要があるとか、肉がこの野草の効果を消してしまうとか、そんな真っ当な理由があると思っていたんですよ。


 でも、ないらしいです。モルモット一号ちゃんの手記によると、本当に、ただの、食い意地らしいです。本当にこどもです。実は見た目通りの子どもなんじゃないでしょうか。ああいえ、肉なんて自由に食べればいいとは思うんですよ。でも、私には草しか食わせないのに、自分は肉ですよ。何の肉かは知りませんが、真っ当なハーフエルフさんのすることではありません。


 と、いうわけで。


 まずはスープをぐいっと。未だに慣れませんが、お残しはよくないので。


 そして、立ち上がり、目一杯、助走距離をとります。大した距離にはなりませんが、ないよりはましです。


「ん、ふぉうふぁしたか?」


 さあ、今に見てろ。日本人の食べ物の恨みというものを見せてやる!


「うがあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 飢えに飢えた獣は最後の力を振り絞り、魔女が貪る肉へと飛び掛かります!


「みゃっ!?」


 しかし、気が付くとそこには何もありませんでした。一体何が起こったのかわからないまま、床に壁に身体を強打します。


「ふぎっ!!」


 痛みに悶えます。本当に痛いです。何かを得るためには代償が伴うと言いますが、いくらなんでもこれはあんまりです。


「や、やらぬと言ったではないか!」


 やや息遣いの荒い声。見上がると、ひとりでに肉塊が浮いていました。サイコキネシスのように、魔法で浮かせたみたいです。


「そろそろ盗み食いを企む頃だとは思っていたが、まさか正面から飛び掛かってくるとは。まったく、危なかった」


 そうですね。こんな人畜無害な女子が猛獣になるなど、誰が予測できるでしょうか。


「……あなたが、私を獣にしたんですよ?」


 全身が痛む中で、皮肉交じり言う私。敵を騙すには、まずは味方から。魔女を騙すには、まずは自分から。そこまでひ弱な私にさせたのは、あなたなんですよ?


 しばらくの間、睨み合います。


 そして、魔女はため息をついて。


「……しょうがないなぁ」


 肉がテーブルに下ろされます。そして彼女はナイフを手に取って、肉片を少しばかり切り取り、小皿に分けます。


 こうして私は、魔女から肉を勝ち取ったのでした。




 



 


 



 

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