第5話 西の森と彼女の白い髪
主人公:根暗なjk。この世界の日々をぼんやりと生きる。
西の魔女:見た目は子ども。頭脳は大人。でも性格は子ども。
白髪の魔法幼女に翻訳の辞典をもらってから、一か月ほどが経過しました。相変わらず毎日のように爆発魔法をぶっばなす彼女です。そうでないと、彼女の体内に膨大にあるマナが暴発して死んでしまうそうで。
私はというと、その様子を二階の窓から見ていました。相変わらずも鬱蒼としている森林の上空に魔法陣が展開されたかと思えば、光の槍が打ち下ろされたその瞬間、巨大な炎の半球とともに爆音と爆風が迫りくるのでした。
私は、この家からほとんど外に出ていません。ましてや、森の中になど入ってもいません。というのも『一度西の森の中に入ってしまえば出られなくなる』というのは決して例えではないそうで。
そのことに、不満がある訳ではありません。例の辞典を見て、それから魔導書を覗いてみたりと、時間を潰す手段はいくらでもありましたから。ただそのあまりの難解さに、今にも心が折れそうですが。
ただ、一つ疑問がありました。
「あの」
戻ってきた魔法幼女に話しかけます。彼女は、少しむくれます。
「あのさ。そろそろニッシーって呼んでくれないかな?」
西の森の魔女だから、ニッシー。出会ったばかりの頃から、実はずっと言われ続けていることです。日本語ベースであだ名を考えられるあたり凄いなとは思うものの、本名を聞かずしてニッシーと読んでしまうのは、なんだか業腹です。
「いやです。そろそろ本名を教えてください」
「君が教えてくれたら教えるさ」
「あなたが先です。あなたが先に教えてくれたら、私も教えます」
すると彼女は、地団太を踏み始めます。ホコリが立つのでやめて欲しいです。
「教えてくれないなら、君のことモルモットって呼ぶぞ! モルモット二号だ!」
「好きにしてください」
「いいのか!? 本当に呼ぶぞ? 本当にいいのか!?」
と、まあ。ずっと、こんなやりとりを繰り返しています。ちなみに第一号さんはこの応酬の末、名乗らずに帰ってしまったみたいです。正直、そこまで意地を張るかと思いました。一号さんではなく、そこの魔法幼女が。
見た目通りの子どもじゃないですか、と思ってしまいました。
「ところで」
私はやや強引に話を戻します。このやり取り自体が不毛なのもありますが、そろそろ抱いたある疑問について問わないと、何で声をかけたのか忘れてしまいそうですから。
「毎日のように爆発魔法を打っているみたいですが、いつか森がなくなったりしないんですか?」
誤魔化されたことに気づいてかむくれる幼女。それでもなお私は答えるように促します。
すると、彼女はややぶっきらぼうに言います。
「なくなったりはしないよ、モルモット二号くん。この『西の森』は、どんなに伐採しても、どんなに焼き尽くしても、一晩にして元に戻るんだから」
「……へぇ。そうなんですか」
少し驚いてしまうことに、私が科学技術の世界から来た存在であることを思い出させられます。一か月程度では慣れませんね。
「つまり、打ち放題ってことですか」
「そういうこと。何があっても元に戻る。それは、例えば切り開いた小道も、入って帰ってくるための小さな目印も、例外ではない。本当に、寸分たがわず、元に戻る。それでいて、どこもかしこも同じような景色。『西の森』から出られなくなるのは、これが理由さ」
「なるほど」
この爆発魔法幼女にうってつけの場所、という訳ですね。
「だったら、あなたはどうやってこの家に来たんですか?」
「単純さ。飛んで来たんだよ。まあ正確に言えば、師匠に連れてこられた、っていうのが正しいかな」
懐かしそうに、彼女は言います。白い髪の彼女が、言います。
その時ふと、また別の疑問が浮かんできます。会話の流れをぶった切ることになるので一瞬躊躇われましたが、やはり気になるので問います。
「ところで、あなたの髪はどうして白いんですか? 確かこの世界の方々って、明るい髪色で碧眼なんですよね?」
初めて爆風に吹き飛ばされ、精一杯看病をしてくれたときに聞きました。ちなみにあの後、看病は流れ作業になっていきました。治療に慣れてきたのもあるのでしょうが、私を吹き飛ばすのまで慣れてしまったのは、ほとほと困りました。……あ、順番が逆ですね、これ。なお悪い。
すると、彼女はふふんと胸を張って、自慢げに言う。
「髪が白いというのは、マナが身体の中に溢れている証拠だ。見てみろ、このシルクのような純白を。老人の色の抜けた髪ではなく、白という色に染められた髪だ」
髪をなびかす彼女。すっかりご機嫌です。単純。
それから、こほんとやや仰々しく咳払いをして。
「さあ、お昼にしようモルモット二号くん。食べ終わったら、今日も勉強を見てあげようか」
そう、彼女には毎日、この世界の言葉や魔法について授業を受けています。もっとも、私はバカなので、全く身についているきがしませんが。
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