第3話 マナと西の森の魔女の秘密
○登場人物
主人公:女子高生。卑屈で冷静。
西の魔女:白髪の幼女。魔法が大好き。
目を覚ますと、夜になっていました。部屋は薄暗く、枕元にはランタンのようなものがぼんやりと灯っています。頭はまだ重く痛みます。どうやらベッドで眠っていたようです。床には、開いていたり閉じていたりとたくさんの書物があります。それと、木のボールのようなもと、その中にすり潰された何か。何だか野草のにおいがするなとは思っていましたが、これでしょうか。
そして傍には白髪の幼女が眠っています。
「まさか……。いや、ないな」
首を振ります。まさか私を助けるとか、ねぇ。
しかしこうしてみると、本当に子どもにしか見えません。私をこの世界に呼び、あんな大爆発魔法をぶっ放した人間だとは思えません。それが逆に怖くはあるのですが。まあ、中身が大人であることを思い出せば、その怖さもある程度は和らぎます。
結局、この世界の魔法が何たるかはわかりませんでした。転生魔法と爆発魔法しか知らないのに推測も何もないですが、その二つが私基準ではどう考えてもぶっ飛んでいるのです。彼女みたいな化け物ぞろいの世界なのか、それとも、彼女が化け物なのか。前に来た人の手記を信じるのであれば後者なのでしょうし、私もおそらくはそうなのだろうと思います。
モルモット1号さんは、本当に無事だったのでしょうか。
「……ん?」
ふと、彼女の目が腫れていることに気が付きます。薄暗かったので、最初は見間違いとも思ったのですが、やはり腫れています。……まさか、心配して? 魔法にしか興味のない軽薄な人だと思っていたのですが……。
いえ、そんな訳がありません。こんな私を助ける人間が存在するはずがないのですから。
その時、彼女がバッと目を覚まします。虚ろな目をこちらに向けます。そして何か呟いたかと思えば、バッと抱きついてきました。
「えっ……あっ……」
頭が真っ白になります。行き場のない両手が蠢きます。
何か呟きながら、すすり泣く彼女。
しばらくしてから、ハッと気づいた様子で今度は私の顔を挟んで「大丈夫か!? 大丈夫なんだな!?」と問い詰めてきます。私はどうにか頷きます。
「よかった……。本当に、よかった……」
すると彼女は本当にほっとしたようにして、私の胸に顔をうずめます。
「僕、治癒魔法とか、解呪魔法とか、そういったものが扱えないんだ。だから、薬草辞典やら民間治療の本やらを引っ張り出して、だから、うまくいったかどうか、不安だったんだ。そうか、大丈夫か……」
それを聞いて、私は開いている書物の一つに目をやります。薄暗いので、やはりよく見えません。しかしよく目を凝らしてみると、薬草やらが載っています。そして、それらをすり潰して……。もしかして、やはり、そういうことでしたか。
自分に呆れて、頭に手を当てます。すると違和感があって、さすってみて、包帯のようなものが巻いてあることに気が付きます。
「……その、ありがとう、ございます」
「そんな、礼だなんて。僕の、僕のせいで……」
弱弱しく言う彼女。軽妙さがないと、何だか気持ち悪さがあります。まあ、あれだけのことをしでかして、同じような調子だと、それはそれでという感じではありますが。ただ、やはり彼女が普通の反応するというのは、なんとも。
「僕の身体には、大量のマナが溢れていてね。……ああ、マナというのは、魔法を使うためエネルギーのようなもので……」
顔を離して、ぽつりぽつりと、語りだす姿の幼い魔女。
「毎日のように大量に溢れてくるものだから、ああいったマナ消費の大きい魔法を毎日使わないと、暴発して死んじゃうんだよ。例えば、君を呼び出した転生魔法とか、昨日の爆発魔法とかね」
死んじゃう、って……。それにしても、呼び方はそれであっていたんですね。まあ、現地語ではまったく違う言い方をするのでしょうが。
あ、いえ、それよりも。
「そうですか。あなたには、必要なことなんですね」
「そうだ。とはいえ、さんざん君を巻き込んで、本当に申し訳ない」
「あ、いえ」
「それでね、君を元の世界に戻す転移魔法というものがあってね。向こうで死んだ者を呼び寄せるの転生魔法とは違って、生きたまま世界を転移する魔法さ。それを使えば、君を元の世界に戻すことができるんだ」
「でも、私は元の世界では死んで……」
「転生魔法というのは、本来この世界の姿になって表れるんだ。髪色はもっと明るく、顔の彫りが深く、青い目をした姿にね。でも、君は真っ黒い髪で、顔の彫りが浅く、目は黒い。一人目の彼女が言っていた通り、日本人とやらの特徴だ」
転生した直後、彼女が私をぐるぐると観察していたのはそういうことですか。……いえ、そんなことはともかく。
「つまり、どういうこと、ですか?」
彼女は「わからない」と首を振ります。
「ただ推測するに、もしかすると君は死んでないんじゃないかと思うんだよ。瀕死の状態で、生死の境を彷徨っているとかね。サンプルが君で二人目だから何とも言えないけど……」
「何とも言えないって、それって……」
絶対、危ないやつじゃないですか。
「でも……。でも、それでも君が戻りたいというのなら、一人目とときと同じように転移魔法で元の世界に戻そう」
「待って下さい」
悲痛そうな提案を、さっと私は遮ります。
「一人目の方は、転生魔法で呼び出したんですよね?」
「いや、彼女の方は転移魔法だ。じゃないと、元の世界に戻せないからね」
彼女だって、君のような黒目黒髪で表れた、と。魔女はそう言います。ほっとした一夫で、そうなると、また別の問題というか、疑問が出てきます。
「わかりました。しかし、だとしたら、何で転生魔法で呼び出した者がこの世界の姿になることを知っているのですか? 話を踏まえれば、転生魔法で呼び出したの、私が初めてですよね?」
何気にこの事実は衝撃的ではあります。転移魔法の概念を教えてもらうまで、てっきり一人目も同じ転生魔法で呼び出されており、私はその二人目だと思っていましたから。
「先代の西の魔女に教えてもらったんだ。僕の師匠さ」
「あ、お師匠さんおられたんですね」
「そうだよ。僕は師匠から全ての魔法を教わった。でも、僕は治癒魔法なんかは使えない。まったく、彼女もとんだ勘違いをしていたみたいだね」
思いを馳せるように、それでいて影を落としつつ笑う白髪の幼女。
「それに、今回だって、黒髪で黒目の姿で君が召喚された結果だけ見れば、転移魔法が発動してしまったことも当然、考えられる。世界から別の世界への召喚という共通したプロセスがある以上、どうしたって呪文も魔法陣も似たようなものになってくるんだけど、いやぁ、やっぱりどこかでミスがあったのかな……」
失敗が続いて、かなり気落ちしている様子の魔女。確かに、失敗が続くのはつらい。何なら、私なら一度でも失敗したら二度と挑戦などしません。
でも、あの大量の書架を見れば。あの大魔法をみれば。そして、専門外であろう薬学でどうにか治療しようとする姿勢をみれば、少なくとも、彼女が私なんかと同じだとは思えませんでした。
私は、口を開きます。
「私は帰りませんよ。というか、帰りたくありません。元の世界に、未練などありませんから」
元の世界。この言葉が、すんなりと出てくるくらいには。
「そ、それは本当かい? でも、無理は……」
「無理なんかしていませんよ。それに多分、転生魔法は成功しています」
「いや、そんなはずはない。だって、現に、君は……」
心底驚いた様子の魔女。
「確かに、私は目も髪も黒い日本人です。でも、おっしゃいましたよね? 確か、前の方は用を足している途中で転移させられたんですよね?」
それは、本当に可哀そうですけど。でも、そんなことは今はどうでもよくて。
「と、いうことは、転移させられる直前の状態じゃないとおかしいですよね?」
「あ、ああ。そうだな」
「でも、身体には傷一つないんですよ」
「それがどうした?」
私が何を言いたいのか、本当にピンと来ていない様子。魔女たるもの、ここまで話せばわかって欲しいものですけど。
「……あ」
そういえば、まだ魔女さんに伝えてないことがあったのでした。
「私、トラックに轢かれて死んだはずなんです。身体はもうぐちゃぐちゃです」
「……あ」
今度は、魔女さんが間抜けな声。そうです、そうなんです。
「そうです。下半身まったぱだかだったあの人と同じように、私はぐちゃぐちゃの瀕死で来なければおかしいんですよ。なのに、しっかり健康体で来た。つまりは……」
「転生魔法は、成功していた……?」
「そうだと思いますよ。まあ、魔法詳しくないですから、そのあたりの検証はおまかせします。でも、失敗と決めつけるのは、少し早い気がして」
「そ、そうか。そうだな、うん」
魔法幼女は確かめるように頷いてから、おもいっきり目を擦ります。ああ、擦るとますます赤くなるというのに。この人、本当に中身は大人なんですよね?
「だから、まあ。だからという訳じゃないというか、まあ実際もう向こうじゃ死んでる可能性が高いというのもありますけど。ともかく、私は元の世界に戻る気はないので、安心してください」
すると、彼女ははにかんで。
「ありがとう。なんというか、慰められてしまったな」
そうですね。なんというか、慰める形になりました。別に不本意という訳ではないですが、そういった意図はなかっただけに、何だかむずがゆいです。
私は、そのむずがゆさを誤魔化すようにして、背を向けながら布団をかぶります。
「という訳なので、私は寝ます」
「そうか。疲れてるのに、悪かったな」
そう言って彼女は、床に散らばった書籍やら薬草やらを片付け始めます。私はその様子をちらりと見てから、布団をかぶったまま横になります。
今日、私を異世界に呼び出したしたその子が、実は不器用で、それなりに優しいことを知りました。
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