(3)
鳥の広場はそれほど川から離れていないところにあった。なんということはない窪地で、雨水が溜まったような小さな池がぽつりとあるばかりであったが、名前の通り鳥が多く訪れるらしい。周囲はうっすらと暗いのにも関わらず、あちこちから賑やかな囀りが聞こえてくる。
娘が橋から森の方を眺めていたときは、どこもかしこも木々に遮られ、人が奥へ入ってゆく隙間などなかったように見えたのだが、どうしてかすんなりと此処まで辿り着いたことは不思議だった。
先導していたはずの貴婦人の姿は既にない。
池の脇に脚を投げ出して座りながら、娘は再び傾籠に質問する。
「どうして私が
傾籠はすぐには答えなかった。顎に指を当て、しばし考え込むような仕草をしながら、落ち着いて座れそうな場所を探している。
「しいて言うなら、変に先入観を持たせないため。もしきみが蜜蜂の卵だとして、自分では蜜蜂なのか熊蜂なのか区別がついていなくとも、海中は蜂の住処ではないでしょう。それくらいは本能的にわかるし、思い出すものなんだ」
傾籠はようやく見つけた平たい岩の上に腰を掛け、ふうと溜息をつく。
「僕は少し休むよ。あとで焚火でもしてみよう」
「ねえ、気になっていたのだけど、時間が狂うことってよくあるの?」
「まさか。長い目で見れば稀にあるけどね」
「それってどれくらい?」
「二百年か三百年か。地球の外側、宇宙規模ではもっと多いかもしれない」
傾籠がつらつらと語りながら紺色の空を見上げたので、娘もつられて上を見る。
「もう夜が近いのかしら。いま、流れ星が見えた気がする」
「鳥の広場は流星群を観るのにうってつけ。隕石が落ちてできたみたいな窪地だからね。実際は何百年も前の川の名残だけれど。此処にはさっき歩いてきた川にある石と同じ成分の石が落ちている」
「昔は大きな川だったのね。でも、本当に隕石が落ちた痕みたい」
「うん。実はここにしかない石も混じっているようなんだ。もしかすると、昔々に隕石が落ちたから、この場所だけ深く抉れて川の水が残ったのかも」
傾籠は、そばにあった小石を手に取り、弱々しい日の光に翳すように眺めた。
「おや、石英だ。氷みたい」
娘もきょろきょろと辺りを見まわし、近くにあった小石を試しに拾ってみる。ほんの僅か赤く光を通すそれに、どこか琥珀のような趣を感じた。
「それも隕石の残骸かもしれない。僕がわからないだけで」
傾籠の言葉はそこで途切れた。
何を言おうとしたかも忘れてしまったし、それも最早どうでもいい。彼の眼前で娘は白銀の
――天にて孵る。
声なき声で娘だった
「天上へゆけるなら、季節を司る女神たちに伝えておくれ。もう秋は終いだと」
光る禽が大翼を翻すと、剣で裂いたように鋭利な風が吹き渡った。その風はすぐに遠く遠く、地の果てまで届いたようだ。街を越え、丘も森も越えてゆき、山々を
「あぁ、やけに疲れると思ったら。あの娘、僕から若さを奪っていったのか。まぁいいか。天の子を孵したのだし、そのうち何かしらの返礼が舞い込むだろう」
それ以来、西の空に星がひとつ増えた。煌々と燃えるその青い炎を、あなたが目にするのは幾千年のちの話。その時にはもう西であるかもわからない。
らんの旅 平蕾知初雪 @tsulalakilikili
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