第11話 妖しい世界への第一歩

「綾乃、ハプニングバーって知ってる?」


「ううん、なあにそれ」


 プレイに関してはもう清楚でもなんでもないレベルにまで引き込まれてしまった綾乃だが、知識としてはまだまだ汚されてはいない。そうした情報を入れてくるような友人もいなさそうだし、ネット経由といっても言葉自体を知らないのだから当然と言えば当然だ。



「え!?」

「そんな……」

「すご〜い」

「まさか!?」

「……(ゴクリ)」

「え……」



 亮介の説明を聞いた綾乃。こうした反応を連ねながらなんとか理解ができた頃、タイミングを見計らった亮介……より先に口を開いたのは綾乃だった。


「行きたいんでしょ? いいわ、行く」


 時の綾乃は口調がちょっと大人のオンナっぽくなる。亮介にとってそれが頼もしくもあるし、男として嬉しいし、そして何よりも色っぽくて好きだ。だとしても、まさか率先して綾乃がこういう反応を示してくれるとは思わなかった。


「ありがとう。抵抗とか無いの?」


「無いと言えば、嘘になるかな。でも、どういう雰囲気なのか見てみたい気がする。妖しい大人の世界って感じ」


 説得の手間が省けたのは嬉しいが、亮介は綾乃のことをきちんと理解できていなかったことを反省した。寝取られや貸し出し、3Pまで経験している女性だ。肝がすわっていることは証明済みだし、何しろセックスが楽しくなってきたことは自他ともに認められる状況だ。ハプニングバーごときで恐れをなすわけはないだろう。


「なるほどね。ところで、もしバーでいい人いたら……」


「うん――。でも、少なくとも、ちゃんとあたしの声が聞こえるとこにいてね」


「もちろん。そのために行くんだから」


「亮介ちゃんは混ざらないの?」


「場合によるけど、混ざらないかも。普段見られない綾乃を見たいしね」


 返事代わりに微笑んでから立ち上がる綾乃。ローライズのデニムから、見たことのないダークグリーンのタンガが少し見える。その瞬間亮介も立ち上がった。


「なにこれ、新しい下着? 見せて見せて」


 (ダメダメ〜、お風呂沸かしてくる〜)


 と言いながら綾乃は逃げていった。捕まえられなかったのは残念だが、ここからは肝心の店選びだ。亮介はパソコンのブラウザを立ち上げた。


 

 ◆



 雑居ビルの指定されたフロアに着く。蛍光灯一本では光量不足だ。妙に暗い。殺風景を絵に描いたような佇まいの入り口。インターホンを押すと周囲の喧騒が聞こえ、すぐに声がかかる。


「今開けますのでお待ちください」


 いよいよ来てしまった。緊張している二人。中から出てきたのはごく普通の風貌の男性だった。


「こういったお店に来られたことはありますか?」


 当然、無い。その後も尋問というほどではないがぶっきらぼうな態度で、どちらかというと突き放すような口調で説明を受ける。(来なけりゃよかったかも……)と思い始めていた頃、手続き等も終わり中に入れてもらう。打って変わって内部は賑やかだ。下着姿の男女がちらほらいて、普通に服を着ている方が目立つぐらいだった。


 カウンターでドリンクを注文する。


「……なんかやっぱりすごいね……」


「そうだね……あ、なんかすごいのが置いてある……」


 カウンターの端にはディルドやバイブ、縄、アイマスク等が無造作に積み上げられている。やっぱりここはただのバーではないのだと実感する。


 しばらくはカウンターでマスターと会話――ほぼ質問攻めだが――する。平日にしては今日は客の入りが良いということ、綾乃と亮介のような寝取られカップルはあまり多く無いのだとのことだった。さっきとは違って親切で気さくなマスター。何か事情があるのだろうが、初めての来店者は皆驚くのだろうと亮介は感じた。


 

「もしよかったら、こっちでみんなで飲みませんか?」


 振り返ると、30代後半ぐらいに見える穏やかそうな男性がトランクス一枚で立っていた。

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