第8話 T君の痕跡

 綾乃の献身的なフェラチオによって石のように硬くなったT君のペニスは、綾乃の子宮口に突入せんばかりだった。腰をしっかりと両手で掴まれて、T君と共に窓の外を見る形の立ちバック。一定のリズムで打ち付けられる綾乃。


(聞こえてる? 亮介。あたし、まだほとんど何も知らないT君に突かれてるよ……)


 快楽の白い世界でなんとか意識を保っている綾乃だったが、朦朧とする中でなんとか声を絞り出す。


(ねぇ……お尻……叩いて……)

 

(パンッ、パンッ……パンッ)


 乾いた音がT君の回答となる。バスルームにいる亮介へのもう一つのコミュニケーション手段。綾乃が選んだのはスパンキングだった。それを感じ取った亮介は、綾乃のインテリジェンスに感服すると同時に、決意にも似た慕情をはっきりと自覚するのだった。


(あぁ……。愛してるよ、綾乃。死ぬまで絶対離さない。愛してる)




(ぁあ! いいわ、気持ちいぃ……。ん? うん、いいわよ……。⚫︎▪️※√´å……)


 綾乃にゆとりが出てきたようで、それにつれて声も穏やかになり聞き取りづらくなった。中折れ等は無いと思うが、まったりピロートークでも挟んでいるのだろうか。


 数分もしないうちに、そんな亮介の顔にバケツで水をぶっかけるような声が突如として響く。


「あぁ、ァアアアア! あん、すごい、いい、激しいッ激しいッ、来て来て来て、来てええぇ。T君、ぁあ、素敵、いい……いいぃ」

 


 ◆



 約10分後に綾乃から声がかかる。換気扇が回っているとはいえ密室に長時間いるのはなかなかの負担だった。ドアを開けざまに亮介が言う。


「お疲れ様でした……。たくさん突いてもらえたようで、綾乃だけでなく俺もすごく嬉しいです」


「こちらこそお疲れ様でした。すみません、自分の力量不足で大変なお願いしてしまって。大丈夫でしたか?」


「もちろん大丈夫です」


 わざとらしいぐらい大きく伸びをして亮介が答える。


「うふふ。すごく気持ちよくしてもらっちゃった……」


 綾乃のカマボコ型の目が全てを物語っている。ほぼ同室とはいえ心配な点でもあったので、杞憂に終わってほっと一息つきながら亮介は綾乃の背中側に横になり、二人の楽しげなトークを眺めている。


 (一度体を交えた二人はこうも接近するのか――)


 そう思ってしまうぐらい、綾乃はT君に、T君は綾乃に対して心の距離感がグッと縮まっているのが見て取れた。会話は、感想や性的志向についてのものから、だんだんと世間話のようなものへと移ろいゆく。綾乃の表情はオンナのそれのままだ。嫉妬なのか、それとも悦びか。どちらかはわからないが、興奮していることだけは確かだ。久しぶりのシチュエーションだけでなく、綾乃の少女のように活き活きとした様子を見るのは新鮮だった。



 ◆



 一樹ではない男性に抱かれた綾乃。よそ様だからだろうか、事後の朗らかさはいつも以上だ。饒舌にさえ見える。違和感? いや、そうではない。いつかのように、胃の底にふつふつと湧き上がってくるタールのようなものが亮介の額に脂汗を浮かび上がらせる。


(なんだろう、この気持ち……)


「す、すみません、ちょっともう俺らは帰ります。さ、綾乃、急いで服着て」


「え、ちょっと待って、いきなりどうしたの?」


 見たことのない様子の亮介に驚きつつも、慌ててワンピースに袖を通す綾乃。


「俺、綾乃を今すぐ抱きたいんです。そんなこんなで、本当、マジでありがとうございました」


「え、あ……はい」


 突然の様相の変化に目を白黒させるT君。なんとか着替えを完了して、二人はスリッパを履き出口に向かっていく。


「また連絡します、おやすみなさい」




 エレベーターに乗り込んだ亮介はすかさず綾乃にキスして言う。


「綾乃、なんか俺すごく泣きたいし、抱きたいよ。こんな気持ち初めてかも、寂しい悔しい苦しい!」


「あ、うん、わかったから、わかったから落ち着こうね、もうすぐ、うん、もうすぐ着くからね」


 充血した亮介の目に驚いたことは口にせず、姉さん女房として夫をたしなめる綾乃だった。

 



 ベッドにはあえて行かず、ドアを開けてすぐ左の棚に綾乃の両手を付かせる。


「ぁあっ、そんな」


「どうだった、他の男のチンポは? 俺の形、ちゃんと覚えてた?」


 そんな言葉を投げかけながら、まだねっとり濡れている綾乃に後ろからググっと挿入する亮介。エレベーターの時とは違って、オスの暴力性を押し出しながら綾乃にむしゃぶりついていく。腰の動きは不規則な動きとなりながらも、綾乃の左肩に噛みついたりスパンキングをしてみたりと、T君の痕跡を必死に消そうとしているかのようだった。


「りょ、亮介ちゃん、あん、あん……そんなに、そ、そんなに欲しかったの?」


「うん、うん、だって……ぁあ、あんな綾乃見たことなかったし、それにやっぱり寝取られってすごく」


「あたしもよ、あん、あたしも亮介のこと考えてた……」


「嬉しい……綾乃、絶対、ぜ、ったいに、ハァハァ、俺だけの綾乃だからね」


「わかっ……てるわ、あん、あなただけ……あなたのもの……よ」


「イクよ、綾乃、綾乃いく! 俺の精子……受け止めて!!」


 放出と同時に腰がビクつく亮介。後ろから綾乃を抱いたままその背中に顔を埋めている。

 こぼれた涙はワンピースににじみ、やがて綾乃の汗と混じっていった。

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