第11話 空を裂く刺客
エマの言葉を聞いた
「殺されかけてる……?」
「うん……」
その一言が脳内に何度も反響する。
焦りと使命感が胸を突き上げ、恵一はすぐさま行動を開始した。
階段を一気に駆け上がり、自室の扉を勢いよく開けるとパジャマを脱ぎ捨ててクローゼットを開けた。そして金色のアクセントが施された黒いジップアップジャケットと動きやすさを重視した黒いズボンを履く。
着替えを素早く済ませた後、階段を駆け下りて玄関にあるホワイトをベースにブラックと赤がアクセントのストリート系スニーカーに足を入れて紐を結び直す。
「……行くぞ」
その一言を自らに言い聞かせ、玄関のドアノブに手を掛けた瞬間だった——。
「おい、どこ行くんだよ」
振り返ると目の前に
その隣にはルカや
彼女の体温が恵一の胸にじんわりと伝わる。
「……私はお前が傷ついて帰ってくるのがクソムカつくのと同時にお前が……親父みたいに遠くに行っちまうんじゃねぇかって思っちまうんだよ……」
低く、震える声だった。
日葵の手が恵一の服を後ろから強く掴む。
「日葵さん……」
日葵は顔を恵一に見せないようにしているが肩がわずかに上下し、涙が零れ落ちたことを恵一ははっきりと感じ取った。
視線を横に向けると紗彩が強い目でこちらを見据えていた。
「行くんだったら、私達と約束して!けいちゃん!!」
紗彩の言葉は鋭いが唇はかすかに震えていた。
「絶対に……帰って来るって!!」
強い言葉の裏にある彼女の不安や心配が痛いほど伝わる。その後ろでルカと鵺は静かに頷いていた。
何も言わないがその目は何よりも多くの言葉を物語っていた。後ろにいたエマは口を緩ませた後にそっぽを向いてしまった。
「……」
この人達を置いて無様な姿では帰れない。そう強く心に決めて恵一は拳を強く握り締めた。
日葵が恵一から体を離すと急いで涙を拭き取って彼女は恵一の肩にコンッと拳を軽く当てた。
「だったら私からもだ恵一、私を安心させること言えよ……!」
その優しさと叱るような強さが入り混じった一撃は心の迷いを消し去るものだった。
「俺は絶対に帰って来る!
そう言い残して恵一は、玄関の扉を開けると同時に恵一の四肢に黒を基調とした
そして、異質な仮面がゆっくりと恵一の顔を覆った。
「……行って来ます」
そう言って恵一は一歩外へと踏み出すと地面を蹴り上げて恵一は弾丸のように空高く舞い上がった。
その跳躍力は異常で空中へと放たれた影は瞬く間に闇夜の中に消えていく。
ガチャリと扉が静かに閉まった。
恵一の後ろ姿を見送った全員は誰も声を発しなかった。
ただ静かに、祈るように…………。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
校舎に静寂が訪れると旧校舎の一室では滝夜叉姫が夜風に揺れるカーテン越しに夜空を見上げていた。彼女の手には
「う~ん、静かで風が涼しいのは良いけど話し相手がいないのは退屈だねぇ……」
そんな独り言をつぶやきながら盃を口元に運び、チビチビと酒を味わう滝夜叉姫。
その瞬間、夜風が一層強まると白いカーテンがふわりと舞い上がると背後に一人の女が現れた。
彼女は瑠偉や伸二たちが着ていたのと同じ【
滝夜叉姫は気付いていたかのように振り向くとにこやかに語りかけた。
「やぁ、タイミングが良いね!丁度夜酒の相手が欲しかったところなんだよ。一緒にどうだい?」
「ふざけるな」
低く冷たい声が返ってきて、瞳には鋭い殺意が渦巻いているようだった。
「汝は【
その一言は刃のように鋭く、容赦がなかった。だが、それを受けた滝夜叉姫は口を尖らせて頬を膨らませた。
「ちぇ~、ノリ悪いなぁ。どうせなら一緒に飲もうよ~」
彼女の子どものような不満げな表情は狂麼の言葉を気にしていないように見えた。
酒の香りが微かに漂う中、その場の空気は静かに張り詰めていく。
「貴様がそんなフリをしても無駄だ。私は汝を討つ為に来たのだからな」
静かな声だが確かな殺意がにじむその言葉に滝夜叉姫は目を細めた。
次の瞬間、カラン!っと徳利が床に落ちる音が響き渡る。
「あーあ、お酒が勿体ないなぁ~」
彼女の目が細まる。
その瞳には先程までの笑みは無く、深い闇が
「仕方ないなぁ……せっかくだから久々に遊んであげるよ」
滝夜叉姫は徳利を拾い上げて机にそっと置いて視線を狂麼を向けると彼女の背中から影が部屋全体を覆うのと同時に空気が重くなった。
その瞬間、狂麼は鳥肌が立つのを抑えきれなかった。
これが……禍が恐れられる理由……!
周囲の空気が震え、揺らぐ。
狂麼は素早く構えを取り、滝夜叉姫に鋭い視線を送り続けた。
静寂と圧力が混じる空間で滝夜叉姫は静かに微笑んで一言だけ呟いた。
「さぁて、今夜の
彼女の歪んだ微笑はまるで子どもが新しいおもちゃを見つけるような表情だった。
「面白い……!」
狂麼は口元を微かに緩ませ、影が液状に変化するとそこから黒い槍がゆっくりと出現した。
槍の表面を黒い稲妻が駆け巡り、生きているかのような不気味な輝きを放つ。狂麼はその槍をしっかりと握り締めると片足をわずかに引いて構えを取った。
「
「勿論!」
その一言と共に彼女は一気に踏み込み、突きを繰り出した。
だが、槍の一撃は滝夜叉姫の僅かな体のひねりによって紙一重で回避される。彼女はそのままくるりと一回転してすぐさま部屋を飛び出し、廊下へと身を躍らせた。
「壁絶対壊さないでよ~!!」
滝夜叉姫が自室にいる狂麼に届くように声を張った次の瞬間、ドガァァンッ!!と激しい音を立てて壁が粉々に砕け散り、崩れた壁の瓦礫の隙間から狂麼が姿を現した。
彼女の瞳は、獲物を見つめる猛獣の目。
「聞こえなかったな、なんて?」
「う、うぅ……狐伯に怒られる……」
狂麼はへらっとわざとらしく笑って半泣き顔の滝夜叉姫へと再び鋭く、風を裂くような突きを繰り出した。
連続の突きが滝夜叉姫に向かって放たれるそれをひょいひょいと身軽に躱しながら服の袖で涙を拭った。
「それにしてもこの
滝夜叉姫はいつもの状態に戻ると狂麼が持つ黒い槍をじっと見つめた。
狂麼はその言葉に一瞬だけ動きを止めたが次の瞬間――。
狂麼は一瞬で滝夜叉姫の目の前に現れた。
「
槍の名前を聞いた直後、滝夜叉姫はそれを聞いてフッと鼻で笑う。
「遠慮しとくよ」
滝夜叉姫は素早く体を低く構え、すぐさま狂麼の懐を離れたかに見えたが次の瞬間、彼女の手が槍の矛先を掴んでいたことに狂麼は目を見開いた。
「なっ…!」
狂麼はすぐに槍を振り払おうとしたが滝夜叉姫の拘束を振り払うことは出来なかった。
「結構見た目は軽そうなのに案外重いね、コレ」
「そのまま離さないでくれよ」
狂麼が低く呟くと各部から槍の一部が鋭い針となって一斉に飛び出し、滝夜叉姫の腕に襲いかかった。
だが、滝夜叉姫は慌てるどころか透き通った笑みを崩さなかった。
彼女は片手で槍を掴んだまま、もう片方の手で無数の針をまとめて握り締めた。
「ふふふっ……こりゃあなかなか気持ちいいねぇ。久々にゾクゾクする感じ……」
狂麼の声には狂気にも似た楽しげな響きがあった。
中々の
滝夜叉姫が心の中でぼそっと呟くとそのまま、彼女を軽く引き寄せるように力を加えた。
「私あんま暴れたくも殺したくも無いから止めよう!ストップだよ」
滝夜叉姫はそう言いながら槍の付け根をガリッと掴む。そして瞬く間に朧がバキンッ!と鋭い音を立てて折れてしまった。
「――は?」
狂麼の顔に初めての困惑が浮かんだ。
「対戦終了、お疲れ様」
彼女の声は冗談のようで冷酷。それに狂麼は液状となって消えていく朧を見つめながら異様な一言を呟いた。
「
「お?」
その言葉が発せられると周囲の闇が一斉に二人を包み込み、ガラスが砕け散る音が響き渡り、滝夜叉姫の目の前に広がったのは漆黒の闇と星屑が漂う、まるで異世界のような空間だった。
「広大~」
滝夜叉姫は目を輝かせ、周囲の不気味な景色に少しも動じずむしろその広がりに興味津々といった様子で見渡した。
狂麼が再び彼女の前に現れると不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「汝は此処で確実に仕留める」
「へぇ、やってみな――」
滝夜叉姫は余裕の笑みを浮かべながら答えようとしたが途中で言葉が途切れる。
彼女は何の前触れもなく強く地面に打ち付けられた。
その理由は彼女を宇宙全重力で抑えつけられているからだ。
だが、滝夜叉姫はその体勢にも関わらず表情を崩さなかった。重力に押しつけられていることさえ楽しんでいるかのように綺麗な笑顔を浮かべ続ける。
狂麼はその様子に苛立ちながらも周囲を歩きながら異能の説明を始めた。
「此処は隔離された僕の別次元固有の
狂麼が話し終わると滝夜叉姫の体全体を見えない斬撃が切り裂いていく。それでも滝夜叉姫の表情は変わらなかった。
「視えない斬撃……こんな能力使う
その笑顔と愉快そうな顔に狂麼はさらに怒りを覚えた。
「なら、焼却だ」
手首を軽く振ると今度は滝夜叉姫の体は青い炎に包まれた。炎は激しく滝夜叉姫の肌を焦がし、体全体に猛烈な痛みを与える筈が彼女の体は焦げる所かさっきの斬撃の傷さえ無く、服も無事のままであったのだ。
彼女の目は狂麼を見据え、ますます楽しげに輝いている。その痛みにどこか興奮を覚えているように感じる。
狂麼はその場で激しく憤り、滝夜叉姫に向かって声を荒げた。
「汝は何故笑っていられる!?何が可笑しい!!?」
その問いに滝夜叉姫は冷静で自信満々な表情で答えた。
「彼が来たからだよ」
その言葉と共に空間に亀裂が走り、激しい衝撃音と共に周囲の世界が崩れ始めた。
滝夜叉姫の言葉が終わると幽域は一瞬にして崩壊し、灰となって消えていった。その現象に狂麼はその瞬間に異変を感じ取った。
『虚空幽域』は彼女自身の異能によって維持されており、霊力が尽きない限りその空間は壊れない。だが、滝夜叉姫の存在が狂麼の霊力を削り取っていた為か彼女が滝夜叉姫を殺す一心で集中していたせいで霊力の使い過ぎが原因で空間は不安定になり、
滝夜叉姫の体を包んでいた青い炎は跡形もなく消え去り、埃を払うようにして立ち上がった。その顔には幸福に満ちた笑みが浮かび、後ろの人物に向けて微笑みかける。
「来るって信じてたよ。
その言葉が響くと後ろから声が返ってきた。
「俺、貴方に名前教えましたっけ?」
「気にしない気にしな~い」
その軽い返答の中にはどこか安心感と強さが感じられる。そして、その背後に現れたのは滝夜叉姫の信じた人物、恵一だった。
彼の登場によって、滝夜叉姫の表情は一層明るく、心からの笑顔を浮かべていた。
その笑顔が、狂麼にとってはさらに不気味に映った。
恵一の登場が滝夜叉姫にとっての運命の転機だったことは間違いない。
彼女はこの瞬間を待ちわびていたのだ。
恵一が滝夜叉姫に向かって微笑んだ後、彼女はあえて姫様風のセリフを投げかけた。
「待ってたよ勇者君」
「それ言いたかっただけでしょ」
滝夜叉姫は正にその瞬間、自分の計画がバレたことに驚いた様子を見せ、やや引きつった顔で反応した。
「バレた……だとっ!?」
「妖神ってユーモアの塊ですね……」
恵一の鋭い洞察力に滝夜叉姫は軽く塩顔になって、その場を流そうとしたが恵一は笑わず、むしろ首を左右に振りながら呆れた様子でため息をついた。
「何? 私じゃ何か不満なのか??」
滝夜叉姫が言うと恵一はそっぽを向いた。
「やっぱ不満あるじゃん!!」
滝夜叉姫は指をビシッと恵一に向けると頬をぐりぐりと指で押し付けた。
「……やめい」
恵一は少し切れ気味で滝夜叉姫の手を払い、冷静に返すが滝夜叉姫は笑顔でその反応を受け止めた。
「まぁとにかく……君が来てくれて良かったよ」
「そりゃどうも~。 で、誰すかアレ?」
滝夜叉姫はその質問に即座に答える。
「夜酒の友達」
「絶対嘘っすよね、見た感じ彼女先輩くらいだし……」
恵一はすぐにその答えを否定し、二人の軽妙なやり取りは続く。だが、その会話を見ていた狂麼は指をコキコキと慣らし運動をして何かを呟いた。
「
その言葉が響くと影の中から現れる人物がいた。
白髪の乱れた長髪に後ろ髪には赤いメッシュが入っている和風テイストの男。彼は赤い着物を身に纏い、金色の装飾が施されている。
「出力はいくつで?」
「10%で」
「了解……」
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