第12話 編み込まれた霊具
「速ッ……!」
恵一は驚きつつも反射的に横薙ぎの拳を放つ。だが、狂骨はその拳を片手で受け止めて拳を封じる。
「クソっ……!」
恵一が舌打ちする間もなく、狂骨の拳が恵一の
狙いは正確であり、骨と骨の隙間をすり抜けるような一撃が恵一の内臓を直撃。
「ガッ……おえっ!!」
激しい衝撃が内臓を震わせたことで恵一は思わず血を吐き出す。
視界がぼやけ、意識が飛びそうになる。
「おいおい、たったこれだけで終わりか?」
冷酷な笑みを浮かべながら狂骨はすぐに二発目の拳を振りかぶるが、狂骨の横顔に強烈な衝撃が突如として走る。
「手加減しなよ狂骨」
滝夜叉姫の回し蹴りが狂骨の顔面を捉えたのだ。
狂骨の身体は勢いよく横に吹き飛び、廊下の壁にゴォンッ!と大きな音を立てて激突する。
「チッ、余計な真似を……」
狂骨は鼻血を手で拭いながら壁の破片を払い落として立ち上がる。その目は今までの余裕から鋭い怒りの眼光へと変わっていた。
滝夜叉姫は不敵な笑みを浮かべ、指で挑発するようにクイッと手招きした。
「本当に腹立たしい……」
すると狂骨の片手に影が吸い込まれ、その手は鋭利な樋爪へと変化していく。
「死ぬ気で止めるんだな」
狂骨が一振りすると空気すら切り裂く音が響き、黒い斬撃が一直線に滝夜叉姫と恵一を貫こうと迫る。
避けきれ――!!
「よいしょ!」
滝夜叉姫はすぐさま恵一をお姫様抱っこすると一瞬でその場から跳躍し、風を切る音と共に斬撃が廊下の奥の壁を一直線に両断し、壁に大穴が開いた。
「私が守ってあげるから安心しなよ!」
太陽のような笑みを浮かべる滝夜叉姫。
その余裕たっぷりの表情が逆に恵一の心に不安を持たせた。
「いや、お姫様抱っこするのはやめて欲しいっス……」
「いいじゃんいいじゃん~」
そんな軽口を叩く二人を前に狂骨は更にもう片方の手にも影を纏わせた。その手もまた樋爪のような形へと変化し、両手がまさに殺戮の道具そのものになった。
「人間を庇うのか! それでも
狂骨の怒号が廊下全体に響き渡る。
滝夜叉姫はゆるりと笑いながら目を細めた。
「私が何だろうと楽しい方を選ぶに決まってるでしょ?」
「ふざけた
だが、狂骨の後ろで
「——十分時間を稼いでくれてありがとう、狂骨」
「……っ!?」
滝夜叉姫は即座に恵一と離れようとしたがすでに狂麼の手が床に触れていた。
「一瞬の判断が全てを決める。 選択すら選べない汝達はそうやって死んでいく」
狂麼の口元が不敵に歪むと手の下から黒い液体が滲み出す。その影は瞬く間に広がり、廊下一帯を浸食して瞬く間に辺り一面を覆い尽くした。
——
「少しマズいね……」
滝夜叉姫は咄嗟に恵一を守るように手を出して彼の行動も静止させる。
「この空間、どうなってやがる!?」
狂麼は前髪をかき上げるとその下から覗く鋭い
「此処は私の狩場。小童は何も出来ずに死ぬ」
その言葉が終わると同時に恵一の全身が突然、
「——がはっ!?」
突如として無数の斬撃と打撃が恵一の体を襲った。目には何も見えないが彼の体は見えない攻撃の雨に打ち滅ぼされたようだった。
「恵一!」
滝夜叉姫が叫ぶがその一瞬の間に彼の四肢を守る防具が次々と壊れ、最後には仮面も粉々に砕け散ってしまった。血が黒い地面へと滴れ落ち、その勢いは止まらなかった。
「クソッ……タ”レ”ェ”……」
そして恵一は血を吐いて倒れ込む。
滝夜叉姫はすぐに屈み込むと彼の首に手を当て、脈を確かめる。かなり弱まっているが確かに脈が動いていることに滝夜叉姫はほっとしつつ、額に一粒の冷汗を流した。
「……大丈夫、すぐに治すから」
彼女は手に青白い霊力を宿し、その手を恵一の胸に当てる。
だが、その瞬間——。
「まさか呑気に回復させるとでも?」
狂麼は音速で滝夜叉姫の背後を取るとその一瞬の過ちに焦ってしまう滝夜叉姫。
「しまっ——!!」
「人を心配して隙を見せてしまうなんて愚かですね」
彼女の背後に影が蠢き、そこから漆黒の槍がゆっくりと姿を現した。
「これで終わりです」
その槍は瞬く間に
ゴガァァン!!と鈍い衝撃音が結界内の空気を揺らす。
「……ぐっ!」
滝夜叉姫の体が宙を舞い、砲弾のように吹き飛ばされて地面に背中を打ち付けられる。
「正直ここまで強くなってたなんて……未来の陰陽師は有望だね」
「汝がどう思おうと関係ない。 それに記憶を消さば
狂麼はゆっくりとこちらに歩み寄り、鋭く冷ややかな視線で滝夜叉姫を睨みつける。
「滝夜叉姫、汝は度が過ぎた。 よって今、此処で殺す」
その言葉と同時に影が更に濃くなり、宇宙のような空間は歪み始める。
「汝ら【
滝夜叉姫は危機的状況でも口元を歪ませて薄ら笑いを浮かべた。
「……へぇ、言うじゃん」
「なら、教えてやる。狩られる側の屈辱を……」
狂麼が握る戦槌の【
彼女はその刃を振りかざし、空間すら切り裂く勢いで滝夜叉姫の首を討ち取ろうとした。だが、寸前でそれを避けた。
刃は虚しく空を切り、狂麼の目に苛立ちの色が浮かぶ。しかし滝夜叉姫は攻撃を躱しつつもその体には
滝夜叉姫は血だらけで倒れる恵一の前まで下がるとそっと彼の頭に手を乗せて語りかけるように恵一へと呟いた。
「分裂体での私では……彼女を止められない。 だから、此処は君に任せるよ」
その言葉を残すと滝夜叉姫の体は徐々に黒い霧となり、恵一の体を包み込む。
黒い霧が恵一の全身に吸い込まれるようにして消えていく中、気付けば滝夜叉姫は漆黒の中に立っていた。そこに座り込んでいたのは【
「君が、彼を気に入る理由が分かった気がするよ……」
ティンダロスの猟犬は静かに怪しく光る瞳を細めた。それは敵意では無く、どこか興味深げな仕草だった。
「……だからこそ、私も頑張らないとね」
滝夜叉姫の言葉は暗闇の中に響き渡った。その瞬間、空間に
——ガキンッッ!!と金属音が辺りに響き渡る。
その瞬間、鎖が音を立てて千切れると顔の半分が黒と銀の異質な仮面に覆われた。
仮面に覆われた左目には青い炎が宿り、四肢に生成されていた銀の鎧は一度分解されると補助機のように変化して可動域の広い隙間だらけの装甲へと姿を変えた。
「うお!? なんだこの姿!!?」
恵一は瞬時に目を覚ますと驚いて自分の顔や腕、足を確認する。金属のひやりとした感触に今まで以上の力が溢れていることを感じ取っていた。
——その時、脳内に響く声があった。
申し訳ない。 君は今、私の分裂体が出せる全ての霊力を扱うことができるようになっているけど、力加減には気を付けてくれ。 じゃあまた後で会おう!
「え、ちょっ……!」
自らの体に流れ込む力の正体を理解した恵一は思わず顔をしかめた。だが、その言葉を発した直後、彼はふと笑みを浮かべた。
「ったく、結局俺だけの力じゃ何も解決できねぇってことか……」
恵一の新たな姿を目にした瞬間、狂麼の体は一瞬ビクッ!と震えた。
「……フッ、フハハハハハ!!」
狂麼は肩を揺らして笑い始めた。感情が高ぶりすぎたのかその声は次第に大きくなり、ついには狂気じみた笑い声へと変わる。
「まさかそんな事まで出来るとは予想外だった!」
背筋をゾワリと震わせながら狂麼は目を細めた。
「今まで感じたことのない興奮だ……ッ! 心が躍る!」
狂麼は一気に体勢を屈め、地を強く蹴り上げた。
その一瞬で戦鎌状態の朧を手に狂麼は猛スピードで恵一へと突撃する。
その動きはもはや速いというより、一瞬の消失に近い。
影を一閃するその刃は滝夜叉姫ですらギリギリで躱していた必殺の一撃。
「死ぬなよ小童!!」
狂麼の叫びと共に戦鎌の刃が恵一の頭部をめがけて振り下ろされたがその一撃は金属音のぶつかり合う音と共に止まった。
なんと恵一の片手が狂麼の戦鎌の刃をガッチリと受け止めていたのだ。
「は?」
俺の現時点での状態はかなり体が重い代わりに全体の身体能力はかなり向上してやがる! ……でも、相変わらず能力の使い方がわかんねぇ!!
焦りで足が震える中、恵一はふとエマとの会話を思い出す。
ティンダロスの猟犬は主に鋭角を起点としてあらゆる場所を行き来できるけど、欠点も勿論あって曲線の中は移動できないの。
なんか面倒だなその感じ……。
その時はただの雑談だった。だが今、その言葉が脳裏に鮮明に蘇る。
「……鋭角、か」
恵一は周囲を見渡すがここは影の結界。全てが黒く淀んだ空間でそこに鋭角など存在しない。
曲線的な影の波紋が広がるばかりで鋭角の起点になるような場所は見当たら無かった。
「こんなとこで能力思い出したって意味ねぇじゃん!!」
「そろそろ終わらせるぞ」
恵一の手から朧を引き剝がすと素早く後退する。手元の朧は再びうねり出すと戦鎌だった見た目は刃がギザギザとなった大剣へと変貌を遂げ、狂麼は一瞬で間合いを詰めて大剣を振り抜いた。
「俺だって!!」
恵一の動きも負けておらず鋭い動きで体を捻って一撃を避けて後ろに後退するがそれは罠であり、背後の影が不自然に歪むとそこから黒く濁った手のようなものが伸びてきた。
「ッ!!?」
黒い骨手が恵一の両足をがっちりと掴む。
「これでもう身動きは取れないな」
影の中から狂骨が現れると彼は不気味に口元を緩ませた。
「終わりね」
狂麼の冷酷な声が響くと同時に狂麼の大剣が大きく振り上げられる。
「お疲れ様ってヤツだ」
狂骨の腕も影が集められて巨大な鉤爪と化し、両側からの挟撃が恵一に迫る。
もはや回避は不可能かと思われたその瞬間——。
「……ッ!!」
恵一の左目が青白い炎を激しく燃え上がると彼の片手から血液と影が宙を舞って混ざり合い、渦を巻くように凝縮されていく。
その渦は徐々に形を成し始め、黒を基調とした刀身が浮かび上がった。
刃の形状はメタリックな質感を帯び、表面には青い発光ラインが浮かび上がると持ち手と刃先は分断されて複数のパーツとなって宙に浮いたまま刀の形を保っていた。
刃先からは稲妻が激しく
迫って来ていた二人も一瞬だけ怯むと思わず足の動きが止まってしまう。
次の瞬間、脳内に滝夜叉姫の声が響いた。
遂に君の霊具が完成したね!
その声はどこか優しく、確固たる威厳を持っていた。
そうだね……名前は――”
その名が宣告された瞬間、恵一の瞳に火が灯った。
「
その刹那、狂骨と狂麼は飛び上がって恵一の頭上から一撃を放つつもりだったが彼の手に握られた刀から黒と鮮やかな黄色の稲妻がドゴォン!!と暴発すると稲妻は頭上の二人に命中して強張った声を漏らす。
恵一はこの
「うおおおおおおおおお!!!」
咆哮と共に緋雷血刀を大きく振り下ろすと巨大な青黄色の稲妻の斬撃を放たれ、斬撃は結界を真っ二つに両断したのだ。
ガラスが砕けるように幽域の空間そのものがガシァァン!と音を立てて砕け散る。
「嘘……だ、破壊不可能の幽域が……」
膝から崩れ落ちる狂麼の隣では体が崩れていく狂骨がいた。だが、それでも諦めきれなかった彼女は朧を持って震える足で立ち上がる。
「まだだ……! まだッ!!」
だがその瞬間、朧の刀身が粒子のように飛び散って崩壊していく。
あの時、一撃から身を守る為に朧を使ったのが効いたらしく想定を上回る一撃によって霊具や霊装、狂麼自身も限界を迎えていたのだ。
それは恵一もそうだったらしく黒と青の稲妻が弾け飛び、霊力が霧散していく。
恵一の左目の青い炎が徐々に消え、四肢を覆っていた鎧も崩れていった。
「はぁ、はぁ……っ!」
必死に息をする恵一の手からは緋雷血刀 が音も無く朽ち果てるように消滅した。
「……やっと終わったのか」
すると廊下の奥から拍手と共に澄んだ声が響き渡る。
「かっこよかったよ、恵一。 君は私の想像以上の力を見せてくれた」
廊下の奥から姿を現したのは滝夜叉姫だった。
彼女は試験を合格した生徒を褒める教師のような笑みを浮かべていた。
「君の感情の高ぶりが君の霊具を生み出し、それを完璧に使いこなしていた。 これ程までに安定した状態で顕現させるなんて正直驚かされたよ」
彼女はグッと親指を立てて、ウインクをしながら言い放つ。
「よって、合格だ! グッジョブ!」
「はぁ……戻って来てたなら助けて欲しかったです」
恵一は苦笑いしながら膝に手をついて深く息を吐いた。すると滝夜叉姫はふわりと軽やかに歩み寄り、狂麼の前にしゃがみ込む。
「君も存外強かったね。 誇っていいと思うよ」
「……ふざけるな」
狂麼はそっぽを向きながらボソッと呟く。
「僕の努力なんて……誰にも分かる訳が無い……」
その言葉はどこか悔しさと諦念が入り混じっていた。恵一は困惑した表情でどう話しかけるべきか言葉を探していた。だがその時、廊下の奥から別の足音が響いてきた。
足音は規則的でしかし不穏な静けさを感じさせるものだった。
その音に恵一は反射的に振り返った。
「誰がいつも校舎を修理してると思っているの?」
冷ややかな声が響き渡る。
四つの狐耳と揺れる複数の尻尾。
その女性は薄い金髪の長髪をたなびかせ王冠のような髪飾りを付けており、白いローブと和服が融合したような優美な服装を纏って足元からは霊気が立ち上がっている女性が歩いて来た。
彼女の表情は一見すると柔らかな笑顔を浮かべているがその奥からは底知れぬ怒りが滲み出ていた。
「あ、あははは……」
滝夜叉姫は明らかに焦った表情を浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。
「あ、あれ?
「貴方が頼んでた限定フィギアを届けに来たんですっよ!」
「ぎゃあああああ!?」
滝夜叉姫の頭はわし掴みにされてそのままガシィッと強い力で持ち上げられる。
「いや、これはね……」
滝夜叉姫はバタバタと手足を暴れさせるが彼女の手は微動だにしなかった。
「言い訳はいらないから夜叉ちゃん」
「うっ……」
「それと、君が恵一君だね?」
彼女は優雅に微笑みを恵一へと向けたがその微笑みの裏には明らかに圧倒的な威圧が含まれていた。
「初めまして、私は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます