第5話 少年の謎

 朝の日差しが窓から差し込んできた頃、恵一は目を覚まして寝ぼけながら体を起こそうとした。しかし、女神であるエマと鬼神の鵺が彼の体をがっちりとホールドしていて二人は恵一の体を抱きしめて離さなかった。


 その力強い抱擁ほうように恵一はびっくりしながらも抜け出せないことを感じていた。急がないと高校に遅刻してしまうという焦りが彼の胸を締め付ける。


どうしても二人を振りほどくことができず、恵一は思考停止したまま頭を掻いた。


「どうしよ…………」


 恵一は寝ぼけながら呟くと考えた挙句、二人を担ぐようにして部屋を出て階段を下りた。エマと鵺は寝ぼけているのか恵一に身を預けたまま動かない。それどころか抱きしめる力を強めたような気がする。


 腹がよじれる。てか、骨折れそう……


 ようやく下の階に着いてリビングに入ると静かな朝の空気が広がっており、台所にはコーヒーを飲む西園寺神楽さいおんじ かぐらと朝食を作る鳴間紗彩なりま さあやがいた。


「おはよー恵一ってどんな状況やねん」

「こっちが聞きてぇよ……」

 朝起きたらエマちゃんと鵺ちゃんが居なくなっててびっくりしたけどけいちゃんの所にいたんだ……なんかムカつく!


 紗彩は嫉妬した顔をしながらも気持ちを切り替えると全員で朝食を頂いた。


「ん~美味じゃな~」

「鵺ちゃん、ご飯粒ついてるよ」


 目が半開きな鵺はウトウトしながらもご飯を食べ進めるが隣に座っていた紗彩が鵺の頬にご飯粒が付いていることに気付いて取ってあげると鵺は「ありがちょぅ……」と小さく呟いた。


 反対では、コーヒーとトーストを互いに食べる神楽に恵一は昨日自分の身に起きた出来事を話しながら片手に茶碗を持って喋っていた。その会話で目が覚めたのか恵一の隣に座るエマは目をぱちぱちとさせて首を傾げながら腕を伸ばして軽いあくびをした。


 エマがようやく起きたことに気付いた恵一は神楽からエマへと目を移して軽くエマの肩を叩いて呟いた。


「おはよ。お寝坊神様」

「うぅ、誰がおねぼうですってぇ……」

「まだ、眠そうだな」


 エマの姿を見た神楽も手で口を隠しながら密かに笑った。


 朝食後、それぞれが制服に着替えて身支度を整えていたが、エマと鵺はまだ不満げな様子だった。洗面台で鮮やかな金の髪を整える恵一に懇願こんがんするように言った。


「私たちも一緒に行きたい!」


 しかし、恵一は苦笑いしながら首を横に振った。


「学校には一緒に行けないよ。留守番しててくれ~」


 エマと鵺は怒ったように頬を膨らませた姿を見た恵一は少し考えて何が思いついた顔をすると、リビングの方に指を指しながら説得を始めた。


「でもその代わり棚にある菓子は好きに食べていいし、家から出なければ好きなことしてたって構わないからさ。頼む!」


 結局、二人はまだ口を尖らせていたがお菓子の誘惑に少しだけ和らぐと渋々しぶしぶながらも留守番を受け入れた。それでも恵一の背中をじっと見つめて、どこか寂しげな表情をするエマと鵺だった。


 それから恵一は髪型を直し終わるとバッグを肩にかけながらふとスマホを取り出した。画面には日葵さんからのメッセージが届いていた。


『エマちゃんと鵺ちゃんは大丈夫なのか?』

『大丈夫です!二人ともお利口に留守番するらしいので』


 メッセージを送った後、日葵からグッドのスタンプが届いたのを確認してから恵一は階段を下りて靴を履き、準備が整った紗彩と神楽に一言告げた。


「じゃ、行くか」


 ドアノブに手を伸ばして玄関から出ると後ろからエマと鵺が手を振って見送ってくれていた。恵一たちは二人に向かって笑顔を返す。


「「行ってきます!」」

「気をつけてね~!」


 玄関のドアを優しく閉めると高校までの道のりを恵一、紗彩、そして神楽の三人は軽快に走り抜けた。朝の冷たい風が頬を撫でる中、恵一の速度に二人は一生懸命に着いて行き、気合いを入れながら校門に到着すると昇降口へと足を運び、各自下駄箱に靴を入れて上履きに履き替えた。


 二階に上がって教室に足を踏み入れるといつも通りの何気ないクラスの雰囲気が広がっていた。クラスメイトたちが声を交わし、笑いが飛び交う光景は恵一にとってどこか安堵感を感じさせるものだった。


 席に着いた恵一は軽く伸びをしながら持ってきた教材を机の上に置き、隣の席の紗彩にちらりと目を向けた。


「なんか、いつもの日常に戻ってホッとしたぜ」


 恵一は小さく呟くと紗彩も頷きながら担任がクラスに来るのを待っていた。


 それからは何事も無く普通の授業が始まり、窓から差し込む日が教室を明るく照らし、何気ない日常が静かに流れていく。


 朝のホームルームが終わり、一校時目が始まって授業を真面目に聞く生徒と面倒臭そうに流してる生徒で別れる中、恵一はふと窓の外の青空に目を向けてぼーっとしていた。クラスの声や黒板に書かれた文字が遠く感じられ、頭の中ではあの少年の言葉がぐるぐると回り続けていた。


 僕のことはルカと呼んでくれ。、会う時からでいいよ。

「またって……未来でも視えてんのかアイツ……」


 恵一は思わず小声で独り言を言いながら考えが深まるのを感じた。「また」という一言がまるで未来を視てきたという考えはあるがあの少年が一体何者なのか、まだ掴みきれていなかった。青空の広がる風景の中で過去と未来、現実と夢が交錯するような感覚に恵一は囚われていた。


 そんな時、視界の端に紗彩が映り込んできた。彼女が恵一に小さく目配せをして微笑みながら囁いた。


(先生に注意されるよ!)


 その言葉で我に返った恵一は慌てて授業に視線を移すが、どうしても集中できなかった。黒板に書かれた内容も先生が説明する言葉も耳に入らず、心はあの少年の謎に引き寄せられていた。


 それから長く感じていた一日がようやく終わり、放課後の教室は生徒たちの雑談や部活に向かう足音が聞こえ、恵一はバッグに教材やノートを片付けながらふと窓の外に目を向けた。その空にはもう夕暮れの色が広がっており、恵一はため息をついてバッグのチャックを閉じる。


 すると、神楽と紗彩が近づいてきた。神楽はいつものように明るい笑顔で恵一に軽く喋りかけてきた。


「じゃあ、俺は電子科学部に行くから先帰っててくれよ~」


 そう告げた神楽は黒いバッグを肩に掛けて教室を去っていった。恵一も軽く手を振るが気持ちはどこか別のところにあった。すると浮かばない顔を勘づかれたのか紗彩が恵一の前に立って優しく手を振りながら話しかけた。


「今日は私、祓屋はらいやの鍛錬があるけど帰りは一緒にどう?」


 恵一は一瞬迷ったがふと心に浮かんだ少年の言葉にまた引き寄せられるような感覚があり、思わず紗彩に言った。


「今日は一人で行ってくれないか?ちょっと行きたい場所があるんだ」

「え、何処行きたいのぉ~?」

「うざい、顔近づけんな」


 むぅと声を出して紗彩は恵一の顔を見ながら教室から出て行った。教室には一人だけ残った恵一は深呼吸を一つしてから、バッグを背負って教室を足早に出て屋上の扉まで来たがドアノブに手を伸ばす前にふと考えた。


 待って、普通に考えて屋上開いてる訳ないやん……それにあのルカって奴が言ってたのも嘘かもしれねぇし。まぁ一応開くか試すけどさぁ――。


 恵一は躊躇ちゅうちょしつつも手をドアノブに手を掛けて軽くひねるとガチャっと音と共に扉が開いて夕焼けの光が恵一を照らした。


 屋上に出ると鉄柵の近くに昨日の少年・ルカが本を片手に立っているのが見えた。彼は恵一の方を一瞥いちべつもせず、まるで待っていたかのように静かにたたずんでいた。その姿に少し驚きながらも恵一は歩みを進める。


「お前、昨日の……」


 恵一が声をかけるとルカはゆっくりと顔を向け、微笑んだ。その笑顔はどこか神秘的で恵一をどこか遠くの世界へ引き込もうとするような不思議な力を感じさせた。


「やぁ、待ってたよ恵一」


 ルカの言葉はまるで脳に直接流れ込んでくるようで恵一は一瞬言葉を失った。昨日の出来事が現実なのか夢なのか、未だに判断がつかない。


「どうしてここに?」

「決まっているじゃないか。ぼくが昨日君を呼んだじゃないか~」

「嘘かと思ってた……」

「まぁそれも人間の心理さ。気にしてないよ」


 ルカは本を軽く閉じるとそのまま鉄柵に背を向けて、少しだけ恵一に近づいた。


「君が来るのを予測してたからさ。でも、君はまだ気づいてないんだろう?自分の中に秘められた力について」

「秘められた力?」


 恵一は眉をひそめる。それは一体どういう意味なのかと 少し不安に思いながらも、彼はさらに質問を投げかけようとしたがルカの次の言葉がそれを止めた。


「今日は君に伝えたいことがあって来てもらったんだ」


 ルカの言葉には重みがあり、恵一はその意味を理解しきれずに戸惑っていた。


「その前にぼくのことについて少し知ってもらわないとね。ぼくの名前は月時つきどき ルカ。人間界ではこの名で過ごしていてね、本来は天界で時の女神・月読様ツクヨミさまの使いとして働いているけど月読様が人間界他諸々の世界に異変が起こり始めていることに気付いてぼくにその謎を確かめさせ、させる為にこちらへ来たのです」

「そうなのかぁ~~……」

「あまり、驚いてなさそうだ」

「まぁ未知体験したばっかなんで今なら何聞いても信じますし」

「恐ろしいね。人間の適応力ってものは」


 それからルカは一呼吸おいてから真剣な眼差しで恵一を見つめた。


「じゃあ時間も無いし本題に移ろう。君が今、ここにいること。それは偶然ではないよ。君の存在はこの世界で今起きている出来事に深く関わっているんだ」


 恵一はその言葉を聞いて心の中で色々な疑問が湧き上がった。何が起きているのか、なぜ自分がその中心にいるのか――全く見当もつかなかった。


 ルカは恵一の無言の問いかけに気づいたのか少し目を細めて話を続けた。


「簡単に言うとこの世界は今、崩壊の危機にひんしている。そして、その原因となっているのは君が持っている、あるいは『運命』と言ってもいい。君が生まれ持った能力が今後の世界の命運を大きく左右させるんだ」

「猟犬の呪いのことか?」

「それもあるだろうけど、そこじゃないんだ。君は気付いてないのかい?」

「何が?」

螺旋塔都市ティンダロスの猟犬は名前の通り、狙った獲物は絶対に逃がさない狩人ハンターなんだ。それに関わらず君のことは逃がしただろう?」

 言われてみればあの時だって、まるで俺に呪いの使い方を教えてくれたかのように見えた……!!


 恵一は一歩後ろに退くように足を踏み外す。自分がそんな大きな力を持っているなんて到底信じられない。だが、ルカの真剣な眼差しを見ているうちに少しずつその言葉が現実味を帯びてくる。


「君が目覚める前、この世界は静かだった。しかし、今は違う。神々や超自然的な存在、異次元の力が入り乱れてバランスが崩れかけている。そして、君はそのバランスを壊すカギも取り戻すカギも握っている――」


 ルカはその言葉を言い終わると少しだけ沈黙した。恵一は何も言わずにその言葉を噛みしめるように聞いていた。


「どうして俺が…?」


 恵一はついに口を開いた。それにルカは小さく笑いながら答えた。


「君がその力を自覚する時、選択しなければならない。正しい道を選ぶか、それとも間違った道に進むのか。だが、その道は決して一人では歩めない。だから、ぼくは君に伝えたかった」


 ルカの言葉には重みがあり、恵一はそれがただの話ではなく彼の未来に深く関わるものだと感じ取った。


「君の力は今後の戦いで試される。君を守り、導く者もいれば君のことを狙う者もいるだろう。その時、君は選ばなければならない。ただ……」

「ただ……?」

「選択が正しかったとしても君はいずれ、その力にされてしまうかもしれないけどね」

「…………」


 恵一はその言葉を胸に刻みながらどこか心の中で、もう一つの何かが目覚めるような予感を感じていた。


 落ち込んでいる恵一に対してルカは手を軽く叩き、恵一の視線を再び自分に向けさせた。そして、今まで通りの表情に戻っていた。


「さて、じゃあ別の話をしよう。この学校の生徒会長と呼ばれる立ち位置にいる少女は知ってるかい?」

「まぁ、なんとなく……」

「アレは人間じゃないよ。ぼくも近付きたくない程にね」


 恵一はその言葉に驚き口をパクパクさせる仕草にルカは笑いつつ説明を続けた。


「会長が持っているのは権力だけじゃないんだ。ぼくには人の中が”視える”んだ」

「どうゆうことだ?」

「まぁ君にわかりやすく言うならかな?」


 ルカは少し間を置いて恵一の反応を見ながら続けた。


「それを使って彼女の中を覗いたんだ。……異様だったよ、人間とは思えない程のごうを怨念が渦巻いていたね」


 恵一はその言葉に眉をひそめた。会長がただの権力者でないことはなんとなく理解していたがそれが一体どんな力を指しているのか、全く見当がつかなかった。


 ルカは遠くの校庭を見つめながら、さらに話を続けた。


「とにかく彼女自身はそのことを意識していないかもしれないが近づくことはおすすめしないかな。もしかしたら君が魅入られる可能性があるしね」

「マジかよ……」


 恵一は戸惑いながらもルカの話に耳を傾けた。どうして会長がそんな力を持っているのか、そして自分の力と何が関係しているのか疑問が膨らんでいった。


「もし、関わるなら君が彼女の力を消滅させるか……彼女ごと消すかの二択だね」

「会長は助けられるのか……?」


 恵一は恐る恐る聞くとルカはバッサリと答えた。


「ゼロに等しい」


 その言葉に恵一はこの世界にどうしようもないなと呆れた気持ちでいっぱいになった。そんな彼の肩を優しく掴んだルカは何か思い出したかのようにいきなり肩を揺さぶってきた。


「な、何だよいきなり!?」

「大変だ!恵一!!」


 ルカの額には汗が流れており、さっきとは明らかに違った表情であたふたしていた。


「だからなんだって――!」

「君のクラスの生徒が山奥の廃校にきもためし?に行こうとしてるぞ!!」

「それがどうしたんだよ!?」


 ルカは恵一の肩から手を放すと鮮やかな瞳から黒い渦のような暗い瞳へと豹変して恵一を見つめて言い放った。


「その廃校には、不気味な洋楽を流しながら現れる。手足を自在に伸ばす黒猫のバケモノが出る噂が流れていて、何人もの人間が行方不明になってるんだよ……」

「それって、ヤバくねぇか……」








































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