第3話 与えられた力

 恵一は焦りながらも【螺旋塔都市ティンダロスの猟犬】の力を引き出そうと試みた。だが、呪いの力が上手く制御できずに途中で変身が解けてしまい、赤黒い痣も消え去ってしまった。


クソッ!! また出来なかった!?


 彼は疲労で息を切らしつつも諦めず、再び全身に力を入れて集中した。


 次の瞬間、ぬえが地面を強く蹴り上げると音速の勢いで恵一に向かって一直線に突進してきた。


 驚愕する恵一の目の前にし、鋭い殺気を纏った鵺が迫る。


「けいちゃん!!」

「危ない!」


 女神であるエマは瞬時に魔法で恵一の体を引き寄せ、強引にその場から引き離した。鵺の攻撃が届く寸前でエマの魔法によって恵一はギリギリで鵺の突進を避けることに成功する。


 鵺の一撃が虚しく空を切り裂き、その衝撃で地面には深い亀裂きれつが刻まれた。エマは少し息を整えながら厳しく言葉をかける。


「恵一!! 無茶しないでって言ってるでしょ!!」


 その言葉に恵一は歯を食いしばり、悔しげにうなずいた。


「わかってる……でも、どうにかして止めないとだろ!」


 鵺は二人の様子を冷ややかに見つめ、再び攻撃の態勢を整え始める。再び睨み合いが続く中、恵一とエマは息を合わせて次の一手を考え鵺に立ち向かう覚悟を固めた。


 鵺は不敵な笑みを浮かべながら恵一とエマを見下すように見つめていた。


 その笑みはどこか余裕を感じさせ、恵一達の覚悟を面白がっているようだった。


 そして、鵺はゆっくりと指を鳴らすと青色の十字架が刻まれた四つの黒いひつぎが宙に現れた。


 棺達は重々しい音を響かせながら並び、その中の一つが鵺の前でピタリと止まった。


「さぁ、お楽しみはこれからじゃぞ」

「!!?」


 鵺が呟くと棺が鈍い音を立てて開き、その中から巨大な戦鎌ウォーサイスがゆっくりと現れた。その戦鎌は漆黒の柄を持ち、刃の部分は紅蓮色のエネルギーが脈動するように渦巻いていた。


 それは生きているかのように光り輝き、灼熱しゃくねつのエネルギーは周囲の空気を揺らし、焼けつくような熱気を放っていた。


熱ッ……!?


 その熱気は恵一の顔に触れるとジュゥ……と微かな音を立てて皮膚に火傷をつけた。


 慌ててその部分を手で擦って熱さを和らげる。


 鵺は戦鎌にれしたような表情でゆっくりとこちらに視線を移した。


葬祭惨禍そうさいさんか朱棺しゅかんの『焔鴉ホムラガラス』」


 さらに戦鎌の中心にはエネルギーコアが埋め込まれており、そのコアが禍々しく輝くたびに周囲の空間に不気味な波動が広がっていく。鵺は戦鎌を片手で軽々と掴み上げるとその刃先を恵一達に向けて構えた。


「どうじゃ? この灼熱のやいばに貴様らの覚悟がどこまで通じるか、魅せて貰おう」


 鵺の声には余裕があり、強烈なプレッシャーが四人にのしかかった。


 エマは杖を握り締め、恵一に一瞬目配せをした。体が動かなかった西園寺神楽さいおんじ かぐら鳴間紗彩なりま さあやも金縛りを解くようにゆっくりと動き始めた。


「準備はいい? ここからは一瞬の隙も許されないよ……」

「あぁ、やってやるさ!」

「俺達も行くぞ!」

「私、女子殴るのは流石に無理なんだけど……」


 すると鵺は焔鴉を軽々と振りかざし、猛然もうぜんと四人に攻め込んだ。それにエマが真っ先に反応して杖を使って戦鎌の一撃を受け止める。


 衝撃が走り、エマは力を込めて耐えるが鵺の圧倒的な力は並大抵ではなかった。


 その瞬間、エマの背後から神楽と恵一が同時に飛び出すと息の合った動きで蹴りを繰り出した。


「「食らいやがれ!!」」


 しかし、蹴りが当たる前に焔鴉の刃から紅蓮の炎が猛スピードで伸びると二人の腹部に直撃する。


 神楽と恵一は咄嗟に地面に転がり、炎を振り払おうと必死に体を擦り付けるが紅蓮の炎は消えるどころかますます燃え広がっていく。


「あちぃぃぃぃぃ!!」

「ぐっ……!」


 二人は苦痛に顔を歪め、悶絶していた。


 だがその時、紗彩が素早く動くと神楽と恵一の背中を思い切り叩く。すると不思議なことに、紅蓮の炎は二人の体から引き剥がされるように消えていった。


「あれ……何で?」

「私の中に流れる魂を君達に思いっきりぶつけて炎の標的を私の魂に変えたの! すごいでしょ!?」

「そんなことが出来るのかよ」


 その瞬間を見ていた鵺は一瞬だけ驚きの表情を浮かべたがすぐに不敵な笑みを取り戻した。


やるのぉあのオナゴ。先に潰すのがベストじゃな。

「何笑ってんの――ッ」


 エマが捻じ伏せようとするが鵺は焔鴉を振り払ってエマを弾き飛ばし、紗彩へと向かって突進していった。


「紗彩!!」


 紗彩はその圧倒的な気迫に目を見開くが決して怯むことなく構えを取る。だが、恵一は紗彩を守るために本能的に一歩を踏み出そうとしたがその瞬間、辺り一帯が不気味な暗闇に包まれた。


 光はすべて飲み込まれ、視界が完全に奪われてしまったかのように……


「な、なんだこの暗闇は!? みんなは!?」


 恵一が声を張り上げるがその声も闇に吸い込まれていくように消えてしまい、彼は闇の中に立ち尽くしていたが背後から感じる禍々しい気配にゆっくりと振り返る。


そこに現れたのは暗闇の中で赤黒く目を光らせる巨大なティンダロスの猟犬だった。


 青黒いもやが渦を巻くその姿は圧倒的な恐怖を与え、恵一は逃れることもできずに猟犬の鋭い牙が彼の体に一瞬で迫った。


 痛みが走ると恵一は一瞬、すべてが終わったかのように思えた。


 しかし意識は飛ばずに視界が少しだけ良くなると自らの胸に違和感を覚える。


 恵一は視線を傾けると体の内部が剥き出しになっており、心臓に巻き付く朱色と青色のいばらが血管と共に絡み合っているのが瞳に映ったのだ。


 その不気味な茨は彼の体を縛る呪いのように見えたが恵一は咄嗟に自らの手でその茨を強く握り締めた。


なんだかよくわかんねぇけど……これをほどけば!!


 痛みと共に体中に熱い血液が力強く巡っていく。全身に漲るエネルギーを感じ取りながら恵一は深く息を吸い込むと猟犬はまた暗闇へと消えていく後ろ姿を見ながら徐々に意識が遠のいていった。


 目の前の暗闇が晴れて意識が完全に戻った時、恵一は目を見開いた。


 鵺が焔鴉を振り下ろした灼熱の刃が紗彩を切り裂こうとした瞬間、恵一の右手には黒く鋭い鉤爪かぎづめが生えるとガキンッッ!!と重い音と火花を立たせて刃を受け止めたのだ。


 同時に灼熱のエネルギーが激しく弾け飛び、恵一は揺るぎない眼差しで鵺を見据みすえながら口元には自信に満ちた微笑みが浮かんでいた。


「なんじゃと!?」

「来たぜ……俺の出番だ!」

まさかあの時、ティンダロスの猟犬は俺の中にある呪いの使い方を教えてくれたのか……?


 疑問を抱きながらも彼の体から放たれる力はかつての無力さを完全に拭い去っていた。


 鵺は思わず驚愕の表情を浮かべたが次の瞬間にはワクワクした顔をしながら焔鴉に力を加えた。


「ほぉ……」

「けいちゃん! その腕どうしたの!?」

「後で説明するから! ……神楽!!」

「おう!」


 恵一の言葉に神楽は紗彩を抱き上げてエマの隣まで避難した。するとエマは杖を使って体を治癒させると恵一の方を向きながら深いため息をついた。


「全く、使うなって言ったのに……」

「エマちゃん、あれってなんなの?」


 紗彩の質問にエマは少し間を置いてこちらを向きながらゆっくりと返答した。


「あれは【ティンダロスの猟犬】と呼ばれる神話生物でね。 そいつに恵一は呪われちゃったの……」

「えっ!?」

「いや、正しくは懐かれた……かな」

「じゃあ恵一は今、猟犬の力が使えるってことか。 どうりで変な姿になってた訳だ」


 神楽は冷静に少し前の恵一と今の恵一を見定めて、呪いの力によって姿が変わることを覚えたのと同時にその生態について探求心が湧いたのだった。


 そして恵一の方では鵺が焔鴉を激しく振り回しながら目の前の戦闘の中で数千年前に戦った強大な術師との死闘を思い返していた。


 炎と呪術が交錯する中で屈辱を味わいながらも心の底から沸き上がる楽しさを感じていたあの記憶が、今まさに蘇るように彼女を突き動かしていた。


「もっとじゃ! もっと我を楽しませてくれ!! 永業えいごう飛天火災ひてんかさい!!」


 鵺の声が響くと同時に焔鴉から放たれた紅蓮の炎が巨大な渦となって巻き起こり、恵一を呑み込んだ。


 炎の大渦は街の一部を焦がす程の威力で熱と圧力が周囲の空気をも焼き尽くしていった……。


「離れるよ神楽、紗彩!」

「それが良さそうだな」

「でもけいちゃんが……!」

「心配ないよ。 だって――」


 エマが言いかけた瞬間、炎の中から金属音が鳴り響くと紅蓮の火炎を突き破るように現れたのは四肢に青黒いはがねの鎧を纏った恵一の姿だった。


 その鎧はティンダロスの猟犬の力が具現化したものであり、彼の体を守りながら圧倒的な威圧感を放っていた。


 顔も徐々に異質な仮面で覆われていき、六つの赤黒く光る瞳は鋭く鵺を射抜いていた。


「今度はちゃんと意識があるぜ!」


 恵一は炎の渦を蹴って跳躍して空中を舞うように一気に鵺へと突撃した。


 そのスピードは尋常ではなく、鎧に包まれた恵一の一撃は地面を砕く勢いを持っていた。


 鵺は突如として変化した姿に目を見開き、僅かに表情を引き締めた。


あぁ、この感じ……術師もこんな異次元的チカラを持っておったな。

「貴様、名はなんじゃ?」


 焔鴉を肩にかけながら恵一へと視線を向けた。それに彼も応えるように自信満々の笑みで強く答えた。


「俺は夏桜恵一なざくら けいいち。 ちょっと恵まれてないの高校生だ」










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