第2話 戦士ダレスは絵心がほしい
ごく単純な話だ。努力は報われるべきだと俺は思う。
頑張ったら、頑張ったぶんだけ、幸福が訪れていいじゃないか。神なんてもんがいるなら、世界つくった時にルールブックの第一条で書いとけよ。
(お前もそう思わねーか、なァ?)
教会の前で別れたエルフの女神官へ、ダレスはぶっきらぼうに思念を送る。そんな魔法の力はないので、脳内の独り言である。
「勇者マーガレットよ、よくぞ無事に戻ってきた」
面を上げよ。命じる国王の言葉はどこか冷たい。謁見の間に敷かれた赤いカーペットの上、勇者一行は恭しく膝を着き傅いており……つられて背中を起こしかけたマオを、ダレスは軽く押さえつけて制する。王が拝謁を許可したのは勇者であって、後ろに控える戦士と付与術士ではない。
「お父様も壮健そうで何よりです」
「うむ。余は【輝ら力】を磨いておるからな」
うらはらにゴホゴホと王が咳き込む。すかさず「お父様っ」と気遣ったのは、王の傍らに立っていた妙齢の女――第一王子のサイネリアだ。
「我が君は体調がすぐれませんわ。ニヴール遺跡攻略の顛末は、また後日に伺います」
下がりなさい。サイネリアが王に代わって命じる。
――待って、とマーガレットが食い下がった。
「ここにいるダレスとマオは、此度の遠征で大いに活躍した功労者です。どうか一言、その労をねぎらっていただけないでしょうか」
「下がれと言ってるでしょう!」
ヒステリックに叫ぶサイネリアを「よい」と王が遮る。
「勇者の御供たち、面を上げよ」
ダレスとマオはようやく背中を起こし、壇上に座している王を直視する。
お姫さんは壮健なんて言ってたが、また一段と痩せこけた印象を受ける。斬首必至の比喩で言やあ、長毛のヒョロっちい老犬だ。ちなみに昔はマジ「首を刎ねよ」が口癖だったからな、この暗君。
「戦士ダレスと……そちらの娘は何といったか」
「あっ! みゃっ! みゃお、でしゅ――」
びっくり背を反り返らせたマオが、うっかり名前を噛んでしまった。見かねたマーガレットがさらりと訂正する。
「わたくしの幼なじみでもある、付与術士のマオです、お父様」
「ふむ。戦士ダレス、付与術士マオ、大義である」
大義とかンのこたあ、ど~~でもいい。謁見の間へ入場した時から俺が苛立っているのは、王座の後ろにでかでかと掲げられた、一枚の肖像画だ。油絵具で描かれているのは、花弁のようなドレスを着た、金髪碧眼の少女――第三王子マーガレットに他ならない。
(お姫さんの国葬を準備していたな? いや、終えた後か?)
首都の城塞都市フラウへ戻って来た際、衛兵の反応からして妙だった。アンデッドを見た面だったなアレは。訝しんで矛先を向けてきた衛兵の男は、お姫さんが【輝ら力】を全開にして
半ば押し入るかたちで凱旋~謁見まで進んだため、そこなクソデカ肖像画は外すタイミングを逸したのだろう。お姫さんが頑張った結果が、コレか。待ってましたと花びら降らせて迎えるとこじゃねーのか。なんで死んだことになってんだ?
「……ニヴール遺跡は、長らく放置され、魔物溜まりと化していました」
サイネリアが事務的なトーンで、また勝手に王を代理する。
「あなた方が本当に攻略したというなら、民の安心は保たれましょう」
「褒美は」
思わず不敬が口を衝いた。
「ないのか」
「戦士ダレス、王に対して無礼ですよ」
「俺は君に話してるんだぜ」
肖像画を描かせたのも、サイネリア、君だろう。勇者は報われるべきだ。
マーガレットと同じ碧い瞳を、ダレスはじっと見つめる。たじろいで言葉を詰まらせた第一王子が、こほんと咳払いして回答する。
「SSS級のダンジョン攻略です。踏破したパーティーには相応の褒賞金が、冒険者ギルドを通じて支払われることになりますわ」
「俺みたいな平民にゃ~~それで構わないけどよ。勇者マーガレットはお姫様だ。金貨いくらを与える、つーのは妙な話だろ」
サイネリアから視線を滑らせ、ダレスは王にも一瞥をくれる。対して王は、まばたきにしては長めに瞼を伏せてから、第一王子へ「任せる」とばかりアイコンタクトを送った。
「では……勇者マーガレット」
「はいっ、サイネリアお姉様!」
「あなたには、この絵画を差し上げますわ」
ダレスは片膝立ちでズッコケそうになる。サイネリアが閉じた扇子の先で指したのは、現在進行形で見せつけられている巨大な肖像画だ。不要になった遺影を押しつけってか。
ダレスが抗議の声を上げるより早く、「まあっ♪」マーガレットが歓喜の声をかぶせてくる。
「この重厚な色合いに、大胆でありながら繊細さもあるタッチ! さぞ名のある方が描かれたのでしょう」
「え、ええ……あえて宮廷画家ではなく、新進気鋭の街絵師に描かせましたの」
「どうりで、わたくしの顔をよく描けているわ。いち冒険者として、市井の皆さんと交流を深くした甲斐があるというもの」
清流を想わせるマーガレットの応答に、サイネリアが頬をヒクつかせる。
嫌がらせを嫌がらせとして受け止めなければ、弄した本人へダメージが返っていく。自然とそれができるお姫さんは、上に立つ者の風格があるな。そういうとこも母親に似ている。
人の悪意を、ある意味「魔」を遠ざけるという見方じゃ、これも一つの【輝ら力】と呼べるかもしれん。――などと、勇者の勝利にダレスが悦に入っていると、
「では、この素敵な絵をいただけるのですね」
「そう言いましてよ」
「ありがとうございます。では、ダレスさん」
予期せぬスルーパスが転がってくる。
「わたくしから、貴方にこの絵をプレゼントいたします」
「ど、どういう意図で?」
「お付きのメイドでもあるマオと違い、ダレスさんとは、四六時中いっしょというわけにいきませんから……この絵を飾って、わたくしを感じてください♡」
(~~っ! ダレメグ禁止っ!)
メグダレなのかこれは。とにかく禁止だ、禁止っ!
そもそも謁見の間みたいな天井の高さでなきゃ、フツーには飾れないだろサイズ的に。まるまる壁一面がお姫さんの肖像に占拠されるわ! それが狙いなの? こわい。
(たとえフツーの大きさだったとしても……おそらく俺のメンタルにクる)
マーガレット、君は、君の母親と瓜二つなんだよ。
色づいた勇者たちのやりとりを前に、サイネリアが一つ咳払いして主導権を取り返す。
「あなたの物になった後、どうしようと好きになさい。これで褒賞については解決ですわね」
かくして謁見は終わりと思われた、その時である。
「ああ、そうだ――」
たった今思いついたという調子で王が告げる。
「そこの付与術士は、首を刎ねておくこと」
「……ふぇ……?」
突然に斬首刑を課せられたマオは、目を白黒させて、しりもちをついてしまう。
(歳食っても、国王の悪癖は健在か)
ダレスは唇を噛む。
「お父様、あんまりですっ! 先ほどは大義であったと!」
「それはそれ、これはこれ」
何度か咳き込んでから興味なさげに王が続ける。
「勇者を蔑ろにされても、その付与術士は噛みついてこなんだ。それどころか、萎縮して己の名さえまともに言えぬ様子……勇者には不要な御供だ」
ここでの最適解は「ハ」と了解しておくことだな。ダレスは思う。
気まぐれな暗君は、気まぐれで思いついた斬首など一晩、いや一度用を足しているうちに忘れるだろう。すんなり了解して記憶に残させない応答がベスト。
「お父様!」
だが――第一王子をあしらってみせたお姫さんも、マオのことだけは上手でいられない。
ああ、眩しいな。それでこそ。
「わずか半刻にも満たない時間で、どうして、わたくしのマオを理解できましょうか!」
「判る。余は王だからな」
父娘のあいだで火花が散る。サイネリアは絶句して介入できない。
「でしたら、もっと判るようにお見せします」
いったい何を? ダレスも首を傾げた次の瞬間だった。赤いカーペットの上でへたり込んだマオへ、その唇へ、マーガレットは躊躇なくベーゼを与えた。
途端に、ダレスの視界で白い花が咲き乱れる。謁見の場にあっては、パーティの壁役ではなく勇者が先頭だ。発生した〝メグマオ〟を余すところなくダレスは拝むことができた。打算も何もかも頭から吹き飛んで、ただ掌を合わせて感謝する――。
「これが、わたくしにとってマオが必要という答えです」
神聖な静寂が謁見の間に満ちていく。王は一言「覚えておこう」と仏頂面で言い残し、サイネリアを伴って退場していった。
「あ、あの……」
勇者一行だけとなったところで、マオが上目遣いに発する。
「ごめんなさい、貴女の許しも得ず」
「いえ! あたしも嬉しかったです、けど、ただ」
「なにか?」
「次はもっと、ロマンチックなのがいいな、って」
感情ぐちゃぐちゃで微笑む、マオの周りはかすかに湯気立って、彼女が失禁していることを物語っている。無理もない。
かえって愛おしさが溢れたのか、マーガレットは厭わずにマオを抱き締める。
(俺も……絵を描けるようになりてぇな)
眼前の尊みに合掌しつつ、ダレスは己の絵心のなさを呪うのだった。
パーティの壁はリリィが見たい 瀬戸内ジャクソン @setouchiJ
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