パーティの壁はリリィが見たい
瀬戸内ジャクソン
第1話 戦士ダレスは赦されたい
オークにコボルド、ゴブリンにリザードマン。
群群がるモンスターどもを前に、戦士ダレスは悶悶としていた。
苦虫を噛み潰したような彼へ、刃こぼれのひどい手斧が雑に振り下ろされる――その軌道にダレスは一瞥もくれず、いたずら小僧をあしらうように盾で受け流す。よろけたオークの脇から抜けてきた小兵、ゴブリンを蹴り飛ばし、隙ありとばかりに偃月刀で突いてくるコボルド&リザードマンには、盾の横薙ぎでパリィする。
昏い遺跡内の通路にあって、戦士ダレスは、まさに勇者一行の「壁」として機能している。盾を持たない他方の手には松明が握られており、あくまで最前の壁役である。
(さすがに数が多いな……目の前への対処に意識が割かれる)
遺跡の奥からは
危なげなく敵を惹きつけつつ、しかしダレスもまた惹きつけられている。眼前のモンスターに? 否である。
「姫さま――いえ、勇者さまっ――失礼いたします!」
背後から、意を決した少女の声とともに、かすかに衣擦れの音が聞こえてくる。
「ふふ、やっと触れてくれた。わたくしとマオの仲だもの、遠慮なんていらないのに」
たおやかな、それでいて拗ねた声が応える。
「姉妹同然に育てられたとはいえっ……姫さまとあたしは、主と従者でございます!」
斯様に直に触れる無礼、あたしが付与術士として未熟なせいで! 少女マオの懺悔に嗚咽が混じる。
「キーッ!」
(ゴブリンてめーは間に入ってくんな)
ダレスはシールドチャージで間者、もとい魔物を吹っ飛ばす。さながら砲弾と化したゴブリンは、後続の魔物もまとめて総崩れにさせた。
「マオ、聞いて。巷の付与術士が、触れずに強化魔法を使うのは、効率を優先しているからに過ぎないわ」
「姫さま」
「勇者さま、でしょう?」
ふわり、やさしさ100パーセントで勇者が続ける。
「ここぞというときは、名うての付与術士だって触れる。そして120パーセントで挑むの」
しっかりね。姫勇者の励ましに「はいっ」とマオのやる気スイッチが入る。
「……んっ……揉みしだく必要はないのよ」
「申し訳ありません! つかみやすい大きさでしたので、つい」
「申し訳あるじゃない! わたくしより大きい貴女に言われると、そこはかとなく、傷つくわね――」
ダレスは背中で【輝ら力】が増大する気配を感じる。
(お姫さんの何くそパワーも乗ってるなこりゃ)
これならシールドチャージで弱ったモンスターを一掃できるだろう。ちなみに【輝ら力】ってえのは、王族だけが使える特別な魔力のことだ。一部の学者は光属性として定義しているが……昔パーティ組んでた魔女に言わせりゃ、根っこから異質なチートパワーらしい。
「で、では! もっと揉んで大きくしてさしあげますので!」
「それは帰ってからに、ああもうっ!」
戦士ダレスは悶悶としていた。後ろで咲きまくる美しい花に。
いかに拝みたいと思えども振り返るわけにはいかない。いかに低級モンスターが相手でも、油断して頭に矢を受ければ人は死ぬのだ。
「ダレスさん、お待たせしました! 勇者いけます!」
だが、この世には――。
「やってくれ!」
背後から直撃をもらっても平気な攻撃がある。
「はあああッ! 全力全開ッッ! 輝ら、力ぁああああああ!!」
王族だけが使える特別な魔力は、魔なる物、モンスターだけを祓う。すなわち避ける必要はなく、むしろ壁役が前に立つことで射線を隠すことができる。
(お姫さんとマオの生んだ光が、透過光となって、俺のなかを突き抜けていく――)
ダレスは尊みを噛み締めながら、燃えカスとなり果てるモンスターどもに合掌する。今回も勇者一行は、彼が一度も振り返ることなく状況を終了した。
「――全く理解に苦しみます」
松明から移した焚火の明かりに照らされ、そう口にしたのはエルフの女神官である。白い法衣をまとった彼女は、四人パーティの勇者一行においてしんがりを任されている精鋭。先の戦闘でも、ダレスとは逆に最後衛で挟撃警戒と
(名前は何といったか。どうしても覚えられず、俺は『お前』とか呼んでいる)
ん? なんだお前? 不満を垂れたくせ、続く台詞が飛んでこないぞ。
「……」
ああ、そこで折り重なるよう眠ってる、お姫さんとマオには聞かせたくないのか。
それにしても無垢な寝顔をしている。戦闘中は拝めないぶん、野営している間「メグマオ」の尊みを補給しなければ。――「メグマオ」それは、お姫さんの御名であるマーガレットの愛称メグと、従者マオの名前を連ねたカップリング名だ。
公言したら最後、おそらく俺は不敬罪で斬首だろう。
「遠慮する必要はないと思うぜ」
ダレスは、遺跡の壁から剥がした朽ち蔦を、焚火へと放る。
ぱちんと爆ぜる音がして、炎は勢いを取り戻す。
「ふたりの胸の上下を見るに、ゆったり深い呼吸をしている……疲れから眠りも深かろう」
「よく見ているのですね。変態」
「理解に苦しむのは俺の性癖ってか?」
「いいえ。先ほどの【輝ら力】について」
女神官の糸目がうっすらと開く。
「今さらだな。お前ら神官も使っている光魔法か、より上位の何かだろ。どちらにせよ、王族にだけ継承されている『まっとうな力』だ」
「だからこそ、ですよ」
「は……?」
「二十年前の人魔大戦において【輝ら力】は猛威を振るいませんでした。魔王を斃した当時の勇者でさえ、かの力を有していなかったと聞きます」
「お前さんが言いたいのは、こういうことか? 王族が【
女神官は沈黙をもって答える。やべえぞ。こっちのほうが不敬罪で斬首な話題じゃねーか。
「……まあ、色々あったんだよ」
「見てきたような言い方ですね」
「俺ぁ、今年で三十八になる。十八の頃にはいちおう王家に仕えていた」
エルフのお前に比べりゃ長く生きちゃいないが、お前よりも王国を知っているつもりだ。ヒューマン以外を移民として受け入れ始めたのは、ここ十年くらいのことだからな。
「私は、いずれ大僧正にまで上り詰めます。――遅くとも、その時には暴いてみせましょう。【輝ら力】にまつわる全てを」
「長命種は余裕だねえ」
こいつなら意外でもなく何十年かで達成しちまいそうだ。十年そこらで教会から推薦を得、姫勇者パーティの一角に入ってきてんだから。
「はあああッ! 全力全開ッッ! 輝ら、力ぁああああああ(むにゃむにゃ)」
うおっ! びっくりした……お姫さんの寝言か。傍らでしゃべり過ぎて眠りが浅くなってきてんのかも。危ない話題はここまでだな。
「しっかし、お前はずるいよな」
「何の話です」
「俺と違って、メグマ――お姫さんとマオを、ずっと視界に入れていられるだろ。あーでも、戦闘中に見えるのは背中ばかりか。待て。後ろ姿にも良さが」
「変態」
「紳士だよ、俺は」
ダレスは愛おしむ目線をふたりへ向ける。
年頃は十代半ば、まだ顔立ちにはあどけなさが残っている。マーガレット姫の髪は白金色で腰まで長さがあり、肌も雪のように白い。従者マオはハネっ毛の黒髪を短く切っていて、肌の浅黒さは大地を想わせる。寄り添い眠る様は、さながら白猫と黒猫のつがいだ。
「メグちゃん」
不意に、マオも寝言を呟いてマーガレットに頬擦りした。
勇者さまでもなく、姫さまでもなく。ふたりきりのシチュエーションでは、同じ乳母のもと育った姉妹ゆえ、その呼び方となるのだろう。
(っ……尊ぇ……)
ダレスは泣いた。マオの口から「メグちゃん」が聴けるのは希少オブ希少だ。前に聴いたの何時だったか。再び合掌していると、女神官の冷ややかな声が耳朶を打つ。
「そこな紳士」
「すっげ~~皮肉に感じる」
「客人がいらしたようですよ」
目配せに従って尊みの花園から首をめぐらせれば、野営地としているトラップ部屋(だった石造り空間)唯一の出入口に、赤く光る双眸――が――四つ、六つ、八つの瞳で陰から睨んできている。一方でその体躯は一つ。
わずかに漂ってくる腐臭でダレスは確信する。
(モンスターの死骸が融合した、アンデッド系のキメラか)
死んでるやつは気配がなくて困る。ちゃんと気づけるこいつは、ちゃんと神官だ。
さあて、このキメラ、さっきの戦闘で屠られたやつらじゃあないな。【輝ら力】を浴びたモンスターは浄化されアンデッドにはなりえない。遺跡を攻略せんと先に潜ったパーティが倒し、倒された成れの果てだ。――かつて冒険者だったっぽい人間が、キメラを構成するアンデッドの一体として混じっている。
「客人、ね」
ダレスは頭をがしがし掻いて、深く嘆息する。
お姫さんとマオにゃ刺激が強すぎらあ。それに、今はあのまま安らかに「メグマオ」していてほしい。はあぁ、まったく……俺の役回り、おちおち推しを見てらんねぇ。
「皆さんを起こしますか」
「及ばない。来客者は俺ひとりで応対する」
お前は火が消えないよう見ていてくれ。言ってダレスは静かに立つ。腰に提げていた片手剣を音もなく抜き、ダレス自身もアンデッドめいた、幽鬼のごとくキメラへ歩み寄る。
一歩、二歩、三歩……。
「残念だったな。もう俺の間合いだ」
次の刹那、まだ陰の中にいるキメラが、無数のキューブとなって弾けた。調理でいえば微塵切りだ。一度加工された腐肉は、さらに次の刹那で一回り小さなキューブとなり――物理的な発火現象をともなって灰塵と化す。重なった衝撃波が石造りの通路に飽和して、ダレスの身体にぶつかって慟哭を上げる。
「ん、ん~~なにごとですか」
マーガレットがまぶたを擦りながら身体を起こした。翡翠の瞳がこちらを見つめる。空力加熱された朱い剣をダレスは背に隠し、キメラだった灰の上で苦笑いを浮かべる。
「や、迷い込んだ雑魚モンスターをちょちょいとね」
「なるほど……交代とはいえ、野営時の見張り、ご苦労様です」
そこでマーガレットの目が泳ぐ。ちょっぴり唇を尖らせ、頬を赤らめる。
「ところでダレスさん。わたくし、へんな寝言を発してはいなかったでしょうか」
「たとえば、どのような?」
「それは言えません」
じっさいは必殺技(?)を快活にシャウトしていたが、ダレスは聞かなかったことにする。
「お人形さんみたく可愛らしく眠っていたよ」
マーガレットが小さな胸をほっと撫で下ろす。
「あ。でも――ダレスさんにわたくしの寝顔、見られてしまったのですね」
「おっと、俺に対して恥じらいは不要だ」
「まあ♡」
「ダレメグは解釈違いだからな」
「???」
上手く情報処理できず凍っているマーガレットの小指を、寝惚けた様子のマオが、赤子よろしく抓む。マーガレットは表情をとろんと溶かして、軽く振れば解けそうなその指を、もう一方の手でやさしく包んだ。
(これだよ、これ!)
じんと感極まり、ダレスは涙目で女神官に訴えかける。
だが、返ってきたのは糸目フラット面の祈りであった。
「戦士ダレス。神はあなたのような者も赦しますよ」
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