ⅩⅩⅠ 戦果は寝て待て
間の抜けた空気が流れたのも束の間、馬上から冷たい視線を向けてくるソル王子と、一言も発さず、馬から降りた近衛騎士団の面々が静かに武器を構えて、にじりよってくるのを見て、ヘレンは溜息を一つ。不可抗力とはいえイズルを気絶させてしまったことを悔やむ。
「うわぁ――派手な登場しやがるなぁ、ヘレン……って、待てって!! 私はずっとイズルの味方だって!」
エメリナがイズルに触れるのを見て、ヘレンは静かに大斧(ハルバード)の切っ先を向けると、彼女は慌てて弁解した。周囲の魔道部隊が近衛騎士団と対面しているのを見て、ヘレンはなんとなく状況を理解した。よくよく見ると魔道部隊の魔法使い何人かが豪奢な甲冑を来た男を介抱している。
(あれが王様かぁ……)
勇者一行と一緒に旅をしてきた際、大小様々な国で色んな王に出会った。盲目ながらも神からのお告げでもって政を司っていた立派な王様もいれば、酒に溺れ、めちゃくちゃな命令で臣下や民を苦しめ――最終的に女関連で身を滅ぼした暴君もいた。
ヘレンに政治は分からない。ましてや王の器等を量ることなどできない。だが、ここでソル王子を止めないといけないと思った。魔人ロキの言葉通り、人間同士で殺し合いなんてさせてはならないと。
「ねー、どっちがいい? ソル王子の足止めするのと……騎士団の人達を足止めするのー……」
イズルを担ぎ、後方に下がるエメリナに、ヘレンは問う。言葉こそ間延びしていて隙だらけだが、構えられた大斧(ハルバード)が下手な進撃を許さない。
「はぁっ? どっちって……」と、エメリナは王を介抱する数名の魔法使いにイズルを押し付けて杖を構える。彼女もまた達人の域にある魔法使いだが、完全武装した近衛騎士団を正面から相手するのは、流石に分が悪い。
「じゃあ、こうしよう……私達がソル王子を抑える。あんたはさっさと近衛騎士団を全滅させる。どうだ?」
エメリナは半分冗談のつもりで耳打ちする。たった一人で近衛騎士団を全員を同時に相手にするなど不可能だ。取り囲まれて圧殺されるのがオチ、少なくとも何人かの魔法使いを援護に回すべきである。
「うん、いいよー、それで」
だから、何の躊躇も無く答え、跳躍したヘレンの動きに、エメリナの目は付いて行けなかった。近衛騎士団の反応は更に緩慢だ。彼らが最も警戒していたのは魔道部隊からの魔法攻撃だった。ヘレンを魔道部隊の護衛と見て、そこを離れて突撃してくるとは思っても見なかったのだ。しかも――、
「あいつ消えやがった!?」
あまりの速さに、彼らの目には消えて見えた。近衛騎士が一人、ロラン・ヴィオレは先の戦いでヘレンの戦いぶりをよく見ている。だが、攻撃の瞬間に反応するのが精一杯だった。大斧(ハルバード)の一撃は構えた盾を真っ二つに切り裂き、それを手放した頃には別の騎士が吹き飛ばされている。
「くそっ、なんなんだコイツ!?」
ヘレンの動きは変則的かつキレがあり、その一撃は重い。本当に女の力なのかと疑わしくなる程の物だった。その動きはよく見れば、全員を同時に相手にしているのではなく、凄まじい速さでもって一人ずつ完封しているのが分かる。しかも恐らくは意図的なのだろうが、彼女は騎士団長のア・シュラとは極力刃を交えないようにしている。
先に周りを倒してから団長との一対一に臨むつもりなのだろう。
――どこかで動きさえ止めれば……。
「ニコラス!」
ロランは騎士団唯一の聖職者の名を呼ぶ。彼はこの戦いの直前、ソル王子からエクリプスの魔法の力を、魔法の羊皮紙によって共有されており、その力を行使する権限を与えられていた。斧の届かない範囲からニコラスは杖を振るうと、羊皮紙が金色に煌めいた。
「我が手に堕ちなさい――ヘレン・ワーグナー」
言葉が魔法を帯びて響き渡る。王子が使ったエクリプスがごく自然に、誰からも違和感なく受け入れられた――いわば、無味無臭に広がる毒だとすれば、ニコラスが放ったエクリプスは強烈な痛みを伴う毒だろう。誰しもが術に掛かったと自覚できるが、その効果に抗うことは出来ない。
筈だった。
ヘレンの内側から湧き上がった光がニコラスの魔法を弾く。動きが止まると確信して、渾身の攻撃を行った周囲の騎士は、腰を落とし頭上で回転させた大斧(ハルバード)のカウンターによって吹き飛ばされる。
「これはアストレア様の加護!? ありえないっ!!」
一見してエクリプスを弾いた加護の正体を看破したニコラスは驚愕の余り、動きが止まる。星の乙女の加護が彼女に掛かっていることはすなわち、アストレアの裏切りを意味する。
「すきありー…」
即座に反転、斧の刃を地面に突き立て、柄の反発力を使って跳躍、回転を加えた脚がニコラスを吹き飛ばす。ニコラスの最後の言葉を聞いていた近衛騎士団の面々は、大いに動揺していた。今まで戦の要であり、兵の精神的な支えにもなっていた星の乙女(アストレア)が反旗を翻した。
だけでなく、今相手をしているヘレンに彼女の加護が付いている。これまでソル王子を信じつつも、王の謀殺という後ろ暗い任務に心のどこかで彼らの正義は揺らぎつつあった。だがそれでも、神話の女神、アストレアの生まれ変わりがソル王子側に付いているという大義名分がかろうじて彼らを繋ぎとめていた。
「調子に乗りやがってェ!!」
近衛騎士団のロランが吠える。彼は元々親を魔王軍との戦いで失った孤児であり、ソル王子に拾われる前は、地下闘技場で剣奴として地獄の日々を過ごしていた。全ては魔王軍――魔人(ファントム)や魔物(モンスター)を滅ぼす為。その為の障害はたとえ国王であろうと排除する位の気概がある男だった。
その強さはヘレンよりも数段劣るが、凄まじい気力でもって肉薄する。剣の一撃をヘレンは大斧(ハルバード)の柄で刃先を流すようにして受け止めた。大斧(ハルバード)は小回りが利かない。動きさえ封じてしまえば、数の暴力で圧殺できる。ヘレンの背後からは雷槍(サンダーランス)を構える騎士団長ア・シュラの姿があった。
「何も考えてねぇガキが――何の痛みも知らねぇ癖に!」
ヘレンは付きだされた剣の刃を巻き込むようにして、大斧(ハルバード)の柄を素早く回転させる。剣が持ち主の手を離れ宙を舞う。ロランは執念深くも素手で殴りかかるが、足払いを受けて転倒する。
見計らったようにア・シュラが雷槍を繰り出すも、ヘレンは上半身を逸らしてそれを避けた。凄まじい雷の奔流が大地を抉り、倒れたロランをも巻き込んで吹き飛ばす。
「くそっ――なんで届かねぇ」
ロランは倒れたまま力無く呟いた。ア・シュラが自分を巻き込むような技を放ったことへの恨み節は無い。かつて剣奴だった頃の理不尽さに比べればどうということはない。それでこの無知で何も失ったことのない娘(ヘレン・ワーグナー)を倒せるのであれば、と。
「部下が大変失礼した」
ア・シュラの言葉にロランは耳を疑う。ヘレンは大斧(ハルバード)を構え直し、不機嫌そうな顔を彼に向けている。
「今の技……、私よりもあっちの騎士さんを狙ってたねー……」
ア・シュラは肩を竦めた。倒れているロランには目も向けず、雷槍を真っ直ぐヘレンへと向ける。
「部下の無礼は正す、それが騎士団長たる私の役目だからね。君のその強さ、魔物への容赦の無さ――それを加味するに、大切な何かを失った口だろう?」
ヘレンは肯定も否定もしなかった。ただ、今までの戦いですら戯れだったかのように、空気が一変する。惚けた顔に影が差し、ロランでさえ竦むような凄みを漂わせただ一言。
「分かったような口……」
そして騎士団長もまた、恐ろしく黒い笑みを浮かべ、彼自身も今まで遊んでいたかのように、紫色の稲妻を槍に纏わせる。ヘレンの本気に敬意を示すように刺突の構えを見せる。
「やはりそうか――面白い」
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