ⅩⅩ 転生する悪意

 ヘレンは無造作に戦斧(サマリー)を投擲。鋭く弧を描いた刃が故郷の仇であるロキを捉えた――瞬間、ロキの姿は霞となって消える。


 眉一つ動かさず、ヘレンは大斧(ハルバード)を頭上で振るう。背後に立ったロキの首が宙へと飛ぶ。だが。


「すごいね、最初に会った時とは比べ物にならないくらい強くなってる」


 空中で自分の頭をキャッチ、首に嵌め直す。サーカスの道化師じみたおどけた動きにおちょくられているような不快さを感じ、戻ってきた戦斧を片手で掴みつつ、ヘレンは頬を膨らませた。


「残念ながら」


 コレットが放った光剣(Fierbois)が全身を貫く。


「この通り」


 ヘレンがその胴体を薙ぎ払う。


「タネも仕掛けもなく」


 全身を切り刻まれながらロキは喋り続ける。その得たいの知れなさに、ヘレンもコレットも攻撃を中断する。だが、ロキが反撃してくることは無かった。


「ボクは魔人を超えた存在だからね、刺されても、首を斬られても死なないのさー」


 ズタズタにされた体が砂のように消え、二人の背後に傷ひとつ無いロキの姿が浮かび上がる。


(魔人を超えたそんざいー?)


 さらっと出た言葉にヘレンは怪訝に思う。魔人を超えた存在として真っ先に頭に浮かぶのは、魔王タナトス……ヘレンに永遠の眠りの呪いを掛けた魔人の王。


 だが、この魔人(ロキ)の言葉は何もかもが胡散臭い。なにより。


「嘘。前に会った時は、ジェイソンに殺されかけてた」


 勇者の名を聞かされて、ロキの眉が僅かに痙攣する。レムノスの森の時は、感情を剥き出しにしていた。後で聞いた話だが、ジェイソンはこの魔人と幾度に渡って死闘を繰り広げてきたのだという。何度も弄ばれて死にかけ、聖剣を手にしてようやくまともに勝負になる戦いができたとも。


 となれば、少なくとも今のヘレンにロキを殺すことはできない。


 ふと隣で、コレットが何かに驚く声を出し、腰の鞄から羊皮紙を取り出していた。光り輝くそれはソル王子が配下に配っていた魔法の羊皮紙だ。


「人類というのはホント解せぬ存在かつ面白いよねぇ。魔人という非常に分かりやすい脅威を目の前にしながら、同族同士で足を引っ張り合い、殺し合う」


 解せぬという一点に関してはヘレンも共感できた。だからこそ、そんなことをこれ以上させるつもりはない。ちらっとコレットに視線を送ると、彼女は吐きだすように、羊皮紙の内容をヘレンに伝える。


「私の魔法で『敵』を一掃せよと――」


 高笑いがコレットの言葉を掻き消した。うるさいなと、ヘレンはその声を黙らせようと戦斧(サマリー)を投げつけようとして止める。相手にするだけ疲れるだけだ。


「いいねいいねっ、そうこなくっちゃ! 人間ってのは、どこの世界でも、ホント最高だな!」


 大きく仰け反って笑いながら吐き出される言葉に違和感を覚えるも、質問するのも癪に障るので黙っていると、ロキはにやりと笑い、あり得ない方向に首を回しながらヘレンの瞳を覗く。


「あ、ボクはねぇ、前世の世界でも人にちょっかい出して本性を剥き出しにさせるのが趣味だったんけどさぁ。その時はただの人間だったから、頭に血が上った馬鹿に殺されちゃったんだけど」


 この腐った性格は前世からで、死んでも治らなかったらしい。異世界からきた存在――それをヘレンは噂程度には聞いた事がある。尤も、その噂の悉くが今の魔王タナトス関連の物なので、いい印象は抱いていないのだが。


「君らにもボクに共感してもらいたい! だから、この場は見逃すことにしよう」


「そんなっ、お父様!!」


 フェンリルが抗議の声を上げるも、ロキはしーっと、指に手を当てて優しく彼女を宥める。その手を宙でかざすと、空間が吸い込まれるように歪み、フェンリルの姿が消えた。転移の魔法なのだろう。


 未だ何をしてくるか読めないロキに対し、ヘレンとコレットの二人はただ身を護るように武器を掲げることしかできなかった。見逃すと言った矢先に攻撃するくらいはするだろうと、ヘレンは一切彼を信用していなかった。


「ボクは誰かと戦うより、誰かが戦ってるのを見るのが好きだからさぁ。せいぜい映える殺し合い、してくれたまえよ」


 ロキが消えて数秒、ヘレンは辺りを警戒していたが、何も起きなかった。言葉通り、人間同士が殺し合うのを望んでいるだけであって、手出しはしないつもりなのだろう。


 薄気味悪い感触が頭に残るが、今ここで考えていても何も分からない。


(わかんないことは頭のいい人にでも考えてもらおー……)


 そんなことを考えて、ヘレンはコレットに向き直る。


「コレット、王子様が言ってる『敵』ってイズルのことかな?」


 ヘレンがおくびもなく問うと、コレットは息を呑み、それから頷いた。


「……えぇ、それと魔道部隊も対象であると。魔狼(マーナガルム)も何匹かいますが」


「じゃあ、魔狼だけ攻撃して」


 ヘレンは自分の武器を全て肩と背中に掛けた。辺り一面にいた魔狼達は居なくなっている。負傷者の対処は生存した兵達に任せておけばいいだろう。


 コレットは再び頷き、宙に向けて両手をかざした。隣に突き立てた聖旗が靡く。小さく宝石のように輝く光剣(Fierbois)は、コレットの頭上に集まり円を描いて回転し、装飾の施された煌めく巨大な聖剣(ESPOIR)が正面で静かに浮かび上がる。


 彼女が目を閉じると、魔法の光が天高く昇って行く。


「それで、あなたは行くのですね? イズルさんの元へ」


「うん。走って間に合うといいんだけど……」


 ご心配には及びませんとコレットが言うと、ヘレンの体が周囲の光に包まれふわっと浮かんだ。


「私が届けます」


 結構な高さにまで上がってヘレンは、あれ? これ着地の事とか考えてるのかな……と一抹の不安が浮かぶ。周囲の光が先導するように、尾を引いて空へと飛んでいく。ちらっとコレットを見るが、彼女は自信満々というか……どこか得意げな表情だった。


「ねぇ、コレット、これって」


「いっけぇええ!」

 

 ちゃんと生きて辿り着けるか聞こうとした時には打ち出されていた。体に掛かる凄まじい力はヘレンにとって未知の物であった。開きかけた口がとんでもない形に変形し、ふわふわとした髪の毛が鞭となって自分の顔を襲う。


(コレットめぇ) 


 出会ってから始めてコレットを恨めしく思いつつ、ヘレンは無事に自分が着地できるよう、体を丸めた。誰に教えられるでもなく彼女は、高高度から落ちる時の最適解の姿勢を取っていた。


 尤も、コレットも彼女が着地する時の事を考えていなかったわけではなく、ヘレンを包んだ光は地面に落ちる寸前で減速していた。ただ、減速の加減は十分ではなかった。


 凄まじい衝撃と共に着地したヘレンの体によって、地響きと煙が上がり、傍にいた誰かもわからない何者かを吹き飛ばした。きっとイズルを襲おうとした誰かに違いない。


「あ」とヘレンはぽかんと声を上げる。


 吹っ飛ばされ、近くの木に頭を打ち付けて伸びているのは、イズルだった。背後を見ると、呆気に取られているソル王子と、近衛騎士団の面々が見えた。


「えっと……」とヘレンはイズルと王子を交互に見た後に頭を掻いて、締まらない顔で問いかけた。



「もう、仲間同士で戦うの止めにしない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る