Ⅹ そして星は堕ちる

 早朝、コレットは自分の為だけに用意されたテントの中で起きた。あまりよく眠れなかった。こればかりはどこでもすぐに眠れるヘレンを羨ましいと思う。


 王国軍の野営地は、魔道部隊が召喚したゴーレムとフェニックスと少数の見張りによって守られていた。その間、ごく少数のモンスターやファントムが襲ってくるのみ、夜の間、コレットは不安で何度も起きて周囲の夜回りを自主的に行うも、杞憂に終わった。不気味な程に静かだ。


 今回の派兵は北の森から魔王軍の影響を一掃すること、そしてその先にあるアリエス国が元は統治していた集落の解放を目的としていた。


 その集落の名は『アストレア』村。コレットの生まれ故郷であり、コレットの力が発現した地。そもそもコレットが持つアストレアの性も力が発現した後に付けられたいわば称号のような物だ。小さいながらも王国内では聖地として毎年、夏の時期に、聖職者や王族貴族までもが礼拝に来るような場所だった。


 星の乙女が生まれた場所とされており、コレットの力は『星天』に住まう女神から授かった力なのだと、聖職者に言われた。


 かつてアリエス王国が、遠い先代の魔王軍に支配された際、北の村に生まれし『星の乙女アストレア』が流星の光を以てして魔王を打ち滅ぼしたのだと今も言い伝えられている。


 だが、そのアストレア村は今やモンスターとファントムの住処となっている。


「この地の民は今の暮らしを、この先世界が滅ぶその時まで続けよ。決して驕りたかぶり、豪奢な神殿や城などといった俗物を立ててはならない」という神のお告げが残っており、それを律儀に守った領主により、彼の地は昔の村のままの姿を維持していた。王国首都から離れていることもあり、軍も常駐しておらず、時偶に雇われた兵が見回りに来るのみだった。


 それが災いし、活性化した魔王軍によって滅ぼされてしまったというわけだ。コレットや僅かな生き残った村人にとっては生活の場であり、聖地である場所を宿敵である者によって奪われ穢された。

 

 だが、王国にとっては事はそう単純な話ではない。


 十二の星座に守護されしこの大陸とそこに存在する『黄道十二星国』の一つである『アリエス王国』の北東には、人間と亜人で構成された『ウィルゴー神国』が隣接しており、神国からも聖地アストレア村に礼拝する者が多く存在していた。その信仰者の多さを理由に神国は度々聖地の所有権を主張している程だ。


 両者が激突せずに済んでいたのは、彼の国もまた『アストレア村』に伝わる神のお告げを守っていた為だった。その信仰の深さは下手をすると王国や村にいる者以上であり、古くから伝わる神のお告げは絶対視されている。


 だが、その均衡も聖地が魔王軍に支配されたことで、崩れた。ソル王子は長年この状況に危機感を覚えており、軍の派兵を何度も主張してきた。聖地アストレア村を守れなかった事を理由に、ウィルゴー神国は聖地を支配しに来ようとするはずであると。

 今は魔王軍との戦いで疲弊している為、手出し出来ずにいるが、いずれ聖地を巡っての争いに発展する筈であると睨んでいる。


 だが、彼の父であるレイ・ルミエール王や貴族の一部は派兵に対して消極的であり、魔王軍から受けた被害からの立て直しを優先したがっていた。


(もどかしいですね)とアストレアは思う。民の誰もが平安を願っている。だが国は割れている。魔王軍を討つのが先か、王国を立て直すのが先か……コレットにはどちらが正しいことなのかを判断することは出来ない。


(――それでも、殿下を信じて戦うのみ……だけど)とコレットが思案していると、その当の本人が目の前に現れた。


「で、殿下!」と、コレットは慌てて膝を突いた。が、ソル王子は「良い」と言って彼女を立ち上がらせる。その顔はやはり鉄面皮で、何を考えているのかは理解できなかった。だが、コレットは彼を信じると決めていた。その王族としての面の下にあるのは、かつて子どもだった頃のソルであると。


「父上がこちらに視察に向われている」とソルはただ一言そう告げる。俄かに野営地が忙しくなる。国王を迎える為の準備をしているのだろう。

 コレットの顔に陰が生じる。あの寝坊娘は今も気持ちよさそうに寝ているだろうかと現実逃避気味な考えさえ浮かんだ。


「近衛騎士団を招集し、手筈を整えよ、これより『国王が出陣する』とな」


「殿下……本当にやるのですか?」


 それまで一度たりとも彼のやり方に反抗してこなかったコレットだったが、この時ばかりは動揺し躊躇っていた。そんな彼女の肩にソルは手を置いた。


「これは巡ってきたチャンスなのだ。君の力と、私の才覚――この2つがあれば、聖地を取り戻し、そしてやがては星々の光で魔王を討ち取ることだってできると、私は信じている――私が王になれさえすれば」


 ソルは優しい笑みを浮かべていた。だが、それはコレットの知る優しさと何かが違っていた。


『コレットは優しいから』


 ヘレンの笑顔を思い出してコレットは胸が痛くなった。


(ごめんなさい、ヘレン)と心の中で謝る。自分の手はきっとこれから汚れ、彼女の顔もまともに見れなくなるだろう。


(私は本当は優しくなんてないです)


 王の来訪を知らせるラッパが鳴り、コレットはその顔から感情を消した。


「わかりました。殿下の望むままに」

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