Ⅴ 白昼の悪夢

 かくして、アリエス国王軍は砦より出陣する。まずは北の森に潜む魔王軍の掃討、そこから『可能であれば』かつてアリエス国領土である北の集落の奪還を目的とする。この『可能であれば』の範囲は曖昧で、貴族達にとってはこれが一番の議論の的でもあった。奪還した領地を『誰が』『どのように』統治するのか。


『どうやって』『どこまで』奪還するのかも定かではない中、実に気の早い話である。


 先陣を切るは国王軍が誇る近衛騎士団。続いて各領土から集めた騎兵からなる騎士団、魔法使いによって構成される魔道部隊が後方支援に据えて、主力と為す。小回りの利く歩兵部隊が斥候として周囲の警戒と主力の露払いを務める。


 掃討作戦の概要は、斥候の情報を元に、魔道兵部隊が魔法による遠距離攻撃、撃ち漏らした魔人(ファントム)魔物(モンスター)を騎士団や歩兵部隊が近接攻撃で仕留めるといったシンプルなものである――のだが、現実は言うほど単純ではない。


 第一に、敵の情報が斥候の目頼りである為、その伝達に大なり小なり時間差が生じてしまうことだ。ソル王子直属の魔法使い達の手で開発された『情報伝達』の魔法は各将軍に配備された『地図』を介して行われる。斥候は『地図』と繋がっている魔法の羊皮紙に記すことで索敵情報を味方へ伝える事が可能となっている為、この時間差の問題を大分緩和させてはいるものの、それでも人間の目による偵察には限界がある。


 その敵はこちらを認知しているのかどうか。敵がそこに留まっているのか、移動中なのか――そもそもそれは本当に『敵』なのかどうか。


 化け物に見える影や巨大な岩を『敵』として報告するという耳を疑うような事例が少なからず発生していた。が、それはまだマシな方で、中には報告する間もなく斥候が全滅するケースまで出てきている。


 情報を『目』とする以上、それが不確かであれば、魔法による支援攻撃の精度が下がるのは明々白々である。誤情報を元に放たれた魔道部隊の攻撃は大地を穿ち、木々をなぎ倒しただけで敵を倒すことは無かった。


 魔法攻撃が止み、十分な攻撃を行ったと軽率な判断から突入させた騎兵隊はあっという間にモンスターに囲まれてジリ貧となり、すり潰されていく。有象無象から成る騎士団、その指揮官たる貴族達は我こそはと手柄を焦るが余り、兵に無茶を強い、無駄に犠牲を増やした。


 烏合の衆が混乱する中、主力のソル王子配下の近衛騎士団は末端の兵から騎士、魔法使いに至るまでが完璧な連携によって、正確かつ迅速にファントムやモンスターを処理していく。


 五感を研ぎ澄ました斥候が、敵の位置を炙り出し、宙に浮かぶ魔法陣から放たれる流星群がそれらに降り注ぐ。生き残りは敗走するが、あっという間に騎兵に追いつかれ、研ぎ澄まされた槍の穂先で貫かれ、鍛え抜かれた剣の刃の一閃によって瞬く間もなく両断された。

 この目覚ましい働きを可能としたのは『星を操る魔法』を修めし聖女(アストレア)、『黒龍一閃の武術』を極めしア・シュラ・シュバリエの力に頼るところ大である。彼らのような『英雄』は常人を遥かに凌駕する力を持ち、その力は統率された騎士団の動きに組み込まれる事で遺憾なく発揮することが出来た。


 そんな混迷を極める戦場の少し後方、ヘレン達が所属するのはウォンゴール騎士団……騎士団とは名ばかりであり、歩兵が中心であり、後方の補給部隊と傷病兵の搬送が主な任務だったのだが、魔道部隊の直掩もついでのように後から命じられた。その役割上、魔道部隊とは関わりが自然と多くなる。魔道部隊の隊長は魔女のエメリナ・ベルリーニと言う。まだ二十程の若い女性だ。


「仲良くしましょうやー、ウォンゴールの騎士様」


 戦場とは思えない程の気楽さでエメリナはそうイズルに声を掛けてきた。昨晩はヘレン・ワーグナーが兵舎を抜け出したせいで色々と迷惑を掛けてしまった。が、エメリナはその事を特に気にしていないどころか、樽で寝落ちした挙句、聖女と奇妙な縁が出来たヘレンを大層気に入っており、


「どんな水晶でもこんなちんちくりんな運命は占えなかっただろうな」


 褒めてるんだか、貶してるんだか分からないような評価を貰っている。 


 魔道部隊では、数人の魔法使いが協力して宙に杖で魔法陣を描く。そこに魔力を込めて、魔法攻撃を放つ。魔法攻撃は四元素(風・炎・水・大地)のうちのどれかもしくは組み合わせて放つ事で、ファントムやモンスターの集団をまとめて薙ぎ払える程の力を発揮する。

 斥候の手で『地図』に記された敵兵の位置は魔法陣にも共有され、極めて正確に魔法攻撃を目標へ着弾させることができる。


「エリュトロン騎士団より伝達! 着弾地点に向け、炎魔法求むと」


 地図上に敵の位置、そしてそれに対する指示文までもが記載される。件のエリュトロン騎士団は、西方面から進軍を開始しているのだが、功を焦ったのか連携が取れていないのか、斥候と同じラインまで騎兵が進出している。結果として魔王軍のファントムやモンスターと鉢合わせる形で遭遇戦が発生、慌てて支援を要求してきたというわけだ。


「……おいおい、敵と味方が入り乱れてるじゃん。味方諸共化け物を殺せってか?」


 味方部隊の位置は黒いインク、敵は赤インクで記されているのだが、高低差のある地形に黒と赤のインクが入り乱れており、報告が伝達される度に黒のインクは少なくなり、分散していく。対照的に赤のインクは次から次へとおびただしい量になっていく。


 その様は実際に目にしていなくても分かる。


「敗走――、これは……早く助けないと全滅するぞ」


 イズルが険しい顔で地図を睨む。エメリナは苛立ちから舌打ちした。


「無能な貴族め……、私の部隊に仲間殺しをさせるつもりか?」


 残酷な話だが、多少の味方の犠牲を覚悟で魔法攻撃を放つしか無さそうだ。助かる味方の数と犠牲になる数をイズルは天秤に掛ける。仲間の魔女からも信頼の高いエメリナにこの責を負わせたくはない。


(悪徳貴族の命で味方殺しをさせられたって筋書で行こうか)


 覚悟を決めて、魔道部隊への指示を飛ばそうとしたその時だった。


「お味方のぴんち? じゃあ、私が助けに行ってくるよー……」


 ヘレンの寝惚けたような一言に一瞬、その場にいた誰もがぽかんとなった。誰も返事をしないので、それを了承と受け取ってか、ヘレンはイズルの手から羊皮紙を一枚取っていた。もう片方の手には彼女の得物である大斧(ハルバード)。


「これ、借りてくね……使い方はー多分大丈夫なハズ、きっと」


 大地を蹴ると、ヘレンの姿はイズルの視界の中でブレる。


「いや、ちょっと待ってヘレ……」


 消えてしまった。まるで瞬間移動したかのような動きにイズルの動きは一拍遅れた。彼女の行動には慣れてきたつもりだったのだが、まだまだのようだ。その突拍子の無さは――。


(いや、まさか、俺がやろうとしたことを察して?)


 勇者と一緒に冒険していたとはいえ、彼女の実力はイズルからすれば未だ未知数。また、いつ眠りの呪いが彼女を襲うかも分からない。


――先程とは別の覚悟を決め、イズルはエメリナに告げた。


「眠り姫――……寝坊助姫を助けに行ってくる。しばらくはここを頼むよ?」

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